革命デストロイヤー

枯山徹舟

第1話 革命動議

 夏の軽井沢を、僕は当てもなく歩いていた。大学や友人や彼女やバイトや、頭に浮かぶ端からずっと、浮かんでは消えるウタカタに思考を委ねていただけだった。汗ばんだTシャツに、時折心地よい風が入り込む。にぎやかで明るくて、こういう悪意のない雑踏が嫌いではない。僕は軽い足取りで歩いていたが、今朝のニュースで見た爆破テロの粗い映像がふと浮かんで、一瞬だが気持ちは重く沈んだ。よくあることだ。気分が良くなると、急に厭な映像や想像が思考に割り込む。子供の頃は、何か意味のあることなのか悩んだ時期もあったが、いつしか僕にとって、それは特に害のない日常となった。不意に侵入してきた負の思考はとめどなく進展するから、なるべく早く自分で断ち切り、僕は平静を保つことができる。

 入場規制で人が並ぶ人気の教会とログハウス風のコーヒーショップの間には狭い路地があって、小さい店が奥までずっと並んでいた。レンガの敷かれた小径にはパラソルがいくつも広がっていて、僕は混みあう大通りからその路地に入った。アクセサリーや輸入雑貨、アイスクリームにチョコレート、目に映るどれもがキラキラしていて軽やかだった。しばらく歩くと、そこは真ん中に噴水のある広場になっていて、ちょっと奥まったところにパンとケーキの店があった。焼き立てのパンの良い香りがして、カウンター越しに客と店員がにぎやかになにか話している。店先には小さなテーブルと木箱が置いてあり、たくさんの本が雑多に並べてあった。「ご自由に」とマジックペンで書かれたボール紙が木箱に張り付けてある。陽の降り注ぐ洒落た風情の店先とパラソルの日陰に放り出された古本の対比が、なんとなく僕の気を引いた。僕は埋もれた古本の中から、一冊の単行本を手に取った。比較的傷みの少ないその表紙には「革命自在」と書いてある。「カクメイ」という定義とその響きは、いかにも避暑地にふさわしくなく、パンの焼ける温和な香りのせいで、どこか圧倒的に平和な安全地帯から覗く虚構のように感じた。しかし、その表紙をめくり、僕はこれまで感じたことのない得体の知れぬ精神の揺らぎに直面した。


「革命動議:あらゆる既定の欺瞞を砕き、内なる正義を呼び起こせ」


僕は、精神の深遠でかすかに光を放ったともしびを見失わぬように、その活字を繰り返し目で追い反芻した。沸々と高まる心の振動に我を忘れ、僕はそこから動けずにいた。これまでずっと足りなかった何か。僕が心のどこかで待ち望んでいた断片。

「内なる正義・・・」

思わず口にしたその言葉の旋律に、僕は僅かだが震えた。僕の日常にいつも介在し、根拠のない不安を押し付けてきた喪失感を補填し得る、正しい解答への期待に震えたのだ。

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革命デストロイヤー 枯山徹舟 @eeldog

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