プロローグ3 あるアバターの伝説
私立黎光学院は通学日とレポート提出を柔軟に組み合わせて卒業単位が取得できる通信制の高校である。
通信制といってもスクーリングの多いクラスでは一般的な高校と同様に教室でクラスメイト同士が交流し、仲のいいグループに分かれて他愛もない話題で1日中喋っている。
昨日、カラオケボックスからダイブしていた男子グループもその一つだった。
彼らの話題は自分たちが体験した伝説的なライブのことで持ちきりだった。
「ああ〜〜〜、何度目だ、って話だけど凄かったよな! 昨日のライブ!」
「生まれて初めてだったよ。あんなに感動したの」
「お前、ダイブから戻ってきた時泣いてたもんな」
「君もね。でも本当にArcadia Shift Engine(アルエン)様様だよ。また会いたいなあ……あのライブやってた人」
教室の机や椅子に腰掛けながら輪を作っている彼らの元に眼鏡をかけた細身の少年がやってきた。クラスメイトだが普段は絡みがない。
「き、君たちもArcadia Shift Engine入ってるの?」
「おう。昨日もカラオケからダイブしてた。なに、お前詳しいの?」
「ま、まあね……これでも発売初日に手に入れていたから。毎日ダイブしてるし、SNSやまとめサイトの情報チェックしてるから」
自分のテリトリーであるArcadia Shift Engineの話題で盛り上がっているのを聞いて、居ても立ってもいられず声をかけた彼は、自分の知識を披露できることの喜びと、相手の要望に応えられるかという不安で心拍数が上昇し、声も上擦り気味だった。
「じゃあさ、サウンドパークのライブ体験でさ、1位のプレイヤーのこととかって分かったりする?」
「ああ……カラオケ屋がやってるアレね。悪いけど、あれのランキングは秒単位で変動し続けるからね。ランキングを全部まとめている暇人なんていないよ」
「チッ、使えねえな……あーあ、Arcadia Shift Engine(アルエン)って面白いけど不便だよな。オンラインゲームとかならプレイヤーの名前が頭の上に表示されたりするのにそういうの絶対ないし。あと、録画、録音、撮影全部禁止で情報が出回らないのが辛いわ」
「だ、か、ら、いいんじゃないか。現代の情報化社会ではあらゆる情報が簡単に手に入りすぎる。だけどArcadia Shift Engineでダイブする世界はこの社会と切り離されていて、自分の脳に保存された情報しか持ち帰れない。それはつまり、自分だけの体験という宝物を手に入れられるってことなんだよ」
Arcadia Shift Engineのプロモーション記事で書かれていた文言を眼鏡の少年はドヤ顔で引用する。
グループはその態度に微かにイラつくものの、言葉には納得していた。
このクラスに昨日のあの夢のようなライブを体験したのは自分たちしかいなくて、他の連中は録画すら見ることができない。
そのことに優越感を覚えずにはいられなかった。
「ああ、でも名前が分かれば有名どころならなんとかなるかもね。NPCの観客がタオルとかカードとかに名前書いて応援していなかった? あそこにはステージに上がっている人の名前が表示されるんだよ」
「えっ! そんなギミックあるの!? 全然気づかなかった……今度、俺の名前探そうっと」
「お前の名前なんてどうでもいいって! ああ、クソ見てねえよ! 先に知っとけば注意して見てたんだけどな!」
「僕、名前覚えてるよ」
「夢中になりすぎてNPCの様子なんて全然見れて————なにぃっ!?」
名前を覚えている、と言った仲間に視線が集まった。
「AKISE————『アキセ』だったよ。おっぱい大きい女の子が泣きながらカード上げてたからよく覚えてる」
「おま……あの状況で女NPC見てるとかホンモノすぎるだろ……」
「でも、アキセ。アキセか! 名前が分かったぞ。お前何か知って————「う、ウソだろっ!! 君たち本当にアキセを見ることができたの!?」
眼鏡の少年は身を乗り出し、一人一人の顔を覗き込むようにして尋ねる。
その圧に若干引きながらも皆で首を縦に振った。
「うわ……それってさ、すっごく運がいいよ。僕なんか利用人口の少ない初期からやってるのにアキセには一度も会えたことがなくてさ」
「え、何? 有名人なの?」
