俺のユニークスキルは〈両替〉だった
蚤寝晏起
1
「ありがとうございましたー」
店を去っていくくたびれたサラリーマンの背中に、軽くではあるが敬意をこめて腰を折る。折る、折りたい。あれ? うっ、悪化してきたビールっ腹のせいで背中が丸まらないっ! ふん! ふ~んぬ! ふ~~~~ん!!
ダメだ、何度やっても15度くらいで限界が来る。
「おい、何ヘドバンしてんだ」
カウンターを挟んだ目の前には、俺よりも頭一つは背が高い髪を綺麗に刈り上げた大男が。普通なら委縮するところだが、安心してほしい。
「いや、ちょっとお辞儀の練習をね?」
「はぁ? バカだろお前」
「お~い、父親に向かってバカはないだろ~。
我が子愛しさに少しプリプリしながら口調を咎めてみる。返ってきたのは盛大な舌打ちと丸まったエプロンだけだった。
辰徳はドスドスと音を立てながら、生活スペースである二階へと消えていく。
さもバックれたみたいな態度だったけど、現在時刻は19時。ちゃんと約束した退勤時間までは働いてくれている。なんやかんや、うちの辰徳は優しい子なのだ。
「ご飯、冷蔵庫に入ってるぞ~。甲子園近いんだから、あんまり夜更かしするなよ~!」
店内に誰もいないのをいいことに、大声で息子に呼びかける。
「分かってるよ! いちいちでけえ声だすんじゃねえクソメタボ!」
と、同じくらいデカい声で返してくれる息子。ほらね、いい子でしょ? そう、いい子なのよ~うちの子。今の俺ならトラ柄シャツのおばさま方とだって息子自慢でいい勝負ができると思う。え? 他の話題で勝負? ハハハ、完敗ですお姉さま。
上機嫌な思考の赴くままに、閑古鳥の鳴く店内でぼんやりと過ごす。
うちは今日も暇だなあ。まあ立地が立地だしなあ。ようし、こういう時はっと。
フランチャイズの利点を存分に活かして設置した小型テレビの電源を入れる。いくつかチャンネルを回せば、いよいよ一週間後に迫った高校野球の特番をやっていた。これはラッキーだ。やもすると息子のチームも紹介されるかもしれない。
浮ついた気持ちのまま液晶にかじりついていた、まさにその時。
尻ポケットに入れていた携帯がけたたましい音を出して震え出す。
『地震です。地震です』
俺は肥えた体に見合わない素早さで、反射的に二階へと駆ける。
だが――。
階段の一段目へと足をかけたところで、叩きつけるような重力のうねりに全身を支配される。咄嗟に手すりを掴むが、頭は無防備だった。
パリーンッ!
古くなっていた階段の電球が、運悪く俺のバーコード頭とかち合う。
ぴっ、350円です。なん、ちゃっ……てぇ……。
「たつ、の、り……」
倒れ込んだ階段の角であちこちを打つ痛みとともに、俺の意識は遠のいていった。
* * *
んぅぅん。350えぇ〜ん……あれ? バーコード頭なのは俺の方だから、350円なのは電球じゃなくて俺の方なのか……? そんな! 嘘だ! だって、だってアイツの方が、電球の方が……!
「ハゲてるだろぉぉぉ~!!」
ガタンッ! 俺の特大の寝言とともに、隣で船を漕いでいたらしい辰徳も飛び起きる。
「っ!? ……ビビったぁ。……ったく、お前がハゲてるのは知ってるよ!」
よかった。元気そうに叫んでいる。いつも通りの辰徳だ。
「ああ、大声でどうしたかと思えば、起きられましたか」
シャッとカーテンをめくってやってきたのは医者風の男。
よくよく見渡してみれば、ここは病院か。俺はいつの間にか入院着になってるし。ということは俺はあの電球のせいで入院したのか……? あまりにも老いじゃないか……?
「軽い脳震盪と階段に打ち付けたことによる打撲がいくつかありますね」
「幸い、その素敵なお腹がクッションになってくれたようで。いずれも軽症です」
それから病室で先生と少しばかり話をして、まあ元気そうだし退院してもいいとのお達しを受けた。サンキュー中性脂肪。この時ばかりは感謝をしてやろう。
「ああ、それと」
去り際に先生がくるりと振り返る。
「昨日の地震で、世界中だいぶ大騒ぎになっていますから、お気を付けて」
え、そんなに大きい揺れでしたっけ? なーんて聞き返す間もなく先生は病室から姿を消していた。
助け舟を求めて息子を見つめれば、またもや盛大に舌を鳴らしつつ、ネット記事を開いたスマホを手渡してくれた。
『全国で〈ユニークスキル〉観測中、地震の影響か 政府が冷静な対処呼びかけ』
ゆにーくすきる。なんだそのカッコいい響きは。後半の文章との温度差よ。
「なんか、この『スキルオープン』ってのを強く念じれば、自分のユニークスキルが分かるらしいぞ」
俺も朝この記事見たばっかだから、まだやってねえんだよな、と辰徳。
なるほど。ありがとう息子よ。なんか一緒に遊んでるみたいで父さん楽しくなってきたぞ。まあ折角だからと同時に『スキルオープン』をやってみることになった。
ようしやるぞ! うおおお! スキル、オープーーーン!
フォン、とスタイリッシュな音と同時に、俺と辰徳の目の前にガラス板みたいなのが出てくる。おお、なんだこれ。カッコ良すぎるぞ。
『田中 勝路(たなか かつみち)』
『ユニークスキル〈両替〉』
……書いていること以外は、だが。
なんかこう、勇者の剣〜とか、火魔法使い〜とか。そういうカッコいいものであるべきじゃないのか。なんだ〈両替〉って。銀行かゲーセンに行けば誰でも出来るぞ。
ま、俺ももう歳だし、変に勇者とかいかにも大役です! みたいなのじゃなくてよかったと思う事にしよう。
さあて辰徳は……え?
俺と全く似たようなガラス板。
『田中 辰徳(たなか たつのり)』
『ユニークスキル〈サッカー〉』
その上ででかでかと踊る文字は、誰がどう読んでもサッカーとしか読みようがなかった。
バリバリ現役の高校球児に、サッカーぁ……?
俺と辰徳はしばらくフリーズした後、お互いを見やる。不思議なことに困惑した時の顔は俺そっくりで、何とも分かりやすかった。
俺のユニークスキルは〈両替〉だった 蚤寝晏起 @sousin_anki
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