第14話「蠢く陰謀」

 ノアとジャファルの絆が、誰にも壊せないほど強く結ばれた一方で、バシラ王国のすぐ隣で、新たな脅威が静かに牙を研いでいた。


 ***


 軍事国家「サルディス」。


 代々、好戦的な王が国を治め、領土拡大の野心を隠そうともしない、砂漠の狼のような国。彼らは常に、豊かなオアシスと交易路を持つバシラを虎視眈々と狙っていた。


 これまで両国は、ジャファルの巧みな外交手腕と、バシラが誇る少数精鋭の騎士団のおかげで、かろうじて均衡を保ってきた。


 しかし、その均衡を崩す可能性のある情報が、サルディスの王、ゴルザールの耳に入った。


「バシラに、影を操り、広大な日陰を作る少年が現れた、と?」


 玉座にふんぞり返ったゴルザールは、密偵からの報告に、にやりと口の端を吊り上げた。筋骨隆々の体に、顔にはいくつもの古傷が刻まれた、見るからに獰猛な男だ。


「はい。その影の下では、灼熱の日中でも兵士が問題なく活動できるほどの涼しさだとか。バシラの民は、彼を『聖人』と崇めているとのことです」


「聖人、か。くだらん」


 ゴルザールは嘲るように鼻を鳴らした。


「だが、その力は使える。我がサルディス軍が砂漠で戦う上で、最大の敵はバシラの兵士ではない。この忌々しい太陽だ。もし、その小僧の力で、日中の進軍が可能になれば……」


 ゴルザールの目に、ギラリと醜い欲望の光が宿る。


「バシラを攻め落とすなど、赤子の手をひねるようなものだ」


 それは、サルディスにとってまさに戦略兵器となりうる力だった。ノアの「聖なる天蓋」を、彼らは自国の兵士を灼熱から守るための「軍事兵器」として利用しようと考えたのだ。


「ただちにバシラへ使者を送れ。『影の聖人』を、我が国へ貸し出すよう、丁重に、だが有無を言わせぬよう要求しろ」


「はっ!」


 部下の返事を聞きながら、ゴルザールは既にバシラを手に入れたかのような、下卑た笑みを浮かべた。


「断れば、それを口実に攻め込めばいい。どちらに転んでも、我が国の利益にしかならん」


 ***


 サルディスからの使者がもたらした高圧的な要求は、すぐにジャファルの元へ届けられた。


 書状を読み終えたジャファルの顔からは、一切の表情が消えていた。だが、その静けさこそが、彼の嵐のような怒りを示していた。


「……奴ら、私の至宝を、兵器として使おうというか」


 ギリ、と拳を握りしめる音が、静かな執務室に響く。


 ノアと結ばれ、幸せの絶頂にあったジャファルにとって、その要求は絶対に許すことのできない冒涜だった。


 ノアの力は、人々を笑顔にするためにある。民の暮らしを豊かにするためにある。決して、血生臭い戦争の道具にしていいものではない。


 ジャファルは、迷うことなく使者を呼びつけた。


「サルディス王ゴルザールに伝えよ。我が国の至宝を、貴様らのような野蛮人共に貸し出すつもりは毛頭ないと。これ以上、戯言を抜かすなら、我らバシラは貴国を敵と見なす」


 事実上の、宣戦布告にも等しい返答だった。


 バシラとサルディスの間に漂っていた不穏な空気は、もはや誰の目にも明らかな、一触即発の緊張感へと変わっていった。ノアの存在が、図らずも砂漠の二大国の運命を、大きく動かそうとしていた。

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