1224 / nice guys

月波結

1224

「男同士でクリスマスなんて、することねーだろ」


 三城みきのその一言は、僕の頭に後ろからクリーンヒットかました。

 思わず反動で、膝が折れるところだった。

 危ない、目を回したりしてる場合じゃない。言いたいことはハッキリ言う、それが三城との約束だった。


「⋯⋯マジで?」

「おん。うちなんて毎年、家族で鍋つついた後、ケーキ食って終わり」

「そっかー、そっか⋯⋯。まぁ、そういう年頃じゃないわな」

「え、もしかして真菰まこも、何か準備しちゃったり?」


 するわけないじゃん、と言った顔が、明らかにガッカリして見えないといいなぁとそう思って、目を伏せた。


「でもさ、今年のイブ、平日じゃん? 年末でバリバリ仕事忙しいじゃん。真菰のとこもそうだろ?  家族持ちの人たちは仕事放って帰る気バリバリだろうし、こういう時、シングルって不便だよな。ボーナスせっかく入ったのに」


 三城の言うことは確かだった。

 ボーナスは出た。

 けど年末までにやらなくちゃいけない仕事が、山ほどあった。


「はぁ」

「なんだよ、明らかなため息つくなよ。俺だってボーナスで真菰を温泉にでも連れてってやりたいよ。あれな、部屋ごとに風呂付いてるやつな」

「⋯⋯やらしくしか聞こえないんだが」

「やらしいことが、したいんだが」


 三城の背中をバシっと殴る。痛ってぇなぁと三城は仰け反って、人のいい笑顔を見せた。


 温泉⋯⋯温泉が”あり”なら、男同士のクリスマスもありじゃないのか?

