@Yoyodyne

第1話

ありふれた第3週の土曜日。リチャードは支払いに追われていた。誰も降りることのない閑散とした都市の駅前。そこの一角にあるコンビニのオーナー。それがリチャードの肩書きである。そこを訪れる者は例外なく犯罪者である。経営は勿論上手くいっていない。しかし、それが借金の原因ではない。というのも、有名メーカーから押し付けられた形でこの店を無償提供されたのだ。メーカーの名前を使用しないこと、物件返還しないこと。それが当時そこの非正規社員であったリチャードに提示された条件である。その頃、リチャードは(匿名で社内マニュアル載る程度の)不祥事を起こし、メーカーから訴訟を起こされてもおかしくなかった。この店に就く代わりに起訴しないというのも暗に意味していたのだろう。しかし、リチャードがそれに気付く様子はない。交渉人と会った時、リチャードは泥酔していた。話が頭に入らないリチャードは沈黙で返答し、店はリチャードのものになった。店のオーナーになって初日からメーカーがここを押し付けたがった理由が察しの悪いリチャードでもわかった。カウンターで粗雑な手製銃を突きつけられれば誰でも気付くだろう。両手を挙げながらいらっしゃいませと言っている間にそいつはカウンターの上に置いてある非売品の腰振り人形と賞味期限の切れた数個のチロルチョコを鷲掴みにすると店を後にした。そいつの後ろ姿を見送りながらリチャードは過去を清算する良い機会だと前向きに捉えようとした。警察を呼ぼうにも固定電話は断線していてどこにも繋がらない。電波もここら一帯は圏外になるようだ。銅線に限らず金属は金になる。そうやって持ち運び可能な金属部品(注射器の針のような実用性を兼ねた例外を除いて)は頻繁に採集され、都市の連絡網や電力系統は喪失していた。店の什器も金属ではなく、石を粗く削ったものだ。そこにメーカーからの支給品の他に盗品や拾得物が並ぶ。リチャードが自ら仕入れることもあれば、身に覚えのない品がいつの間にか並んでいることもある。そして消える。支払いは期待できない。都市の夜は森林のそれよりも暗く深い。昼に聴き慣れたはずの叫び声、うめき声、雄叫びが静寂の中で反響し、一斉に濃度を増す。そこでは、放火魔があげる火の手が貴重な灯りになる。時折、火と共に爆発音が鳴る。それを聞きながらリチャードは床に付く。すぅぅぅすぅぅぅ…………んごっ  すぅぅぅすぅぅぅ…………んごっ[以下繰り返し]目下の悩みのないリチャードは横になるとすぐに寝息を立てる。リチャードは勤務時間24時間365日のほとんどを事務所か屋上で過ごす。店にはとても居られない。メーカーとやり取りするためにリチャードは屋上で伝書鳩を飼っている。上階それから屋上へは事務所の奥にある扉の向こうの階段から行くことができる。階段は下にも伸びているが、地下へ降りたことはない。リチャードの朝は店内の死体を店舗の裏にある空き地に捨てることから始まる。初勤務時、トイレでミイラ化した死体を発見した際、処分するのに1週間近く掛けなければならなかった。その間、とりあえず事務所に置いておいた死体と共に過ごした。死体になるよりも死体といる方がマシだった。事務所に充満する死臭にも慣れた頃、手探りで死体を見つけ、屋上に運び、投げ落とした。そして、屋上で店内に捨ててあったカレンダー第3週の土曜日に昨日(改行)今日(改行)明日と書き込んだ。暦の概念がないこの都市で日時を見失わないようにリチャードは全ての日付をある1日に固定することにした。その日から毎日は第3週の土曜日になった。


そんな第3週の土曜日のこと。リチャードは支払いに追われていた。貯蓄が何もしていないのに徐々に減り、追い詰められ、存在をノミで削り取られていく感覚。これをここで感じられるのは珍しいことだ。リチャードはこの感覚を久しく忘れていた。ここでは通貨のような文化的なものは存在しない。というよりも通用しない。あるとすれば、単純な物々交換だ。その他は全て時に力で時に謀略を用いて奪うだけ。かと言って通貨の概念がここの住民に理解できないかといえばそうでもない。ここで収奪される金属類も近辺の街で売られている。そうして得た金銭大半はその街で薬物、銃、酒、食料、女に費やされる。例外はあるが、多くない。

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