オタ友先生~オタ友が欲しい二人は友達になります~

中田旬太

生徒「お願いします先生! やらせてください!」先生「ダメです!」


「お願いします先生! やらせてください!」


「ダメです!」


 とあるマンションの一室にて、それは起こっていた。

 土下座で必死に何かを懇願する黒髪の男子高校生。その前には綺麗な銀色の髪を腰まで伸ばした可愛らしい女性が立っている。身に纏う衣服は萌えにステータスを振り切っているようなピンクのモコモコとしたパジャマであり、幼い容姿とも相まってか、とても二十四歳の女性には見えなかった。

 そんな女性が鋭い目で土下座をする男子高校生の頭部を見下ろす。その目には怒りではなく、困惑や羞恥が感じ取れた。


「どうして駄目なんですか!?」


「あなたがまだ高校生だからです!」


「そ、そんな………!」


 強い拒絶に面を上げ、女性を見上げる高校生。その必死の形相と目には凄まじい気合と覚悟を感じさせる。しかし、それを見ても女性は一歩も引くことは無かった。

 再度拒絶されると、高校生の表情には絶望の色が浮かぶ。そして、今にも泣きそうなほどに顔を顰めて床に向かって俯くと、両手に力強く握り拳を作った。


「俺はただ………! ただ―――」
















「先生の持ってる18禁ゲームがやりたいだけなのにっ!!!」


「それが駄目だって言ってるんでしょ!!!」







 オタクな先生と生徒。この二人がどうやって18禁ゲームで争うような関係になったのか。それは二か月前にまで遡る。


「いやー楽しみだなぁ最終章………!」


 映画館をルンルンで歩く男子高校生、かわあき。制服姿のまま来たところを見ると、学校帰りから直接来たことが伺えた。


「俺が見始めたのは五年前の三期からだけど、シリーズとしては約十年の集大成。見届けさせてもらいますとも………!」


 期待に胸を膨らませ、思わず足早で発券機へと向かう。そして、座席を選ぼうと画面を指さしていた。


「お! まだ後ろのほう空いてる! 急いで一時間前に来て正解だったな」


 座席の空欄はまだあり、お目当ての後方座席がいくつか空いていることに歓喜する。しかし、すぐに頭を抱え始めてしまう。


「うーん、ここ良い位置だけど両隣が埋まってるなー。どうしよう」


 良い座席を見つけるもその両隣が既に予約済みになっており、購入を躊躇してしまう。


(隣に人が居るのは少し気になるが、かといって前の方は嫌だ。それにどちらかと言えばマイナーな方の映画とはいえ、今日は公開初日。入場特典の小説のことも考えると、俺みたいに学校や仕事の帰りに見に来る人も多いはず。更に上映する映画館も少ないから人が集中しやすい。そうなると前を選んだからといって両隣が空席になるとは限らない)


 黙々と発券機を前に考え込む秋人。まだ後ろに人は居ないが、それに甘えて占領するのも気が引けてしまう。「うーん」と唸り声を上げると、覚悟を決めたように指を伸ばした。


「よし! 後ろの席に決めた!」


 ピッ、と電子音が鳴り次の画面へと進んでいく。そこからは手早く支払いを済ませ、発券機から退くのだった。


「さて、残り一時間。ア〇メイトかゲーセンで時間潰すか」



 ―――そんなこんなで一時間後



「いやー、小説貰えた! 映画観終わったら読もう」


 入場し、シアターまでの通路を歩いて行く。その手には特典の小説が握られており、それだけで気分は爆上がりであった。

 自身が見る映画のシアターに入り、階段を昇って自身の座席へと座る。そこから少しして場内が僅かに暗くなると、他の映画の予告が始まった。


(お、予告だ。映画館で見る予告ってなんか良いんだよなー)


 映画館で見る映画の予告の良さを堪能する。しかし、気になることが一つ。


(………左、来ないな)


 座席予約の時点で埋まっていた両隣。右は既に人が座っているが、左は空席のまま。なんとなく、そのことが気になってしまっていた。


(あ、上映マナー始まった)


 上映マナーが始まったということは、もうすぐ映画が始まるということである。間に合わなかったのかなーなどと考えていたとき、自身が座る座席の左が僅かに騒がしくなった。


「すみませーん。失礼しますー」


(おっ! 来たか!)


