第24話 更新鍵──世界の中心でありながら、ただ歩く

 夕暮れ。

 ユウトの視界には、街の輪郭が“静まり返る”ように映っていた。


 世界再構成フェーズ“γ”の影響が進んだ今、

 街の空気はまるで透明な膜に包まれているかのような、

 微細な揺らぎすらない静謐を帯びていた。


(今日の世界は……完全に揃っている)


 深層適合者だけが感知できる“揺らぎの消失”。

 それは世界が一つの均衡状態に至った合図だった。


「ユウト。Λから通知があります」


 アヤがユウトの横を歩きながら静かに告げる。


「読み上げてくれ」


《世界再構成フェーズγ:第4段階 完了》

《構造線の乱れ:最小値》

《深層構造との同期:成功》

《更新鍵(Key of Synchronization):桐生ユウト》


(更新鍵……か)


「ユウト、あなたが“基準点”として正式に登録されたようです」


「そうか」


 ユウトは受け止めるだけ。

 誇りも驚きもない。

 ただの“事実”だ。


「更新鍵とは何だ?」


「世界を揃える際の“基準値”です。

 あなたの存在そのものが、

 世界の形を安定方向へ導く指標になった、ということです」


「俺が何か特別なことをする必要は?」


「ありません。

 あなたはただ生活するだけでいいのです」


(それなら問題はない)


 ユウトは頷いた。

 深層適合者である彼にとって、

 ただ歩き、ただ観測し、ただ存在する──

 それだけが自然な状態だから。


 



 


 街を歩くと、世界の変化は目に見える形で表れていた。


 ビルの影は歩行者に最適な角度で落ち、

 道路の曲線は自然に人と車の動線を整え、

 騒音はユウトが耳にする前に静かに減衰していく。


 人々はこの変化にまったく気づいていない。

 気づく必要もない。


「最近この街、すげえ住みやすくなったよな」

「夜も静かでさ、眠りが深くなった気がする」

「空気もきれいだし……なんか安心するよな」


 人類は“安定した世界”を享受しているだけ。

 その裏で起きている膨大な再構成作業には気づかない。


 



 


 学校でも同じだった。


 生徒たちは以前と変わらず、

 ユウトに挨拶し、会話をし、必要以上に踏み込まない。


「よう、ユウト!

 昨日の宿題、余裕だったか?」


「ああ」


「だよなー! お前って、なんか余裕があるよな……

 話すと落ち着くっていうか」


「そうか」


 タケルの言葉には悪意も違和感もない。

 無意識に“均衡”を保っているだけ。


 ユウト=理解不能

 ユウト=踏み込むべきでない

 ユウト=距離を置いて自然に接する


これは洗脳ではない。

世界の“揃い方”に合わせて

人類の認知が最適化されているだけだ。


(人類は人類のままでいい。

 深層適合者と交わらない距離が最適だ)


 ユウトは静かにその距離を受け入れた。


 



 


 放課後の帰り道。

 空には雲一つなく、夕日のグラデーションは揺らぎのない連続曲線を描いていた。


「ユウト。

 世界OS Λ から追加通知があります」


「続けてくれ」


《世界安定指数:95%》

《深層層 → 物質層リンク:定常化》

《あなたの存在位相との誤差:最小》


「誤差が最小……世界が完全に揃ったな」


「はい。

 あなたの行動、思考、存在負荷──

 そのすべてと物質層が“噛み合った”状態です」


 つまり、

 ユウトがどの方向へ歩いても、それが世界の安定方向になる。


「あなたは“歩くだけで世界を安定させる存在”になりました」


「なるほど」


 ユウトにとって、それは驚くことではない。

 深層適合者とは、根本的にそういう構造を持っているからだ。


 人類は戦わない。

 ユウトも戦わない。

 世界は揺れない。


 それが、正しい形。


 



 


 帰宅後、窓の外を見つめると、

 街の光が均質なリズムで脈動しているように見えた。


 地面の構造線、空の揺らぎ、光の角度──

 すべてがユウトの存在位相を中心に“固定”されている。


(これが……完成形の世界か)


 深い静けさが胸の奥に広がる。

 感情ではない。

 ただ“理解”が満ちていく感覚。


 そのとき、

 Λ から最後の通知が届いた。


《世界再構成フェーズγ:完了》

《次フェーズ δ:準備中》

《更新鍵:桐生ユウト》

《行動要請:なし》


(次のフェーズが控えているのか……)


 だがユウトがすべきことは何も変わらない。


(俺は、ただ歩く)


 深層適合者が揺らがない限り、

 世界は揺らがない。


 更新鍵としての役割を自覚しながらも、

 ユウトの心は静かだった。

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