年末街道

深山葉山

秋の死は

つい先日までアキアカネが飛んでおり、山や空も晩秋の切ない面持ちをしていたはずだったのだが、今日は一体どうしたというのだろう。ろくに天気予報も見ずに、跳ねた横髪をびよびよさせながら薄着で家を出た私にも否があることは認めるが、なんだってこんな悪戯に寒いことがある。休日に早起きしたため気分を良くして、自転車を使わずに徒歩20分の道のりを歩くことにした私が馬鹿みたいではないか。


手袋は家の玄関でお留守番に耽っている。私の手は寒さにさらされると機嫌を損ね、言うことを聞かなくなるので、ズボンのポケットに突っ込んで保温を試みる。冬将軍の前には日照など無力であり、自分の身は自分で温めるしかない。

夜のうちに雨が降っていたようで、濡れた道路は酷く眩しかった。どうせ暖かくないのなら、太陽などせいぜい光合成を活性化する程度にしかならないのだから、雲の奥にでも引っ込んでほしい。小学生の頃、悴む手で食べた出所不明のチョコケーキが非常に美味しかったのだが、その日の空が曇っていたので、私の中では曇りこそが12月に似合う空である。曇ってもらって何ら困ることはない。


図書館に着いてしばらくすると、外では雪が降り始めた。初雪である。もう肌寒いでは済まない、冷たい冬の低温が来たのだから、そりゃあ雪だって降るのも納得だ。今日は一日、図書館に籠って本を漁ろうと考えていたが、日のあるうちに帰ってしまうのが賢明であるような気もしてくる。

そうは言っても、この暖かく文化的な思慮に満ちた時間をそう簡単に放棄するわけにはいかないので、当分ここを動くつもりはない。


何冊目かを読み終えたところで、ちょうど別れのワルツが流れ始めた。机に積まれた本の中にはまだ読んでいないものもあるが、借りて帰ったところで結局読まないことは目に見えている。無駄な抵抗はよして、大人しく書架に戻してやった。

朝は気づかなかったが、図書館の入り口にはクリスマスの樹が生えていた。直前に大した行事がないために、世間は12月の大半をクリスマス気分で過ごすことになっている。公共施設などで目にするチープなカレンダーの12月の面には、大抵この木やサンタクロースが描かれており、それらがやってくるのを待つのに24日もの時間が与えられている。対照的に、年の入れ替わりという最も巨大な事件は、キリストが12月下旬に降誕したせいで一週間弱しか準備期間を与えられていない。カレンダーを新しくした頃にはもう正月は終わりかけだ。さらに悪いことに、最初の数日で終わる正月気分の偶像たる鏡餅や門松も、同じくチープなカレンダーに描かれているものだから、1月は予定を確認する度、過ぎ去った年末年始の忙しなく心地よい喧噪を懐古させられる羽目になる。これは日々のやる気を維持する上できわめてよろしくない。


外に出た。空は辛うじてシアンの面影を残しているが、もう明るさは粗方失われている。捨てる雪なんかに白を浪費せず、もっと自身を明るく塗っておけばよかったものを。

遥か舞い落ちてくる雪が街灯に照らされ、夏場の小虫の代役を担う。この地域の雪は、生まれ育った郷里の雪とはずいぶん様子が違うようで、何やら粒状である。どうにも腑に落ちないので、道端で立ち止まって調べたところ、世界はこれを霰と呼ぶことがわかった(ただ、この日の夜のニュースで、私の住む地域で初雪を観測した、と言っていたから、雪が降っていたのも確かである)。そもそも、こっちに越してくる以前は年も明けないうちから雪が降ることなんて無かったもので、どうやら日本海の洗礼を受けたようである。太平洋や瀬戸内の側でぬくぬくとしている連中は、そのぬくぬくの裏で我々が凍えていることを自覚すべきだ。


じっと空を観察していると、降ってくるものの形も硬さも多様なことに気づいた。天気のことは専門外であるから、今降っているのが果たして雪なのか霰なのか、言い切ることはできない。とりあえず、秋が完全に終わったことは確かである。ただ、生まれたての冬にはまだ積もるほどの気勢はないようで、私や街路樹に当たっては融けていく。


目交の 灯の照らす 秋の死は 名も知らぬ樹の 纏いに果てる



帰宅した。壁のカレンダーはまだ11月だと言っているが、嘘である。手を洗いながら鏡を見ると、横髪が跳ねていたので、今日は終日寝癖のまま過ごしていたことが分かった。年越しまでには髪を切らねばならない。

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年末街道 深山葉山 @amishouzI

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