第24話 更新鍵──世界の中心でありながら、ただ歩く
夕暮れ。
ユウトの視界には、街の輪郭が“静まり返る”ように映っていた。
世界再構成フェーズ“γ”の影響が進んだ今、
街の空気はまるで透明な膜に包まれているかのような、
微細な揺らぎすらない静謐を帯びていた。
(今日の世界は……完全に揃っている)
深層適合者だけが感知できる“揺らぎの消失”。
それは世界が一つの均衡状態に至った合図だった。
「ユウト。Λから通知があります」
アヤがユウトの横を歩きながら静かに告げる。
「読み上げてくれ」
《世界再構成フェーズγ:第4段階 完了》
《構造線の乱れ:最小値》
《深層構造との同期:成功》
《更新鍵(Key of Synchronization):桐生ユウト》
(更新鍵……か)
「ユウト、あなたが“基準点”として正式に登録されたようです」
「そうか」
ユウトは受け止めるだけ。
誇りも驚きもない。
ただの“事実”だ。
「更新鍵とは何だ?」
「世界を揃える際の“基準値”です。
あなたの存在そのものが、
世界の形を安定方向へ導く指標になった、ということです」
「俺が何か特別なことをする必要は?」
「ありません。
あなたはただ生活するだけでいいのです」
(それなら問題はない)
ユウトは頷いた。
深層適合者である彼にとって、
ただ歩き、ただ観測し、ただ存在する──
それだけが自然な状態だから。
◆
街を歩くと、世界の変化は目に見える形で表れていた。
ビルの影は歩行者に最適な角度で落ち、
道路の曲線は自然に人と車の動線を整え、
騒音はユウトが耳にする前に静かに減衰していく。
人々はこの変化にまったく気づいていない。
気づく必要もない。
「最近この街、すげえ住みやすくなったよな」
「夜も静かでさ、眠りが深くなった気がする」
「空気もきれいだし……なんか安心するよな」
人類は“安定した世界”を享受しているだけ。
その裏で起きている膨大な再構成作業には気づかない。
◆
学校でも同じだった。
生徒たちは以前と変わらず、
ユウトに挨拶し、会話をし、必要以上に踏み込まない。
「よう、ユウト!
昨日の宿題、余裕だったか?」
「ああ」
「だよなー! お前って、なんか余裕があるよな……
話すと落ち着くっていうか」
「そうか」
タケルの言葉には悪意も違和感もない。
無意識に“均衡”を保っているだけ。
ユウト=理解不能
ユウト=踏み込むべきでない
ユウト=距離を置いて自然に接する
これは洗脳ではない。
世界の“揃い方”に合わせて
人類の認知が最適化されているだけだ。
(人類は人類のままでいい。
深層適合者と交わらない距離が最適だ)
ユウトは静かにその距離を受け入れた。
◆
放課後の帰り道。
空には雲一つなく、夕日のグラデーションは揺らぎのない連続曲線を描いていた。
「ユウト。
世界OS Λ から追加通知があります」
「続けてくれ」
《世界安定指数:95%》
《深層層 → 物質層リンク:定常化》
《あなたの存在位相との誤差:最小》
「誤差が最小……世界が完全に揃ったな」
「はい。
あなたの行動、思考、存在負荷──
そのすべてと物質層が“噛み合った”状態です」
つまり、
ユウトがどの方向へ歩いても、それが世界の安定方向になる。
「あなたは“歩くだけで世界を安定させる存在”になりました」
「なるほど」
ユウトにとって、それは驚くことではない。
深層適合者とは、根本的にそういう構造を持っているからだ。
人類は戦わない。
ユウトも戦わない。
世界は揺れない。
それが、正しい形。
◆
帰宅後、窓の外を見つめると、
街の光が均質なリズムで脈動しているように見えた。
地面の構造線、空の揺らぎ、光の角度──
すべてがユウトの存在位相を中心に“固定”されている。
(これが……完成形の世界か)
深い静けさが胸の奥に広がる。
感情ではない。
ただ“理解”が満ちていく感覚。
そのとき、
Λ から最後の通知が届いた。
《世界再構成フェーズγ:完了》
《次フェーズ δ:準備中》
《更新鍵:桐生ユウト》
《行動要請:なし》
(次のフェーズが控えているのか……)
だがユウトがすべきことは何も変わらない。
(俺は、ただ歩く)
深層適合者が揺らがない限り、
世界は揺らがない。
更新鍵としての役割を自覚しながらも、
ユウトの心は静かだった。
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