「有名……といえば、他にいろいろ名前が上がるけどね。Aチューバーの何某とか芸能人の誰それとか。でもアキセはそういう連中と違ってリアルの世界では全く情報発信していない、Arcadia Shift Engineの世界の中にしか現れず、しかも神出鬼没で突然人気の『星』に現れたりしたかと思えば、素人が作った過疎『惑星』に現れたりしてさ」
「星? 惑星?」
「Arcadia Shift Engine世界の公式設定だよ。君たちの行ったサウンドパークのサービスもサウンドパークが作った星で行われているって設定なんだ。とにかくアキセは自分から目立とうとしない。だけど、歌をやらせてもダンスやらせても物凄いパフォーマンスを見せるから彼の存在は伝説めいた語られ方をしている。アキセの伝説のみでまとめサイトが作られているくらいだ」
そう言って自身のスマホの画面に件のサイトを写してグループに回し見させた。
「なになに……『戦闘機を駆り、一度の出撃で50機の戦闘機と空母を沈める』『元サッカー日本代表とマッチアップし完全に封殺』『歌舞伎座で国宝級の名演を披露』『はじめてやった麻雀で大三元国士無双でアガる』『恋愛リアリティショーで立ち回り自分以外の全員をカップル成立させる』……なんなのこの完璧超人」
「あ、歌の情報もある。『伝説のロックスターHIBIKIが嫉妬したそのライブパフォーマンス』って、本当に同一人物がやってるの?」
「フフッ、いいところに気がついたね。『アキセは万能の天才』と信者たちには言われている。でも、VR世界のアバターに過ぎないからね。その道の天才たちがアキセのガワを被って特技を披露しているだけかもしれない。ガチャ○ンみたいにさ。事実、アキセにあやかろうとアバターの名前、アナザーネームをアキセにするヤツも多いんだ。別に悪いとは思わないよ。大昔のネットゲームでも当時流行ったラノベだかアニメだかの主人公の名前を真似る人が多かったらしいしね。キリなんとかとかいう」
「お前のウンチクはどうでもいいよ。それで、アキセにまた会う方法はないのかよ?」
「無いね。彼の信者がどうにか出現場所を予想しようとしたりしているが当たったためしが無いし、さっきも言ったようにニセモノも多いからパフォーマンスを見ないとホンモノかどうか判別がつかない。というか、そもそも『本当は人間じゃない』説が有力なんだ」
「人間じゃない? どういうことよ?」
「『アーキタイプ・セカイ』————略して『アキセ』。アキセは運営が用意したAIでArcadia Shift Engineを盛り上げるために投入されたって説。僕はこの説を推しているね。彼のパフォーマンスの凄さはさる事ながら金の掛け方も尋常じゃないんだ。たとえば————」
眼鏡の少年はアキセの話題が出た時からこの結論を話そうと決めていた。
Arcadia Shift Engineのユーザーが集まるSNSコミュニティのオフ会に参加した際、もっともフォロワー数の多いインフルエンサーが語っていた説であり、彼もそれに共感した。
「アルカディア入りして間もない初心者には思いもよらない斬新で高度な情報にだろう!」と言わんばかりに得意顔で演説を繰り広げていたのだが、
ガタガタガタッ!!
「うわっ、な、なに?」
眼鏡の少年のすぐ後ろの机が激しく揺れた。
机の上には黒髪の少年が突っ伏すように腕を枕に寝ている。
「ビックリしたな……アレかな? 寝ている時にガクッと段差踏み外すアレ……」
寝ている少年は「ジャーキング現象だよ」と答えたかったが、眼鏡の少年ともグループとも交流がないので黙っていた。
しかし、先ほどアキセの名前を言い出した彼が思い出したように口を開く。
「自分のことを噂されたと思ったんじゃね?」
「ん? ああ……そういやそんな名前だったな。別にお前のことなんて話さねえよ」
軽く嘲笑って、再び彼らはアキセの話題に戻る。
寝ている少年は机に突っ伏したまま息を吐いた。
(あ、あぶなかった……まさか昨日の観客が同じクラスにいるなんてな。しかもガチャ○ンだのAIだの好き勝手言ってくれちゃって。思わず吹き出すところだったじゃん)
机に突っ伏して寝たフリをしている少年の名前は明瀬光一。
Arcadia Shift Engineのユーザーであり、そのアナザーネームは『アキセ』である。
※※※※あとがき※※※※
次話からはアキセ視点で物語をお送りします。
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