U
@Yoyodyne
第1話
自分の書いたなろう小説内に転生したなろう作家。彼は追手から逃れるために全力で駆けていた。自分の意思とは無関係に脚が動く、追手が具体的になんなのかも、本当にそんなものがいるかも定かでなかった。緊迫感を与えるために追われている体で物語を初めたからこんな羽目になっているだけだ。それも『初めての小説の書き方 入門編』の受け売りを何のひねりもなく実践したばかりに。
自分の死を計らずも予言していた…はずだ。それがなんなんか覚えていればこんな苦労はせずに済んだんだが。
書いた内容よりも執筆時の倦怠感や行動をよく覚えている。当時、スマホの前で唸りながら、小説を書くのに向いてないんじゃないかと思い始めていた。設定は創る端から忘れるし、流れに身を任せると2行先の文章がもう矛盾する始末。頭にある思い付きに振り回され枝葉のように出来事が。分裂していく。死んで新しい転生先に転送されるのは設定をリセットするため、ある出来事から取りうる世界を分岐させるのはプロットに対する無頓着から発生する矛盾を安易に解決するため、夢や自覚のない妄想を舞台にするのは作品内の個々の事象に有機的つながりを与えないでぶつ切りにし整合性を考慮することなく叙述するために用いる技術というのはおこがましいストーリーテラーの才能がなくともストーリーを続けることを可能にする彼の小賢しい常套手段だった。当然読者などいるわけがなく、自分ですら読み返そうとしなかった。今のサイトは便利なもんでどこかしらに今書いた文字数が書かれている。編集も重複表現のチェックも簡単にでき、書き出しが思いつかなければ人工知能が用意してくれる。しかし、それで執筆が捗るわけでもなく、2週間ほど1000文字前後で停滞するのが常だった。頁(ケツ)をまくる気にもなれない。ただそのサイトに投稿された新着作品を指一本でスクロールしていく。そこ目に着いた語句を片っ端からコピーして繋げていく。その繰り返しで文字数を稼ぐ。そのため今、視線の先には、石畳の城壁をぶつ切りにして焼け荒廃しきった泥炭地が広がっていた。彼にそのような風景を書いた記憶は一切ない。設定上自身が語り手であるという記載をしていなければ、自分の書いた世界だということもわからなかっただろう。記憶にない知識があるというのはとても言葉で言い表せない奇妙な感覚だ。環境の所々に縫い合わせた布のほつれみたいな裂け目が見られる。彼は裂け目に気をつけながら泥に足を踏み入れる。意外と地盤がしっかりしており、沈み込んで身動き取れなくなることはなかった。中途半端に巻かれた有刺鉄線に向かいそれに沿って進んでいく。そうすれば、いつか取り敢えず会話可能な生物と遭遇できるはずだ。そんな確信が彼にはあった。手には城下町で手に入れた木製の棒が固く握られている。手に入れた経緯は聞かないでほしい。書いている本人にもわからない。空はいつまでも日が沈まず、降り注ぐ輻射線に嫌気が差してくると突然辺りが暗くなった。周りに灯りなどなく、中身のない闇と静寂に包まれる。今までの暑苦しさが嘘のように消えると、今までずっと氷点下にいたのではないかと錯覚するくらい身体が芯から冷えている。突然のあまりの凍てつき加減に思わず彼は後退りをしてしまう。するとまた、日が真上に現れ、神経中枢を麻痺させる蒸し暑さに身が焦がされる。[これは登場人物が生物として持つ本来の知覚と環境の物理的変化の象徴性が連続性を持っているが所以に発生していて、不自然な自然である現環境では隠喩が記述される度にこのような安全な不快感に苛まれる事になるだろう。設定を覚えていればの但し書き付きではあるが。]どちらに留まっても同等の苦痛なのでとにかく先を急いで進む。場面が変われば、幾らかマシになるかもしれない。暗闇を棒切れ片手にコイル状の鉄線[書き手の想像力不足が反映されているようでそれ以上のことはどれだけ観察してもわからない]を叩きながら、どれくらい時間が経ったか、どれくらい歩けばその生物に会えるのか思い出そうと彼は努めた。それは昔見た戦争映画のワンシーンに出てきた肉塊だと彼は記憶していた。確かマスターベーションを覚えた頃だったと、彼は思う。思っているのみで、時期も定かではない。タイトルも失念しているのか、偶然見ただけでそもそも一度も見聞きしていないのかもわからない。そのような記憶があるだけで本当はそんな映画は存在しない可能性もあるが、彼は事毎にその場面(10分?5分?3分でも映画のワンシーンとしては長回しに分類されるのだから30秒前後が妥当なのかもしれない)が頭に意図せず思い浮かんだ。また、自ら想起する事もあった。不毛地帯に地面と同化した兵士たちの死体。乾いて黒色になった血の上に更に鮮血がぶちまけられ、横たわる肉体は一部が足りないか一部分しかない。映像は画面中心付近の有刺鉄線のバリケードに垂れ下がる一切れの肉塊をフォーカスしている。肉塊は意志を持っているかのようにぶるぶると震え、それを凝視しながら幼い彼は自分のものを弄り、自慰を覚えた。その快感を再現しようと自身の記憶に手を加え、自身をそこに登場させたり、絵や文章で表現しそれをオカズに行為に及んだりしたものの、初めての時と同じ強度の絶頂を遂に得る事はなかった。彼は勿論この物語にも肉塊を書き込み、重要な役割を与えていた。恋人であり、よき指導者でもあり、この世界で起こる大抵のことは解決できる便利な小道具であり、一生涯に渡る孤独の中で気の狂わないでいるための話相手であり、食料。
U @Yoyodyne
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