重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのはひび割れた土壁の天井だった。硬いベッドの感触と、黴と土の匂いがする。

「……どこだ、ここ」

　掠れた声が自分の喉から出たことに驚いた。俺は田中健司。日本のとある研究所で植物の遺伝子研究に明け暮れていた、ただの研究者だったはずだ。連日の徹夜作業の末に机に突っ伏して……そこで記憶は途切れている。

（ああ、そうか。俺は死んだのか）

　過労死。なんとも現代日本らしい締まらない最期だ。納得はしたが後悔がないわけではない。もっと研究したかった。品種改良で、世界中の食糧問題を解決するのが俺の夢だったのに。

　そんな感傷に浸っていると、不意に頭の中に直接声が響いた。

　《魂の移ろいを観測。適合を確認。ユニークスキル【絶対育成】を付与します》

「な……！？」

　誰の声だと体を起こそうとして、自分の体に違和感を覚えた。骨と皮ばかりに痩せこけた子供の手足。明らかに自分の体ではない。慌てて近くにあった水桶を覗き込むと、そこには見知らぬ少年が映っていた。亜麻色の髪に、意志の強そうな青い瞳。年は十歳くらいだろうか。

　混乱する頭で周囲の状況と先ほどの声、そしてこの幼い体から導き出される結論は一つしかなかった。

「異世界……転生……」

　まるで小説や漫画のような展開に乾いた笑いが漏れる。どうやら俺は、田中健司としての人生を終え、この世界の「アラン」という少年に生まれ変わったらしい。

　しばらくして、アランとしての記憶が流れ込んでくる。ここはロセリウス王国の最果てにある名もない開拓村。両親は流行り病で数年前に他界し、今は村の皆に面倒を見てもらいながらなんとか生きている。そしてこの村は、致命的なまでに貧しかった。

　外に出てみれば記憶通りの光景が広がっていた。石ころだらけの痩せ細った土地。まばらに生えている作物はどれもひょろひょろと元気がなく、栄養失調なのが一目でわかった。

　人々は飢え、子供たちの腹は空腹で膨らみ、大人たちの顔には生気がなかった。

「ひどい……」

　前世で研究対象だった人類史初期の農業風景が目の前にある。絶望的な状況だ。どうすればいい？ 俺はただの研究者で、特別な力なんて……。

　いや、待て。さっき頭に響いた声はなんだったんだ？

『ユニークスキル【絶対育成】』

　そう強く意識すると、再び脳内に情報が流れ込んできた。

【絶対育成】：全ての植物の育成に関与できるスキル。

　・対象の植物の成長を任意で促進、あるいは抑制できる。

　・対象の植物の品種改良を自在に行える。

　・対象の土壌を分析し、最適な成分を把握できる。

　・対象の土壌を理想的な状態に改良できる。

「……は？」

　思わず声が出た。なんだこれは。農業チートか？ いや、チートなんて言葉では生ぬるい。これは神の御業そのものじゃないか。

　俺は、田中健司は、この力があれば夢を叶えられた。飢餓で苦しむ人々を救えた。だが、それは叶わなかった。しかし今、アランとして生まれ変わった俺の目の前には飢えに苦しむ人々がいる。そして俺の手には、それを解決できる力がある。

「……やるしかない、だろ」

　誰に言うでもなく呟いた。絶望が確かな希望に変わる瞬間だった。俺は、この痩せた土地でもう一度夢を追いかけることを決めた。この神の如きスキルを使って、この村を、いや、この世界を飢えから救ってみせる。

　アランとしての第二の人生が、静かに幕を開けた。