最後の審判、時間刑務所の囚人たちと、終わらない放課後

次元跳躍のめまいが収まると、私たちは巨大な空間に立っていた。

 そこは、天井も床も見えないほど広大な、鉛色のドームだった。

 空気はひどく乾燥しており、古い図書館のような紙の匂いと、サーバー室のような焦げた金属臭が混ざり合っている。

 無数の「透明なカプセル」が蜂の巣のように壁一面に並び、その中では様々な時代の服装をした人間たちが、虚ろな目で何かの作業に従事していた。

 『時間統制局・第108矯正施設(クロノス・プリズン)』。

 歴史改変の罪を犯した転生者たちが、永遠にその罪を償うための場所。

「……おいおい、マジかよ」

 金田が口を開けたまま呟いた。

 彼の手首には、まだ光の手錠が嵌められている。

「ここ、全員囚人か? 何人いるんだ? 一億人くらいいるんじゃないか?」

「歴史上、俺たちみたいなバカはごまんといたってことだろ」

 鬼瓦が鼻を鳴らした。

 私たちの服装は、いつの間にか皇帝の衣装から、灰色の囚人服(ジャンプスーツ)に変わっていた。生地はゴワゴワとして肌触りが悪く、背中にはバーコードが印刷されている。

 カツ、カツ、カツ。

 前方から、先ほどの司令官――いや、この刑務所の所長が歩いてきた。

 彼は冷ややかな目で私たち20人を見下ろした。

「ようこそ、歴史のゴミ捨て場へ」

 所長の声がドーム内に反響する。

「貴様らへの判決を執行する。……刑罰は**『歴史修復作業(デバッグ)』**だ」

「デバッグ?」

 **博士(ハカセ)**が反応した。

「そうだ。貴様らのような輩が散らかした歴史の矛盾、タイムパラドックス、プロットの穴埋め。それらを手作業で修正し続ける、終わりのない事務作業だ」

 所長が指を弾くと、私たちの目の前に、古めかしい事務机とパソコン(CRTモニターの旧式だ)が出現した。

 画面には、無限に続く文字列とエラーコードが表示されている。

「ノルマは一日一万行の修正。休みはない。給料もない。福利厚生もない。……貴様らが前世で嫌っていた『社畜』としての生を、ここで永遠に繰り返すのだ」

 ざわっ……。

 G20のメンバーに動揺が走った。

 死刑よりもキツい。

 安楽な老後を求めて世界征服までしたのに、その結末が「永遠の残業」だなんて。

 皮肉にもほどがある。

「絶望したか?」

 所長がサディスティックに微笑んだ。

「だが、安心しろ。ここには死はない。過労死することもなく、ただ永遠に働き続けることができる。……最高だろう?」

 彼は高らかに笑い、踵を返して去っていこうとした。

 その背中に、クックッ……という忍び笑いが聞こえた。

 所長が立ち止まる。

 笑っていたのは、私――阿久津だった。

「……何がおかしい?」

「いや、勘違いしてるなと思ってさ」

 私は眼鏡(支給品の安物だ)の位置を直しながら、ニヤリと笑った。

「俺たちはな、労働が嫌いだったんじゃない。……『搾取』されるのが嫌いだったんだ」

 私は隣の金田を見た。

 金田はすでに、目の前の旧式パソコンを舐めるように見つめていた。その目は絶望していない。獲物を見つけた猛獣の目だ。

「なぁ、博士」

 金田が小声で言った。

「このPC、所内ネットワークに繋がってるよな?」

「ああ」

 博士がキーボードに指を這わせる。

「セキュリティは堅いが、OSの構造は古い。……俺たちが修正する『歴史データ』の中に、独自のコードを紛れ込ませるくらいはできそうだ」

「つまり?」

 権藤が身を乗り出す。

「この刑務所の管理システムを、内側からハッキングできるってことさ」

 全員の顔色が輝いた。

 絶望? 反省?

 そんな殊勝な心は、時空の狭間に置いてきた。

「おい、見ろよ」

 麗子が顎でしゃくった。

 遠くの監視塔にいる看守たちの姿だ。

「あの看守たち、随分と退屈そうにしてるじゃない。……ここには娯楽がなさそうね」

「差し入れが必要だな」

 私は言った。

「阿久津健二の新作漫画。全宇宙で未発表のエンターテインメント。……こいつを裏ルートで流通させれば、看守を手なずけられる」

「通貨はどうする?」

 鬼瓦が自分の囚人服のポケットを探った。

「タバコはねえが……この食堂の『配給チケット』、これが通貨代わりになりそうだ」

「よし」

 金田が眼鏡を光らせた。

「まずは配給チケットを買い占めて、刑務所内のインフレを起こす。経済を混乱させて、看守を買収。……最終的には、この刑務所の『所有権』を乗っ取るぞ」

「「「おう!!」」」

 所長が振り返った時には、私たちはすでに机に向かい、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めていた。

 カチャカチャカチャカチャッ!

 その打鍵音は、労働の音ではない。

 侵略の足音だ。

「き、貴様ら……真面目にやる気になったのか?」

 所長が怪訝な顔をする。

「ええ、やりますよ!」

 私は満面の笑みで答えた。

「真面目に、勤勉に、一生懸命働きますよ! ……俺たちの『老後』のためにね!」

 所長は首を傾げながら、奥へと消えていった。

 彼は知らない。

 自分が招き入れたのが、ただの罪人ではなく、世界一つを食い潰したイナゴの群れであることを。

 私はモニターに向き直った。

 エラーコードの海。退屈な単純作業。

 だが、隣には金田がいる。後ろには鬼瓦がいる。麗子も、権藤も、博士もいる。

 20人の「6年2組」は、誰一人欠けていない。

 場所が変わっただけだ。

 砂場から、世界へ。そして今度は、無限の監獄へ。

 ステージが大きくなればなるほど、俺たちは燃える。

 私は新しい「報告書」のファイルを作成した。

 タイトルを入力する。

 『第4回・大蔵小学校6年2組同窓会が時間刑務所に収監されたので、内部から乗っ取って看守長をパシリにする件について。』

 カーソルが点滅している。

 それは、新しい冒険への招待状のように見えた。

「さあ、放課後の始まりだ」

 誰かのその言葉を合図に、私たちの終わらない戦いが、また始まった。

 灰色のドームに、場違いなほど明るい笑い声と、悪だくみの熱気が満ちていく。

        (完)

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死んだら驚いた!!転生したと思ったけど普通に自分だった、世の中か少しおかしいのでやっぱり転生だった件について報告します。 @Aceojisann

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