第5話 馬上からあの頃を想う
△△ two eater △△
【仮面常識@Atuber好き】
とんでもない記者会見だったな……
あの記者頭おかしいだろ
話聞かないし、怒鳴り声上げて脅そうとするしさっさと逮捕しろ
【エミ@クラファン300万目標】
秀哉くん大丈夫かなあ……
精神的に参ってそうだけど
【コルテス】
でも、確信した
やっぱり松金たちはクロだ
じゃなきゃ秀哉があんなぶっ壊れることないだろう
蛆谷記者の言葉によって洗脳が解けてヤツらにやられた事がフラッシュバックしたんだよ
【九十九二十八】
いや、普通に蛆谷が怖くてパニックになったんだろ
【りりあ】
あんな舞台度胸ある阿賀都くんが?
絶対おかしいって
心に傷を負ってるからとしか思えなかった
【遠山幸美】
蛆谷記者は正しいことをしたと思います
行儀よく質疑応答してるだけでは権力側に都合が良いように進む
秀哉くんを守ろうとする情熱に感涙しました
あの姿を冷笑する人は人間としての情緒に欠けています
【TELL ME NOW@女子高生インフルエンサー】
とんでもなく恐ろしいものを見せられた、というのが率直な感想です
自分たちの弁解のために子供を利用する大人
ルールも他人の言葉も無視する大人
子供を守れなかった大人
阿賀都秀哉という少年をズタズタに引き裂く公開処刑場でしたね
この件に関わった人たちは然るべき罰を受けてください
じゃないと何も変わりません
△△ △△ △△ △△ △△ △△
記者会見の後、僕が入院している間に世の中は大きく変わったらしい。
松金さんの出演映画は御蔵入りとなった。
白鳥さんは活動休止した。
RICALDのニューヨーク公演は白紙に。
ジェフリー師範は主催するアクションクラブの代表を辞任。
浦上師匠は人間国宝にはなれなかった。
社会的制裁、というらしいが被害者とされる僕が「なにもなかった」と言っても無視されて、SNSに流れたデマやそれに群がる連中の憂さ晴らしのために行われた制裁が社会的というのなら、社会というのは心根の貧しい人間を少しでも幸せな気分にしてやるために回っているらしい。
僕はというと、ハリウッド映画のオファーがなくなった。
日本の芸能界とは対照的でアメリカのエンタメ業界は徹底した契約主義だ。
裏を返せば契約書にサインが交わされていない約束は守る必要がない。
スキャンダルの泥がついた子供など起用する価値なし、と判断すると弁解や社交辞令もなく物別れとなった。
新規の仕事はピタリと止まり、決まっていた仕事も全て病気療養を優先するという理由で事務所から降板が発表された。
「タレントいじめだ!」と当然のようにSNSでは叩かれたが見当外れもいいところだ。
芸能界の重鎮のキャリアを貶めて、性被害疑惑もある子どもが画面に映ることを良しとするスポンサーはいない。
こちらから断らなくても降板させられていたし、事実、僕自身もそれどころじゃなかった。
松金先生たちは大御所であり生涯を懸けているファンも多い。
彼らを貶めた僕を害そうと在籍する学校の周りを刃物を持ってうろついたりする者もいた。
みんなに謝って回りたかったけれど、今、自分が接触することは彼らに更なる迷惑をかけてしまうと理解できるくらいには僕は聡かった————いや、怖かったのだろう。
「お前のせいで俺の人生無茶苦茶だよ! どうしてくれる!?」
SNSの罵詈雑言は受け流せる。
でも、慕っていた相手にそんなことを言われたら、言わせてしまったのなら僕は耐えきれない。
日本に居場所をなくした僕は母に連れられて英国へと移住した。
英国の中でも辺鄙な地域の小さな町だ。
母は僕のことを誰も知らない世界で人生をやり直させることを考えたのだ。
そう、人生をやり直す……やり直さなければいけないくらいに、芸能人として生きていけなくなった。
僕の人生は一度終わったのだ。
○ ● ○ ●
心の奥底に沈めていたはずの記憶がふとしたやりとりやキーワードをきっかけに蘇るのを経験したことがあるのは僕だけじゃないはずだ。
そういう時は、そのことを考えなくてもいいくらい無心で楽しめることをするんだ。
「日本で役者をやる以上、乗馬は必須科目だ。馬を乗る姿が様にならなければ時代劇の主役にはなれない」
と、松金先生は語り、幼かった僕を自分の前に抱えて馬に乗せてくれた。
自分の頭よりはるかに高い馬の背に乗ったところまでは怖かったけれど、大きな松金先生の体に身を預けていればどんなに速く駆けても怖くなかった。
「馬の背の高さから見る景色と風を切る心地よさを忘れるな。そうすれば馬は自然とお前の望むように走ってくれる」
先生の教えに従い、僕はちょくちょく乗馬の稽古に励んだ。
実際、馬は僕が望むように走ってくれて、そうなると一層鞍上から見る景色も風を切る心地よさも好きになった。
英国留学中も数ヶ月に一度は馬に乗りに牧場に通ったものだ。
「さあ……もう一度だ!」
僕は馬に声をかけ、足で彼の腹を叩いた。
滑り出すように彼は走り出し、あっという間に時速六〇キロの世界に入る。
VRの補正がかかっているのか、それとも彼が名馬だからか、まるでアスファルトを疾走する自動車のようにスムーズで羽根を拡げて翔ぶような乗り心地だ。
「ハハっ! すごいな! 君は! もっと風を感じさせてくれ!」
そう声をかけると、さらに一段ギアが上がる。
空気抵抗をものともせず彼の速度は光にどんどん近づいていく。
僕は振り落とされないように必死で手綱を握り締め、地平線の先を求め続けた。
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