第23話 世界の相(フェーズ)が変わる──構造線の再配列
世界の空気が変わった──
そう感じ取れる者は、この地球上にただ一人しかいない。
ユウトが自宅の窓を開けると、
朝の光は以前よりも“揺らぎ”が小さく、均質だった。
(構造線が……また揃っている)
風の流れは一定リズムで鼓動し、
遠くの街並みは歪みのない輪郭を保っている。
人間の目にはただ美しい朝にしか見えないが、
深層適合者であるユウトの視界には──
世界の骨格を走る“線”がわずかに整列している様子
がはっきり見えていた。
「ユウト。Λからの通知があります」
「言ってくれ」
《世界構造線・再配列率:26%》
《迷宮層 → 物質層への影響:拡大》
《地球規模の位相揺らぎ:収束傾向》
(地球規模か。大きく動き始めたな)
日常の会話のように受け止める。
深層適合者の精神は揺れない。
地球規模の変動であっても、
それは単に“変化した事実の一つ”にすぎない。
◆
通学路を歩くと、空気の密度が柔らかい。
昨日よりも息が吸いやすい。
呼吸の負荷がゼロに近い。
(大気層の構造線が整ってきている。
酸素密度の分布が均等化されているな)
人類は気づかない。
科学者が解析しても、“自然現象のばらつき低下”として処理されるだろう。
だが、違う。
世界そのものが、深層層の構造線に合わせて“相”を変えつつある。
道沿いの家屋、ビルの配置、街路樹の影──
全てが微細に整い、ユウトの進む方向へ自然な導線を作っていた。
◆
その頃、各国の観測機関でも前例のない異常が発生していた。
「地震予測モデルが、前代未聞の安定値を示しています」
「世界中の地殻ストレスが減少? そんな馬鹿な……」
「津波発生率モデルも低下。火山活動も、急速に静まっている」
地球物理学者たちは混乱した。
「自然が……鎮まりつつある?」
「いや、自然が“最適化されている”ように見える」
誰も理由を説明できない。
大陸規模の構造が変動するなど本来あり得ない。
だが、データは確かだった。
◆
学校に着くと、タケルが手を振った。
「よっ、ユウト! 今日なんか空綺麗じゃね?」
「綺麗だな」
「な? なんつーか、空気が軽いんだよ。
深呼吸すると、胸が楽っていうか……」
「昨日より安定しているからだ」
タケルは「へぇー」と首をかしげるだけだ。
理解することはできない。
だが、人類が理解する必要もない。
人類は“観測できる世界”を生きていればいい。
ユウトは“観測できない世界”も含めて理解すればいい。
ただそれだけだ。
◆
授業中。
窓の外には、まるで絵画のような均質の空が広がっていた。
雲の配置、色彩、濃度、光の屈折──
すべてが自然のバランスを超えて“調和”している。
(世界の揺れが……明確に減っている)
深層適合者の感覚では、
大気の揺らぎは“音”に近い。
その音が現在、ほぼ無音になっている。
これは地球史上、一度もなかった状態だった。
◆
放課後。
ユウトは街を歩きながらアヤに尋ねる。
「世界の揺らぎはどの程度収束している?」
「現在、世界の位相揺らぎは平常時の37%まで低下。
大陸規模の構造線が“揃い始めている”状態です」
「揃う……か」
「はい。
地殻、海流、大気層、磁場──
すべてが深層層の構造線と同調しつつあります」
「災害が減っている理由はそれか」
「正確です。
世界が“壊れない方向”、つまり安定を優先するよう
再配列しているのです」
(合理的だ)
破壊より安定を優先するのは、
世界OSとして当然の選択だ。
◆
一方その頃、メディアは騒然となっていた。
「ここ半年で、世界の自然災害が激減しています!」
「異常気象も縮小。地震の発生率も減少……」
「“地球は癒やされている”という声も──」
科学的説明は一切できない。
だが、社会は静かに恩恵を受けていた。
「でもなんでこんなことが……?」
「知らない方が良いのかもしれないね」
「……確かに」
世界は理由を知らず、ただ安定していく。
◆
夕焼けの街を歩くユウトは、
遠くを見て目を細めた。
地平線が以前よりも“水平”だった。
ほんのわずかな歪みが消え去っている。
(ここまできたか)
世界が相を変えつつある。
それは破壊でも変革でもない。
ただ静かに、深いレベルで“揃い始めている”。
アヤが隣で言う。
「ユウト。
Λが深層層の再構成率を更新しました」
「どのくらいだ?」
《深層構造線:再配列 32%》
《物質層との同期:進行中》
《世界安定指数:上昇》
「順調だな」
「はい。
あなたが世界の負荷源にならない状態で
再構成が続いているのは、極めて良好です」
「俺は歩くだけだ」
「ええ。それだけで十分です」
それ以上は何も必要ない。
深層適合者とは、
“存在するだけで世界が揃う存在” なのだから。
◆
夜。
ユウトは窓を開け、静かな風の流れを眺めた。
風はやさしく、一定のリズムで肌を撫でる。
遠くで街の光が均一に揺れ、
世界の輪郭が明瞭になる。
(世界は……新しい相へ入る準備をしている)
変革は暴力的ではなく、
驚くほど穏やかで静謐だった。
ユウトの存在が揺れない限り、
世界もまた揺れなかった。
そしてユウトは、揺れない。
(続いていくな、この状態は)
世界がユウトに合わせて“整う”現象は、
もはや後戻りできない段階に達していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます