水族館

御狩 怜

第1話

 目覚ましが鳴るといつも、朝が来たという感覚の前に、あぁ、夜が終わったんだなという気持になる。夜は怖くて、暗くて、わからなくて、好きになれなかった。子供はわからないものをわかりたいと、しらないものをしりたいと、そういうふうな衝動に駆られるというが、ビルの放つ冷たい光を、電車に揺られている時に漂うアルコール飲料の匂いを、知ってしまっている私にはどうにも、直視し難いリアルを多分に含んでいるように感じられた。


 そんな夜も、近頃は人間のめざましい創造 ─しかしある意味では破壊と表現することもできようが─ によって駆逐されようとしている。神が、絶対普遍の秩序としてこの世界に与えたものでさえも、人間は恣にしようとする。私はそれをどこか納得できないでいる。いや、もしかしたら、今だけはどうか子供のままでいたいと我儘を言っているだけなのかもしれない。


 今、人間はきっと、人間より高位の存在になろうとしている。自分たちを収容するための鳥籠を、せっせと作っている。人間の手によって捻じ曲がったそんな世界の中で、私は夜の暗さを忘れまいと必死にもがくのである。それを見て、水族館の魚たちは静かに笑っている。

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水族館 御狩 怜 @fei_hosiyomi

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