@yu1979

第1話

1

アレックス・メーガンは、永遠の命を呪っていた。数百年の時を生き抜き、愛する者たちを失い、世界の変遷をただ見つめるだけの存在。18世紀のイギリスで生まれた彼は、謎の呪いにより不死身となった。銃弾、毒、火災――何も彼を殺せなかった。肉体は再生し、魂は疲弊した。20世紀末、ニューヨークの喧騒の中で、彼は死を渇望していた。

「もう十分だ。終わらせてくれ。」

アレックスは鏡に映る自分に呟いた。永遠の若さは贈り物ではなく、牢獄だった。友人たちは老い、死に、彼だけが残された。絶望が彼を蝕み、死の方法を探し求めた。インターネットの闇サイト、古代の書物、科学者の実験――すべて無駄だった。

そんな時、彼は噂を聞いた。「炎の男」と呼ばれる存在。手から炎を噴き出す能力者で、その炎は普通の火ではない。魂ごと焼き尽くす、絶対の破壊力。たとえ不死身の体でも、灰に変えるという。名前はイアン・フレイム。謎めいた男で、能力を隠して生きていたが、時折、闇の取引で力を貸すという。

アレックスは探し出した。ロサンゼルスの廃墟のような倉庫街で、イアンは待っていた。黒いコートを羽織った瘦せた男。目は赤く輝き、手には微かな熱気が漂っていた。

「君の炎で、俺を殺してくれ。」アレックスは直球で頼んだ。

イアンは笑った。「不死身の君を? 面白い。だが、なぜ?」

「永遠は地獄だ。終わらせてくれ。」

イアンは頷いた。「握手で終わる。簡単だ。」


二人はビジネスライクに握手を交わすことにした。イアンは能力をコントロールできると言い、握手すれば炎が相手を包む。だが、アレックスは一つの条件を出した。「この瞬間を記録してくれ。写真を撮って、世界に残せ。俺の最期が、芸術になるように。」

イアンはカメラマンを呼んだ。撮影場所はハリウッドのスタジオセット。スーツ姿の二人が、ビジネスミーティングのように立った。

「準備はいいか?」イアンが聞いた。

アレックスは頷き、手を差し出した。カメラのシャッターが切られる音が響く。

握手した瞬間、炎が爆発した。アレックスの体を青白い火が包み、皮膚が溶け、骨が露わになる。痛みは一瞬だった。不死の再生が追いつかず、魂が引き裂かれる感覚。炎は普通の火ではなく、存在そのものを消滅させる力。絶望が喜びに変わる最期。

「ありがとう……」アレックスの最後の言葉が、炎の中に溶けた。

カメラマンは震えながらシャッターを切り続けた。その一枚――燃える男と冷静な握手相手の写真――が、歴史に残った。 


写真はピンク・フロイドのアルバム「Wish You Were Here」のジャケットに使われた。燃える男の姿は、失われた友人や絶望の象徴として、世界中のファンに語りかけた。イアンはその後、姿を消した。能力を恐れ、隠遁したという。

だが、アレックスの死は本物だった。不死の呪いが、炎によって解かれた。写真はただの芸術ではなく、真実の記録。永遠の苦しみから逃れた男の、最後の微笑み。終わり。

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