第4話:記憶と記録

 翌朝から、わたしの早朝練習は様変わりした。

 軍手をつけて、ゴミ袋を持って。わたしの足はタイムではなく森の囁きを追いかけるようになった。用務員の佐々木さんと一緒に、森のゴミを拾い、落ちた枝を片付け、踏み荒らされた道をならしていく。


「この桜の木はね、昔の卒業生たちが植えたものなんだ。春になると卒業生たちがこの木を見に来て、思い出話に花を咲かせるんだよ」


 佐々木さんの言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 この森は、ただのクロスカントリーコースじゃない。たくさんの人の記憶と想いが、何十年も前から積み重ねられてきた場所だった。


 そうして数日が経ち、森は少しずつきれいになっていった。腐葉土の上に捨てられていたゴミはなくなり、わたしの足元には、土と落ち葉の感触がよりはっきりと伝わってくる。


「……あなた、練習しないの?」


 ある日の夕方、清沢凛先輩が練習を終えて校舎へ戻ろうとしているときに、わたしの姿が目に入ったようだ。わたしが手に持ったゴミ袋を見て、彼女は眉をひそめた。その声には、苛立ちと同時に、どこか戸惑いが混じっていた。


「これが、わたしの今の練習です。ゴミの無い方が、気持ちよく走れますから」

「そう……」


 凛先輩の瞳には、わたしの行動が理解できないという戸惑いと、わずかな好奇心が浮かんでいるようだった。


「佐々木さんが、この森はたくさんの人の記憶でできているって教えてくれたんです。だから、走るだけじゃなくて、その記憶もちゃんと感じたいんです」


 わたしの言葉に、凛先輩は少しだけ顔を歪ませた。彼女の心にもきっと『見えない何か』が触れたのだろう。


 佐々木さんは、わたしたちを温かい眼差しで見守っていた。そして、わたしに優しく語りかける。


「そうだよ。この森の歴史は、クロスカントリー部の足跡そのものなんだ。ただ速く走るだけじゃなくて、一歩一歩の足音に、この森の記憶を刻んでいく。それが、君の走りの意味になるかもしれないね」


 わたしは佐々木さんの言葉を胸に刻み、改めてこの道を走り出した。

 この森の記憶と、未来へ続く想いを乗せて。

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