第17話「民と共に」

 サルディスとの開戦が決定的となり、バシラの王都は緊張感に包まれた。男たちは武器を手に取り、女や子供たちは、不安な面持ちで兵士として出ていく家族を見送っている。


 ノアは、王宮のバルコニーからその光景を見て、再び胸を痛めていた。ジャファルに励まされ、一度は持ち直した心も、民の不安な顔を見るたびに、罪悪感で押しつぶされそうになる。


(僕さえいなければ……)


 その考えが、頭から離れない。


 自分一人がサルディスに行けば、この戦は終わるのではないか。そんな考えすら、ノアの頭をよぎった。


 そんな思い詰めた様子のノアに、侍女の一人が心配そうに声をかけた。


「ノア様、お顔の色が優れませんわ」


「……僕のせいで、皆を危険な目に合わせてしまって……申し訳なくて……」


 俯くノアに、その侍女は驚いたように目を丸くし、そして、ふわりと優しく微笑んだ。


「まあ、何を仰いますか。私たちが今、こうして日中に家の外で準備ができるのも、ノア様が『聖なる天蓋』で暑さを和らげてくださっているからですわ」


「え……?」


「みんな、知っております。ノア様が、この国と私たちのために、毎日お力を使い続けてくださっていることを。感謝こそすれ、ノア様を責める者など、この国には一人もおりません」


 侍女だけではなかった。


 市場へ行けば、商人たちが威勢のいい声をかけてくる。


「ノア様!あんたのことは俺たちが守ってやるから、心配すんな!」


「そうだそうだ!我らが至宝を、好きにはさせん!」


 子供たちまでもが、小さな木切れを剣に見立てて、ノアの周りを囲んだ。


「ノア様は、ぼくたちがおまもりするんだ!」


 民衆は、ノアを責めるどころか、自分たちの宝である彼を守るために、武器を手に立ち上がっていたのだ。彼らにとって、ノアはもはや戦争の原因などではなく、共に国を守るべき、大切な存在だった。


 民の温かい想いが、冷え切っていたノアの心をじんわりと溶かしていく。


 ああ、僕は、なんて愚かなことを考えていたんだろう。


 この人たちを、見捨てることなんてできない。この人たちが愛するこの国を、僕も愛している。


 そして何より、僕を信じ、命をかけて守ると言ってくれた、ジャファルがいる。


 逃げるんじゃない。


 自分を犠牲にするのでもない。


 僕も、この国の一員として、愛する人々と、愛する王様のために、戦うんだ。


 決意を固めたノアの目に、再び強い光が戻った。


 彼は王宮に戻ると、出陣の準備を進めるジャファルの元へ向かった。


「ジャファル様」


 声をかけると、見事な甲冑を身につけたジャファルが振り返った。その姿は、神々しいほどに勇ましかった。


「ノアか。どうした?」


「俺も、戦います」


「なに?」


「俺のこの力で、あなたと、バシラの民を守ります。だから、どうか俺を王宮に残し、ここからあなたを援護させてください」


 その言葉を聞いたジャファルは、一瞬驚いたが、すぐに誇らしげな笑みを浮かべた。


「……ああ、わかった。信じているぞ、ノア」


 ジャファルはノアの額に、そっと口づけを落とした。


「必ず、生きてお前の元へ帰る」


「はい……!お待ちしています」


 ノアは、民の温かい想いと、自分を信じてくれるジャファルの存在に支えられ、ついに迷いを振り払った。愛する国と人々のために、自分の持つ力のすべてを懸けて戦うことを、固く心に誓ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る