第17話:迫りくる脅威と防衛戦の幕開け

 極上のツノウサギ・ステーキを平らげた後。私とモコは、膨れたお腹をさすりながら、暖炉の前で幸せな牛……じゃなくて、ダメ人間になっていた。


「ふぁぁ……幸せ……」


「んぅ……お肉、おいしかったぁ……」


 モコが私の膝に頭を乗せて、うとうとしている。窓の外はすっかり日が暮れて、虫の声だけが聞こえる静かな夜。ピコは「ちょっと夜風に当たってくるわ」と言って出ていったきりだけど、きっとお腹いっぱいで散歩でもしているんだろう。


(平和だなぁ……)


 このまま、明日の朝までぐっすり眠れたら最高なのに。そんなことを考えていた、その時だった。


 バンッ!


 突然、扉が勢いよく開いた。


「二人とも、起きなさい! のんびりしてる場合じゃないわよ!」


 冷たい夜風と共に飛び込んできたのは、ピコだった。でも、いつもの気だるげな様子じゃない。マントを翻し、金色の瞳を鋭く光らせている。その表情は、生意気な猫娘ではなく、プロの斥候(スカウト)の顔だった。


「……んあ? ピコ、おかわり?」


 モコが寝ぼけ眼で起き上がる。


「違うわよ、駄犬! ……エリス、真面目な話よ」


 ピコが私の前に立ち、低い声で告げた。


「森の奥で確認したわ。……ゴブリン・リーダーが率いる群れが、こっちに向かってる」


「えっ?」


 私は目をぱちくりさせた。ゴブリン? 群れ?


「ちょ、ちょっと待って。ピコちゃん、それって……」


 私は思わず苦笑した。だって、ピコはこの家に居座るために、「森の監視役が必要でしょ?」なんて言っていたのだ。てっきり、美味しいご飯と温かい寝床を確保するための、可愛い言い訳だと思っていたのに。


「ふふ、そんなに必死にならなくても、ご飯くらいまた作ってあげるよ…? 」


「はぁぁ!? 何言ってんのよ!」


 ピコが尻尾を逆立てて怒鳴った。


「誰がご飯のために嘘つくもんですか! 本当にいたのよ! 鉄の鎧を着たデカい個体が、二十匹近い手下を連れて移動してるの!」


「……えっ」


 ピコの剣幕に、私の笑顔が固まる。嘘じゃない。彼女の目は真剣そのものだ。それに、かすかに彼女のマントから、森の奥特有の湿った土と、鉄錆のような嫌な臭いが漂ってくる。


「……本当なの?」


「当たり前でしょ! アタシの索敵を舐めないでよね」


 ピコはテーブルに地図を広げた。


「奴らは今、古井戸のあたりに巣食ってる。数日……早ければ明後日の夜には、この村に到達するわ」


 私は青ざめた。言い訳だと思っていた脅威が、まさか現実だったなんて。ゴブリン・リーダー。通常のゴブリンよりも知能が高く、群れを統率する厄介な魔物だ。それが群れで村を襲えば、自警団の装備じゃ太刀打ちできないかもしれない。


「……ガルルッ」


 モコの喉が低く鳴った。彼女も野生の勘で、ピコの言葉が真実だと悟ったようだ。


「エリス姉。……そいつら、来るの?」


「うん。……来るみたい」


 平和な食後の空気が、一気に張り詰めたものに変わる。逃げる? 荷物をまとめて、王都方面へ?……ううん、違う。


 私は、私たちが直した壁を、窓を、そして二人を見た。ここは、私たちが自分で作った「家」だ。美味しいご飯を食べて、笑い合った大切な場所だ。それを、薄汚い魔物なんかに渡したくない。


「……守ろう」


 私は顔を上げ、二人を見た。


「この家も、村も。私たちが守るの」


「へぇ……。相手はリーダー付きの群れよ? ビビって逃げ出すかと思ったけど」


 ピコがニヤリと笑った。その顔には、少しだけ安堵の色が見える。


「逃げないよ。……だって私には、最強の相棒たちがいるもん」


「当たり前! モコが全部ぶっ飛ばす!」


 モコが拳を突き上げる。


「……ま、アタシも宿無しになるのは困るしね。手を貸してあげるわよ」


 ピコも肩をすくめつつ、短剣の柄に手をかけた。


「よし。じゃあ作戦会議だ!」


 私は地図を指差した。


「正面からぶつかったら数で負ける。だから……この家と地形を活かして、奴らを迎え撃つ『要塞化(ようさいか)』プランで行くよ」


「ヨウサイ?」


「そう。私のDIY知識と、モコの力、ピコの情報があれば、ここを難攻不落の城にできるはず」


 私はペンを取り出し、家の周りに線を引いた。


「ここに落とし穴。柵は強化して返しをつける。それから、侵入ルートを限定して……」


 私の頭の中で、次々と設計図が組み上がっていく。建築知識は、家を建てるためだけじゃない。時には、大切な場所を守るための「剣」にも「盾」にもなるのだ。


「ふふ、エリス姉、なんか楽しそう」


「悪巧みしてる時の顔ね」


「失礼な。……正当防衛の準備だよ」


 ステーキの余韻はどこへやら。数日後に迫る決戦に向けて、ココン村の夜は慌ただしく更けていくのだった……。

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