第9話 安定化訓練──存在圧を消す技術

■ 1. 深層層:訓練領域の生成


 深層層は固定した空間ではない。

 ユウトの“意識”に反応し、

 世界の基礎構造が勝手に形を変える。


 アヤが淡々と説明する。


「ユウト。

 まずは“安定化領域”を作ります」


「領域を……俺が作るのか?」


「あなたの存在圧は、

 深層層において絶対的な優先権を持ちます。

 意識を向ければ、空間は従います」


 ユウトは一歩前に踏み出す。


 思考した瞬間、

 闇色の空間に“球状の存在空間”が形成された。


(……世界が俺の思考で反応してる)


「これはあなた専用の訓練空間です。

 外部への干渉を最小限に抑えられます」


「つまり、ここなら俺が暴走しても世界は壊れない?」


「完全ではありませんが、影響は抑えられます」


(完全じゃないのか……)


 ユウトは苦笑した。

 自分という存在が、どれだけ危険なのか理解できる。


■ 2. 存在圧とは何か


 Λの声が響く。


『桐生ユウト。

 あなたの存在圧は、深層層と同質である』


「同質……?」


『人間の存在圧は“物質層”と同調する。

 覚醒者の存在圧は“情報層”に影響する。

 だがあなたは違う』


(俺は……どこに同調してる?)


『あなたは“深層層そのもの”に同調している』


 アヤが補足した。


「つまりユウト、

 あなたが怒れば世界の基礎構造が震え、

 あなたが悲しめば空間が歪む」


「……厄介な体質だな」


「厄介なのは世界の方です。

 あなたに合わせようとするから、不具合が生じるんです」


(世界の側が“耐えられない”のか……)


■ 3. 訓練①:存在圧の停止


「まずは、存在圧をゼロにします」


「ゼロ……?

 そんなこと可能なのか?」


「あなたなら可能です。

 世界最強は“見せない力”を持つ者でもある」


 ユウトは深呼吸し、

 自分の感覚を内側へ向けた。


 深層層で感じる“揺らぎ”を手繰り寄せ、

 それを無理やり押し込む。


 すると——

 空間が爆ぜた。


 深層層の奥から、

 黒い波動が広がっていく。


「っ……!?」


「ユウト、まだ強すぎます!」


 アヤがすぐさま手を伸ばし、

 彼の存在圧を吸収するように補正した。


 波動はかろうじて収まったが、

 訓練空間の外側で広い“ひび割れ”が走っていた。


『警告:深層層外側に揺らぎ発生』


「……俺の一息でこれか」


「ええ。

 これを抑えられない間は、地上に戻れば都市が崩れます」


(戻ることすら許されないのか……

 このままじゃ俺は歩く災害だ)


■ 4. 訓練②:自己分離


 Λが静かに告げる。


『次の訓練へ移行。

 “自己存在の分離”』


「分離?」


『存在圧の源は“あなた自身の中心”にある。

 そこから溢れる深層揺らぎを切り離し、

 別の位相へ追いやれば、影響は大幅に低下する』


「そんなこと可能なのか?」


「あなたならできます。

 ただし、痛みを伴います」


「痛み……?」


「深層層の自己切除は、

 “自分の一部を削る感覚”になります」


 ユウトは黙って頷いた。


「やるしかないだろ」


(俺のせいで、誰かが死ぬくらいなら……

 自分を削る方がマシだ)


「開始します」


 アヤがユウトの背中に触れた。


 次の瞬間——

 胸の奥が“裂ける”ような痛みが走った。


「っが……!?」


 息が止まる。

 視界が割れ、

 深層層の奥で、もう一人の“自分”が揺らめいた。


(……これが俺の存在圧……?

 抜き出しただけで、空間が震えてる……)


「ユウト、集中してください!

 切り離すんじゃない、分けるんです!」


「分ける……?」


「あなたの核は一つ。

 存在圧は“表層”にある。

 表層部分だけを別位相に追いやって!」


 ユウトは歯を食いしばった。


 頭に浮かぶのは、

 世界の崩壊のイメージ。


(俺がこのままじゃ、世界は保たない……

 だったら——)


 思考が焦点を結ぶ。


 重い痛みとともに、

 胸の奥の“深層揺らぎ”が剥がれていく。


「……っ……!」


 アヤが叫んだ。


「今です! 分離して!」


「うおおおおッ!」


 ユウトは精神を振り絞り、

 深層圧を別位相へ放逐した。


 空間が大きくうねり、

 黒い波動が深層層の遠方へ吸い込まれる。


■ 5. 初めての“静寂”


 世界が……静かになった。


 震えも揺らぎもない。

 ただ、深層層が本来の静けさを取り戻した。


 アヤが目を見張る。


「……成功です。

 ユウト、あなたの存在圧……消えています」


「はぁ……はぁ……。

 死ぬかと思った……」


「よくやりました。

 あなたの力を抑え、世界を傷つけずに済む方法を

 自分で掴みました」


 アヤは真っ直ぐユウトを見つめた。


「あなたは危険ではありません。

 “制御できる存在”です」


 ユウトは苦笑した。


「……まだ一段階目だろ」


「はい。

 ですが、これで地上に戻る選択肢が生まれました」


(戻れる……。

 誰も壊さずに……)


 胸の奥に、小さな暖かさが灯る。


■ 6. Λの評価


 Λが揺らぎ、

 評価を告げる。


『安定化訓練、第一段階クリア。

 次は“存在偽装”に進む』


「偽装……?」


『あなたの存在圧を消すだけでは不十分。

 “人間としての位相”に合わせる必要がある』


「存在を偽る……?」


『肯定。

 あなたは深層層の存在。

 人類世界に戻るには、

 “人間の位相”に合わせた擬態が必要』


 ユウトは深く息をつく。


(まだ道は長い……

 だが、進める)


「ユウト」


 アヤがそっと隣に立つ。


「あなたは、もう“孤独な怪物”ではありません。

 制御し、選べる存在です」


「……ありがとう」


 短い言葉だった。

 だがそれだけで十分だった。


 ユウトは世界を壊す存在ではない。


 世界を守るために立ち上がる存在になり始めていた。

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