キテレツ座の眠り姫 ―まやかし乙女ともののけ紳士―

かこ

 僕達の切情を知る由もない帝都の片隅で、歓声がわく。

 さて、出番だと面を付け、たすき掛けと袴の結びを確認した。腕を引きのばし、流れてきた赤髪を耳にかけ肩を鳴らす。

 幕の一枚隔てた先で高らかに響くのは、耳にこびれついた口上だ。


「さぁささぁさ、とくとご覧あれ! 当座、奇天烈きてれつのいの一番! 力自慢のリンが登場でござぁーい!」


 幕の切れ間をくぐって前に出た。

 すすき野原の河川敷を五色の布だけで区切られた幕内は、期待に満ちた目がひしめいている。

 どうも、今日は新規の客が多いらしい。赤黒い般若の面に息を飲み、米俵こめだわらを片手で持ち上げるだけで客がどよめいた。

 面の内側でも逃れられない視線に怖じ気つかなくなったのは何時だったか。俵を宙に投げ、体を反転させながら受けては投げる。舞台の傍らに置いていた俵も蹴り上げ、一緒に回せば面白いぐらいに客席から喝采が飛んできた。

 大太鼓の調子に合わせ、回す速さを上げていく。

 視界の端にひっかかった女性からやけに見られていると肌で感じ、もう一度目に入れて俵を落としそうになる。

 物怪かと三度見して、線の細い女性だと改めたが、浮かべる表情はあまりにも鬼気迫るものだった。外地から仕入れた黒水晶モリオンのような瞳がもったいない。

 面があることをいいことに、誰にも悟られないよう息をついた。ぐんと手にかかる重みで気を取り戻し、最後の仕上げにかかる。

 高く高く俵を空へと跳ね上げた。

 仕込んだ火薬に火が着き、俵が弾ける。

 わっと沸いた歓声と一緒に、消し炭も炎で散らした。夢うつつを味わった観客から徐々に起こる拍手を耳で拾いつつ、胸に手をあて腰を折る。

 盗み見た彼女はあいかわらず睨んでくるが、少しだけ顔の力が抜けたようだった。


◌ ◌ ◌


「なんだ、リン。しらけた顔をして」


 控えの隅で休んでいると、キヨが絡んできた。やわらかい髪はすすきのように揺れ、奥二重と切れ長の目の間を行き来する。せせら笑う薄い唇はゆるんだままだ。

 黙殺してもよかったが、コイツはそう簡単に逃がしてはくれない。


「気にするな」


 素っ気なく返しても、そう言われてもなぁと聞く耳を持たなかったキヨは、僕の背に腰をおろしてきた。川原の大きな石に胡座をとっていただけなので、達磨が土下座をしたような形になる。

 重石はさらに細長い足を組み、葉巻を吹かして体重を畳みかけてきた。

 無言で堪えたが、理不尽にくる重さに眉間がぴくりと動く。


「そう荒ぶるなって」


 上から覗く双眸はひどく愉しげで、吐くまで止めないと如実に示している。

 はぐらかすのも面倒になり声を出そうとしたが、胸と腹を後ろから潰されているのでひどくやりにくい。


「縁談話が来たんだよ」

「めでたい話じゃないか」


 これっぽっちも思ってないだろうと言う代わりにため息を吐き出した。

 ひょいと降りたキヨは紫煙で輪を作りながら目を歪ませる。


「隅から隅まで調べてきてやるよ」

「酔狂なやつだな」


 お前に言われたかない、とキヨは葉巻を指で遊ぶ。

 釘を刺そうとした矢先、石が踏みしめられる音がした。振り返った先に立つ女性に覚えがありすぎて戸惑う。

 般若姫じゃん、と僕達だけに聞こえる声でキヨが呟いた。いつだったか、お前にぞっこんの令嬢がいるだろうと揶揄う彼が面白半分につけた呼び名だ。彼女自身を示す名でもあり、舞台に上がる僕が身につける面の意味合いも込めてつけたものらしい。見間違えではないかと目を疑ったが、残念なことに本人らしい。

 黒水晶モリオンをはめ込んだような黒目がちな瞳が挑むように向けられる。

 息を飲んだのは、確かに僕だった。


「駆け落ちしてくださいませんか」


 凄んできたのは、彼女だ。

 高くもなく低くもなく可憐な声なのに、妙に響くのは天性のものなのか。彼女は当然のように俺の手を両手で包んで握った。

 冷えた手に胸が跳ね、押しの強さに距離をおきたいと本能でのけ反る。


「わたしを連れ去ってくださいませ」


 水に濡れた川原の石のように輝く双眸が、真っ直ぐに僕を捕らえる。

 瞳に縫い止められただけだなのに身動きが叶わなず、乾いた口では言葉も滑らかに出てこない。


「あの」

「はい」


 どちら様でしょうか、と訊くだけなのに、こんなにも勇気がいるなんて、初めて知った。



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