第20話「奇跡の砂嵐」
追い詰められたサルディス軍。しかし、彼らはまだ奥の手を隠し持っていた。
敗色濃厚となったサルディス軍の将軍は、忌々しげに空を覆う影を睨みつけ、部下に命じた。
「あれを使え!古代の遺物、『砂塵の呼び笛』だ!」
部下は恐れおののいた。
「し、しかし将軍!あれは、敵味方の区別なく、すべてを飲み込む禁断の兵器……!」
「ええい、黙れ!このままでは我らは全滅だ!やるしかない!」
命令を受け、サルディスの陣地の奥から、不気味な文様が刻まれた巨大な角笛が運び出された。兵士がそれに息を吹き込むと、空気を震わすような、低く、おぞましい音が戦場に響き渡った。
その瞬間、地平線の彼方から、天を突くほどの巨大な砂の壁が、轟音と共にバシラ軍に向かって迫ってきた。
人工的に発生させられた、大規模な砂嵐。
自然のそれとは比較にならない、すべてを飲み込み、破壊し尽くす、絶望的な砂の壁。
「うわああああ!」
「砂嵐だ!逃げろ!」
優勢だったはずのバシラ軍に、動揺が走る。あれに飲み込まれれば、影の天蓋があろうと、ひとたまりもない。
ジャファルも、迫り来る砂の壁を前に、唇を噛んだ。
(ここまでか……!)
その絶望的な光景は、遠く王宮の塔にいるノアの目にも、はっきりと見えていた。
(あれは……!)
体は既に限界を超えている。だが、あの砂嵐がジャファルたちを飲み込んでしまうのを、黙って見ているわけにはいかない。
その時、ノアの脳裏に、ジャファルから聞いていた古文書の言葉が蘇った。
『影の力は、荒れ狂う砂嵐さえも、その前には頭を垂れ、静寂を取り戻す』
(これだ……!)
ノアは、残された最後の力を振り絞った。天蓋を維持していた影の一部を、その意思の力で、巨大な手のように変形させる。
そして、その影の手を、迫り来る砂嵐へと向かって伸ばした。
「鎮まれ……ッ!!」
渾身の叫び。
ノアの体から、眩いほどの蒼い光が放たれた。それは民の祈りと、ノアの愛が一つになって生まれた、奇跡の光。
影の巨腕は、荒れ狂う砂の壁に、そっと触れた。
すると、信じられないことが起こった。
あれほど猛威を振るっていた砂の奔流が、まるで母親に撫でられた子供のように、その勢いを急速に弱めていく。轟音は消え、風は凪ぎ、天を覆っていた砂の壁は、さらさらと、ただの砂となって大地に落ちていった。
ほんの数分前まで世界を終焉させようとしていた砂嵐が、完全に、消滅したのだ。
人知を超えた奇跡。
その光景を目の当たりにしたサルディスの兵士たちは、完全に戦意を喪失した。神の御業を見せつけられた彼らに、もはや戦う意思は残っていなかった。
彼らは、次々と武器を捨て、その場に膝をついた。
戦いは、終わった。
そして、役目を終えたノアは、糸が切れた人形のように、その場に静かに倒れ込んだ。彼の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
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