 誰かが小さな声で謝りながら近づいてきている。そして、その声の主は空席だった左の座席に座った。


「良かった………! 間に合った………!」


(良かったですね! 俺も心置きなく映画を見れる!)


 隣に座った女性の安堵の声に、秋人も心の中で祝福の言葉を送る。そして、始まる映画を堪能することに全神経を集中するのだった。



 ―――上映終了



(はー、主人公が未来から来た相棒の息子だったとは。全然予想してなかった)


「まさか主人公が相棒の子供だったなんて………!」


「予想外だったわ!」


 座席に座ったまま映画の余韻に浸っていると、右隣の女性達の会話が聞こえてくる。楽しそうに映画の感想を言い合いながら座席から立ち上がり、離れて行く姿をつい見つめてしまった。

 そして、その楽しそうな後ろ姿に心の中でため息を吐いてしまう。


(オタ友かー。いいなぁ………)


 友達とアニメや漫画について話すことはある。しかし、自分のようにどっぷりと沼に浸かってはいない。

 今回見に来たこの映画も、元は深夜に放送されていた番組。一部のオタク達の間で熱狂的な人気を誇るが、間違いなく知らない人の方が多い作品である。一緒に誘えるような友達はおろか、感想を言い合える相手すら居なかった。


(いいなぁ。羨ましいなぁ………)


「「オタ友欲しいーなぁ………ぅん?」」


 己の呟きが、一言一句違わずに左隣の人と重なった。あまりのハモリ具合に秋人は思わず顔を左へと向けてしまう。

 そして、そこに居る人物に大きく目を開いて驚愕した。


「に、西宮先生!?」


「か、川田君!?」


 上映前にギリギリで隣に座り、オタ友が欲しいという呟きが被った相手。それはなんと、自身が通う高校の数学教師“西宮にしみやあい”だった。


「「………………」」


 互いに相手の顔を見たまま微動だにしなくなる。しかし、沈黙に耐えられなくなった秋人が恐る恐る口を開いた。


「えっと………とりあえず外に出ませんか?」


「あ、うん。………そうだね」


 秋人の提案に乗り、二人はそそくさとシアターを出る。そして、映画館のエントランスの隅の方で邪魔にならないように会話を始めた。


「いやー、まさか先生が俺と同じオタクだったとは。知りませんでした」


「別に隠していたつもりはないよ。言う機会が無かっただけで」


「あーなるほど」


「川田君のほうこそ。オタクって風の噂には聞いてたけれど、まさかこの映画を見に来るほどとは思わなかったよ」


「まあ、海外の人形劇を主軸とした作品ですからね。ストーリー、映像、声優。どれをとっても素晴らしい作品なのに、オタクでも見てる人が限られてるんですよねー」


「そうなんだよー。もっと知れ渡ってもいいはずなのに………」


「ですよね!」


「分かってくれる川田君!」


「ええ! もちろん!」


 目を輝かせ、見つめ合う二人。そのとき、秋人は先程のシアター内での出来事を思い出した。


「そういえば先生。さっきオタ友が欲しいって言ってませんでしたか?」


「………うん。言った」


 秋人の問いに西宮は肩を落として落ち込む。漂う雰囲気も一気に暗くなり、淀んだ空気を秋人は肌で感じ取った。


「友達は居るんだよ。でも、私みたい季節ごとにやってる深夜アニメをほぼ全て見てるようなオタ友は居なくてさー。さっきの映画で語り合ってる人たちが羨ましくてさー。………そういう川田君は?」


「似たようなもんです………はい」


「そっか………」


「そこで先生! 提案があります!」


「うん? 何かな川田君」


「俺達はお互いにオタク。しかし、語り合える友達はおらず、強くそれを欲しています! ならば答えは一つ! 俺達がオタ友になればいいんです!」


「はっ………!」


 雷に撃たれたかのような衝撃が西宮に走る。今の今までそんなことは思いつきすらしなかった。オタクとしての西宮の本能は今すぐにでもその提案に乗ろうとしたが、教師としての理性がそれを引き留めた。