 でもここで食い下がって、諦めの悪い男だと思われたくない。三城には、真面目でサッパリした男だと思われたい。

 だから言えない⋯⋯クリスマス、5分でいいから一緒に過ごしたいだなんて。


「真菰って、記念日とか気にするタイプだった? 実は」

「全然っ! 全然そんなことないよ。やだな、女みたいじゃん」

「そう言えば、1ヶ月記念とかやらなかったなと思って」

「記念日とか! 全然そんなの気にしてないから」


 三城のマフラーの隙間から吐かれた吐息が、白く消えていく。


「鼻の頭、痛くなるほど寒いな」

「風邪ひかないように、マスクしろよ」

「え? マスクしてるのって、キス防止なのかと思ってた」

「バ、バカッ!  三城は”そういうこと”しか考えてないのかよ」


 隣を歩く三城の手がそっと伸びて、僕がしてたマスクの細いゴム紐を引っ張る。そしてシールを剥がす時のように、一気にマスクを外す。


「マスク外すのってヤバいな。エロい。キスしたくなるな」

「バカ! 会社の近くだぞ」

「あー、温泉行きてぇな。キスもし放題だよ」


 駅前の大きなクリスマスツリーが見えてくる。暖かい光の渦。

 その渦に、僕は乗れないまま、クリスマスイブは過ぎていくのか。弾むようなジングルが、すっと脇をすり抜けていく。

 僕はポケットからSuicaを出そうとする三城の、右手を見ていた。寒さで少し乾いて見えた。


 ◇


 休日返上して三城が半日出勤の日、スマホを開いてAmazonで検索をかける。

 仕事の後、うちに来て泊まっていくと言っていた。

 それまでにプレゼントを決めなきゃいけない。候補をポンポン”お気に入り”に入れていく。

 もしも空振っても腐らない、と覚悟を決めて、小さい画面を見つめる。


 ふぅ。天井に向けて細いため息をつく。

 なんだか片想いみたいだな。僕だけが突っ走ってて、前もよく見えてない。

 空振っても気にしない、と自分に言い聞かせてカートに入れる。


 ラッピング⋯⋯カードが付くのか。手書きの方が良くないか? いや、カードはさすがに寒いから、やめておこう。

 空振った時のダメージがデカい。


 これをもらった三城の顔を思い浮かべる。ダメだ、想像できない。

 記念日だっていつでも覚えてたんだよ、ほんとは。

 でも一々、小さいことに拘って、三城の時間を奪うのはどうかな、と思った。

 そんなんだから、小さい我慢ばかりが塵と積もって、独占欲ばかりが大きくなる。


 三城の唯一無二になりたい。

 いつだってそればかりだ。

 代わりのきかない、僕でありたい。

 その気持ちが通じているのか、手を繋いでもわからない。抱きしめられても、全部伝わるわけじゃないから。


『課長に昼飯誘われちゃった。悪い! その後、必ず行くから』


 謝るくらいなら、誘われなきゃいいのに、なんて子供じみたことは思わない。

 僕も三城も社会人だ。つき合いは大切だ。


 Amazonからのご注文承りメールを確認して、スマホを閉じた。


 ◇


「今日はイブだからな、みんな早く帰れるようがんばろう」と課長が言ってくれたお陰で、殆ど残業することなく、仕事は終わった。

 営業部は”イブなんて関係ない”と三城が言ったように、まだまだみんな帰れそうには見えない。

 三城もスマホ片手に何かを話していた。


 あれは当分、終わらないなと思って、エレベーターに乗る。三城との距離がどんどん離れていく。

 エレベーターは、床が抜けたのかと思う速さで1階まで僕を運んだ。


 会社と駅の間にあるカフェもファミレスも、満員で入れそうにない。恋人たちでいっぱいだ。

 当てもなく、駅方面に向かって歩く。

 凍てつく風が、顔面を殴る。マスクをしてて良かった。そう思うことにする。


 どうしても、5分でいいから三城に会いたい。

 会社近くなんて危険すぎると思いつつ、約束もなく電車に乗るきっかけが掴めない。

 背中を押すように、マライヤ・キャリーが朗らかに歌う。

「欲しいのはあなただけよ」なんて、年末のサラリーマンにはとても口に出せないセリフだ。


 かれこれ30分以上、さまよった。

 やっと見つけた空席に滑り込んで、温かいコーヒーをすする。冷えた足先まで温度が伝わってくる。

 ここにいることを三城にLINEする。

「何時間でも待つよ」は怖いし、「待てるだけ待つよ」も十分重い。


 考えてるうちにLINEが入る。


『何時になるかわかんない。帰っとけ。寒いの苦手だろ? 終わったら寄るから』


 甘い。甘いんだけど僕は強欲で、このクリスマスに満ちた空気の中を、三城と過ごしたかったんだ。

 たった5分でも――。


 ◇


 もう今日は諦めて寝よう、と思ってた頃、玄関チャイムが鳴る。萎えてた心に熱が戻って、三城を玄関に迎えに行く。三城は冷たい風をまとってやって来た。


「ごめーん。新入りがミスりやがって。『彼女との待ち合わせが』とか半べそかいてっから、手伝わないわけにいかなくなっちゃってさ。俺だって、真菰が待ってるのにさ」


 酒が入ってるんじゃないかと思う強引さで、三城は僕の唇を奪った。

 そして、長いため息をつくと「会いたかったんだ、本当は5分でも」と呟いた。


「5分はもう経ったよ。ほら、終電なくなる」

「俺に部屋には上がるなと」

「平日は泊まらない約束じゃん」


 貴重な時間を惜しんで、三城が靴を脱ぐ前に、包みを三城に渡した。


「メリークリスマス」

「バカ、俺、何も用意してないよ」

「たまにはイベントを楽しみたかっただけだから、もらってやってよ」


 三城が袋からガサッと中身を出した。袋を僕に渡してプレゼントを両手で持つ。


「手袋じゃん。しかもノースフェイスじゃ高かったんじゃないの?」

「たかが手袋って値段だよ。スマホ対応のにしたから」

「助かる。仕事の電話はいつかかってくるかわかんないからな。外回りの時、マジで手、冷えるから」


 抱き寄せられて、今度は丁寧にキスされる。

 三城なりの、クリスマスプレゼントなのかもしれない。「泊まってもいいよ」の一言が、喉元までせり上る。


「真菰、せっかくのイブなのに、寂しい思いさせてごめん。仕事中もお前のことばかり考えちゃって、集中できなかったんだ、実は」

「イブの約束はしなかったんだから、気にしなくていいのに」


 三城は真っ直ぐ僕を見ると、ごちゃごちゃに物の突っ込まれたカバンから、2枚のチケットを取り出した。

「ん」と僕に押し付ける。


「これ⋯⋯」

「おう、正月明けになっちゃうけどな。休日出勤にならないようにがんばるわ。その日は新入りも捨ててくから」

「本当に温泉行くんだ⋯⋯」

「やらしいことするためだよ。風呂付きの部屋って高いのな。でもまぁ、ゆっくりする日もあっても良くね? 大人になったら、時間も金で買えるんだからさ」


 もたれかかるように三城を抱きしめる。会社の休憩室の、安いコーヒーの匂いがした。


「クリスマスプレゼントになる?」

「なる。温泉最高」

「遅くなったけど許す?」

「もちろん。プレゼント勝負は三城の勝ちだよ」

「――じゃあ、今日は泊まっていくわ。もう『平日だから』なんてつまんないこと言うなよ。『恋人たちのクリスマス』だ。マライヤ・キャリーも歌ってるだろ? 『欲しいのはあなただけよ』ってさ」


 その下りで思わず吹き出してしまう。ふたりで同じこと考えてたなんて、ほんと、バカみたいだ。


「俺は、5分後の真菰も欲しい。なんなら来年のクリスマスもお前に予約入れたいよ」


 イルミネーションはない。

 ケーキもチキンもない。

 マライヤ・キャリーもいない。

 でも本当に欲しいものは手の中に――。


(了)


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