フェイズ・ロック ──特別対策室捜査譚3──

八重森 るな

プロローグ

 小さな町、中華屋の2階。

 団体客が酒を呑んでいる。


 20人ほど。老若男女さまざまだ。若い方は10代と思しき青年が、オレンジジュースを飲んでいる。年嵩の人は、60代くらいか。夫婦で来ている者もいる。


 ひとりの男が、エビチリを取り分けながら話す。

「さっきの話、イカしてるでしょ」

 そう言って、笑う男──ハンドルネーム《zeal2298》。


 30代くらいの、普段はサラリーマンをやっていそうな感じの男だ。今日はセーターにコーデュロイのパンツを合わせている。


「すごいですね」

 そばにいた女が首を縦に振る。

「最近のゲームは、臨場感すごいけど」

 そしてスマートフォンを見つめる。

「さらにすごくなるんですね」

「ええ、本物の戦場さながらになりますよ」

 その女にエビチリの小皿を渡しながら、zealが楽しげに答える。


「ただ、このやり方は」

 男がみんなに聞こえるように言う。

「内緒なんです。ゲーム的には違反行為ですからね」

 みんなが男を見る。

「大丈夫、運営にはトッププレイヤーだけに伝えるように、許可を取ってますから」


「zealさんは運営サイドなんですもんね」

「まぁね」

 彼は軽く呟く。


「チームAにもいるんでしょ、この仕組みを知ってる奴らが」

 女性がZealに声をかける。

「ああ、そうじゃないとゲームにならないからね」

 チームA、別名Ascendanceチームは、チームPと対をなす「敵チーム」だ。


「じゃあ、心置きなく」

 女はニコニコ笑いながら言った。

「連中を『殺せ』ますね」


 そして、

「その代わり──」

 zealの目が、光った。

「死ぬ気で遊んでくださいね」


「もちろんです」

 その場にいた人々は、楽しそうに声を上げた。

「打倒チームA!Prominence!」

 Prominenceチーム、通称チームPの面々は、立ち上がって乾杯した。


 窓の外は、帰路に着く勤め人や買い物客でごった返していた。

 満月が昇り、平凡な春間近の町角を照らしていた。


 誰も、今夜この町で始まる『戦争』を知らないまま。

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