「んん゛ー………。魅力的な提案だけど、いいのかな? 教師と生徒が友達なんて………」


「教師と生徒の交友関係を禁止する法律はありません! 問題ないはずです!」


「………そうだね! なろうオタ友!」


 理性が崩れ去るのは早かった。

 こうして、オタ友に飢えていた男子高校生と女教師は友達になるのだった。


「そういえば川田君」


「はい。なんでしょう先生」


「制服で映画館に居るってことは学校から直接来たってことだよね」


「はい」


「寄り道は先生感心しないなー」


「ええっ!!? 先生だって学校と服変わってないし、仕事終わりに来たんでしょう!? 俺と変わらないじゃないですか!」


「先生は社会人だからいいんです!」


「ズルい!!!」







 以上、冒頭へと戻る。


「お願いします先生!」


「ダメなものはダメです!」


「そこをなんとか!」


「ダメッ!」


 オタ友である女教師の自宅にて、18禁ゲームを土下座でねだる男子高校生。なんとも酷い光景であり、同時に酷いセクハラを行っているようにも見える。見る人によっては即通報案件な絵面である。

 そんな人としての尊厳が危ぶまれる状況下でも秋人の心は折れない。何度拒絶されようとも必死に食らいついていた。


「というか! 何で私が18禁ゲーム持ってるのを知ってるの!?」


「以前にここへお邪魔した際、開いていた先生の部屋の扉の隙間からパッケージがあるのを見ました!」


「くっ! 油断した………!」


 秋人が自宅に来ることはもう何回かあり、それ自体が自然なことになりつつある。それが今回のような事態を招いてしまった。西宮は深く己のうかつさを恥じた。

 しかし、同時に気になることはある。それは、秋人が見たゲームのパッケージが何なのかである。


「………ちなみに見たっていうゲームは?」


「〇ineイン!」


「あー、あれかぁ~………」


 即座にゲームとその内容を思い出す西宮。確かにそのゲームを持っているし、直近でプレイしたことを思い出していた。


「あれなら全年齢版があるから、そっちをやれば………」


「もうプレイしました!」


「したんだ!? じゃあなんで!?」


「全年齢版はイラストの修正や規制、シナリオだってカットされてるところがあるじゃないですか! だからオリジナルをやりたいんです!」


「そんなにエッチなシーンが見たいの!?」


「それもですがそれ以上にヒロインの可愛い姿と主人公とのイチャイチャを見たいです! 特に妹とのやつ!」


「わー素直だなー。あと妹は可愛いよね、分かる」


「なら………!」


「でもそれとこれとは話が別」


「ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」


 僅かに見えた希望を摘み取られた際の絶望は凄まじく、秋人は大粒の涙を流して蹲る。そんな秋人を見かねた西宮は、そっとその背に手を置いた。


「まあまあ、卒業したらやらせてあげるから」


「うう゛ぅ! 約束ですよぉ~!」


「うんうん。約束」


 こうして、秋人の『やらせてください(18禁ゲームを)騒動』は幕を閉じた。







 ―――その後


「お邪魔しました」


「またね」


「はい。また」


 別れの挨拶をし、玄関から出ていった秋人を見送った西宮。パタンッ、と玄関が閉じると少しして鍵を掛ける。そして、上機嫌そうに軽やかな足取りでリビングへと戻っていく。


「えへへー、卒業後も会う約束しちゃったー!」


 秋人とも卒業後に会う口実を作れたことに喜ぶ。それはオタ友としての付き合いの継続が決まったことによるものなのか、それともあるいは―――。


 そして、この男も―――


「卒業後かぁ。楽しみだなぁー!」


 ご機嫌な様子で帰路につく秋人。その歓喜は卒業後にゲームがプレイできるからなのか、それとも卒業後もオタ友として西宮に会えるからなのか。

 それともあるいは―――。



 これはオタクな二人が織り成す、笑顔溢れるオタクな日常である!

 そして! オタクな二人によるラブコメでもある!



『オタ友先生徒~オタ友が欲しい二人は友達になります~』

       続く?

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