神目なんでも相談所

白時兎

第1章

第1話


「そんな、どうして…」


雪が今にも降りそうな曇天の下。

青いビニールに包まれて、物言わぬ体が運ばれていく。

ビニールから覗くだらんと下がった左腕には、確かに見覚えのある時計が付けられていた。


僕とお揃いの、華奢な時計…。


「どうしてかおるが死ななくちゃいけないんだ!」


シルバーの護送車が遠ざかっていく。音もなく。静かに住宅街の角を曲がっていった。

周囲は騒然としながらも、慟哭する僕を悲劇の主人公だと言わんばりに見つめていた。


 

あれから2ヶ月。

灰色の空、湿気で苔むしたビルの階段を昇っていくと、『神目なんでも相談所』というふざけた名札が水色の雲形のネームプレートに並んでいた。

打ちっぱなしのコンクリートには愛想も安らぎも無縁に思える。


ふざけている、こんなところに縋る僕も、彼女が死んだこの世界も含めて。


僕はふたつ深呼吸をして震える手でドアを開いた。きっとうまくやれる、そう心で思いながら。

アルミ製の軽いドアは同じく安っぽいドアベルの音を奏でた。


「やあ、いらっしゃい、依頼かな」


僕の到着をわかっていたかのように男が机にほおづえをついてほほえみかけてきた。垂れ目の茶色い瞳を長い黒髪で彩った、なるほど今風の美形だった。

僕は心臓がはち切れそうになるのを感じながら男の瞳を見つめて言った。


「…依頼です、殺人事件の捜査を依頼したい」


状況を見るにこの男が神目だろう。

神目はおや、と驚いたような顔をして、それから微笑んだ。男でも惑わされそうな魔性の笑みだった。


「犬猫の捜索でも、浮気の調査でもないのか…まあじきに助手が来るから、詳細は助手と一緒に聞こうか」


神目がそう言った直後にドアベルがなった。「ああ、きたね、」とこともなしに言った神目と違い僕は衝撃を受けた。


そこに居たのはアイドルでも女優でも滅多に居ない美人だったからだ。

 

銀のサラサラした長髪をキャップで隠し、顔を丸いサングラスで覆っているが、一目見ただけで絵画から抜け出してきたかのような美少女だということが分かった。


そんな僕の動揺に、神目は慣れているのか平静とした態度で、彼女に声をかけた。


「アリス、依頼人が来たよ、お茶を出してくれないか」


アリスと呼ばれた少女は、無言のまま緑のラベル緑茶のペットボトルを神目の前に、赤いラベル烏龍茶を僕の前において、自分は足を組んでいちごミルクを飲み始めた。


「なるほど、それで、殺人事件とは先日報道された神保町のアパートの1件かな?」

「あ、はい」


普通こういうのって助手が淹れたてのお茶を用意するんじゃないんだ…と娯楽漫画に毒されていた僕は頭の片隅で考えながら答えた。どうもペースを持っていかれがちになってしまった、僕にはどうしてもやらなければならないのことがあるのに。


「僕、柊 誠(ひいらぎまこと)って言います。事件があったのは二ヶ月前のことです…」


僕は主導権を握ろうと話し始めた。

神目もアリスも沈黙を持って受け入れてくれたようだった。

被害者の夢野かおるは僕の恋人だった、と思う。

曖昧な関係ではあったが、お互いに好意を持っていたのは確かだった。


事件が起きたのは、冬の入口のように冷え始めた夜だった。

僕はその日、かおるの帰りを待って、いつものように部屋まで行った。合鍵をあけ、そこで目にしたのは、かおるが無惨な姿で倒れている姿だった。


「僕は血まみれの彼女を抱き起こしました…その時彼女は何かを伝えようとしたんです…!」

「ふむ、それで彼女はなんと言っていたんだい?」


神目が冷静に問うた。


「…どうして、と」


聞き取れたのはそれだけだった。僕は悲しみのあまり咆哮を上げそれを聞きつけた住人が通報し、第一発見者として事情聴取を受けた。なんども、なんども。

そのうち僕は容疑者として疑われ始めた。

僕はやっていない、刃物の指紋だって一致しなかった。なのに。

誰かが僕を、僕たちを陥れようとしたに違いない。

そう考えて僕はこの事務所を訪れた。

僕が無実だと証明するために。


そこまで語って、神目がうーん、と小首を傾げた。


「ほんとに君が犯人じゃないの?」

「違います!」


僕は声を張って答えた。

神目は困ったような笑みを浮かべてアリスを見た。アリスはあろうことかイヤフォンをしてスマホゲームをしている始末。


「アリス、どう思う?」


神目はそう問いかけたが、アリスは神目の方をちらりと見て首を横に振り、チュッパチャプスを食べ始めてしまった。何も話す気がないらしい。

神目は悩んだ後にそうだ!、手を叩いた。

 

「悪いけど僕は猫探しで忙しい身でね、アリスに君に付いていてもらおう」

「え、僕の人生がかかってるんですよ!?」

「だからさ、アリスはうちの助手でありエースなんだ、なんだって彼女は『人の嘘がわかる能力』をもっているからね」


僕はギョッとしてアリスを見た。

彼女は相変わらず退屈そうにスマホゲームをぽちぽちしていた。今までの話を聞いていたかも怪しい。

神目がアリスに近ずいて、イヤホンをとり「そういうことだから、よろしくね」と、丸投げ宣言をすると、アリスはようやく嫌そうにサングラスの下から神目を睨みつけた。


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神目なんでも相談所 白時兎 @hakutousagi

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