異世界って普通中世ヨーロッパじゃねーの?

ユーキノクターン

プロローグ 異世界って

「はあっ! やぁっ!!」

「遅い!」

「うッ…ゲホッ…ぅう…」


 昔から色々と習い事をさせられているが、この剣道の時間が一番嫌いだ。


 東雲家に代々伝わる流派――東雲清心流は少し特殊で、剣以外にも拳も蹴りも急所も締め技もすべて使う。


 要するに刀を持った総合格闘技といったところだ。


「いつまでそこで倒れとるんじゃ!! 早う立たんかい!!」

「ぅ…も、申し訳ございません、御爺様…」


 この師範であり実の祖父。来年九十歳の大台を迎える。


 九十の腹パンじゃないのよ。てか、孫に腹パンするおじいちゃんがどこにいるんだ。


 心の中で皮肉を言い続けて祖父の稽古に耐える。


 もはや消えているほど速い祖父の太刀筋をなんとか剣で受け、出来た隙にまた腹パンを食らう。


 死ぬほど痛いが、祖父の剣で打たれるよりましだ。


 最悪死ぬだろう。


 剣道の稽古は週に三回。月、水、金。


 それぞれ三時間ずつするので週九時間を五歳のころからもう十三年も続けている。


 もちろん自主練もあり、毎日素振り五千回はかかさない。


 それなのにこのアラナイアラウンドナインティに一度だって刃が通ったことはない。


 涼乃の人生で刃が誰かに通ったことは八回しかない。

 七歳の時に出た最初で最後の剣道公式戦で八人の相手を全員一撃で終わらせて優勝を決めた時である。


 (その日くらいは褒めてくれるかと思ったけど、八回も剣を振るなとか怒られたっけ……理不尽だと思ったけど、おじいちゃん、師範代だらけの達人の大会みたいなところで一回も剣を振らずに気迫だけで相手を棄権させて優勝してんだよな⋯⋯)


文句を言おうにも実力差がありすぎて言えないもどかしさを剣に込めて祖父に振り下ろす。


しかしさらっと止められてしまう。


「…今日はこのぐらいにしておこう。明後日までに踏み込みを三倍強くして来い」

「……あれ?もう時間ですか?」

「なんだ、まだやりたいのか」

「い、いえ!きょうもありがとうございました!」


 祖父が出て行くまで頭を下げ続け、襖が閉まれば素振りをしばらくして稽古を終了する。


(今日はいつもよりあっさり終わった気が⋯⋯しないな⋯⋯しないわ⋯⋯)


 いつも稽古終わりは身体中があざだらけになる。

 顔だけはきれいにしてくれているのはせめてもの情けだろうか。


「父さん、涼乃の調子はどうですか」


 祖父が稽古場を出ると、外で待機していた男が話しかけた。


「……今年で駄目じゃろうな。ワシの手に負えんくなる……今日なんぞ手首を持っていかれたわ……完璧に受けたというのに…」

「歳ですか、なら次は僕が涼乃の師範に…」

「阿呆言え、お前じゃ指一本触れられんわ……あの子は鬼才じゃ」


 東雲 雪源せつげん――涼乃の父は日本有数の実業家でかつ現役の剣道家であり、ここ数十年のあらゆる大会を総ナメしている。


 ただ、大会に出られる純正の“剣道”と人を殺す剣術である“東雲清心流”では土俵が違うと言うものだ。


 東雲涼乃はまだまだ荒削りながら、東雲家最強の才能を持っていた。


 東雲の龍と呼ばれた祖父・東雲 龍源りゅうげんを凌ぐほどの才能が。


 涼乃は五千回の素振りを終え、稽古場を後にする。


 これももう慣れたものだ。


「あ、世奈。おつかれ」

「稽古終わりですか? お疲れです~、ところで、前教えたあの作品、どうでした?」

「さいっこう! 私もあんな魔法撃ってみたいなあ」

「わかりますぅ~」


 世奈は東雲家の使用人の一人で、涼乃のお気に入りだ。

 何故なら涼乃の生活に唯一の趣味を与えてくれたからである。


 夕飯を食べ、お風呂に入り、自分の部屋に戻る。


 普段うるさい親たちだが、涼乃の部屋にだけは入ってこないし、スマホも与えられているので夜更かしだってし放題だ。


 思春期の娘を気遣ってのものなのか、こんな伝統に縛られる生活は嫌だ!!といつも考えつつも節々に親の愛は感じているので何とか耐えている。


 布団に潜り込んでいつものサイト――無料小説投稿サイト『ヨミカキ』を開く。


 世奈に教えてもらった小説『転生したら最強の勇者になりました』の続きを読むのだ。


 テンサイ転生したら最強の勇者になってましたの主人公はトラックに轢かれて中世ヨーロッパ風の剣と魔法の異世界へ転生し、そこで出会ったかわいい女の子たちを侍らせながら剣術や魔法で異世界を無双する。


 よくあるテンプレだが涼乃はこれに強烈な憧れを抱いていた。


 こんな“和”しかない家を飛びぬけて剣と魔法の輝く世界に行きたいと常々考え、妄想していた。


『アンナ!下がっていろ!……喰らえ!【メテオギャラクシーファイアーストーム】ッ!』

『れ、レン様カッコイイー!』


(メテオギャラクシーファイアーストーム……かっこいい……)


 最新話まで読み終わるともういい時間になるのでスマホを閉じ、妄想に耽る。


(私も異世界に行ったらすごい魔法使いになって女の子にチヤホヤされるんだ。私だったら『スズノファイナルスプラッシュ』とか……)


 こうやって異世界の夢を見るのが涼乃の趣味だった。


 ██████


「おぉぉぉっ!!!」

「成功したぞ!!」

「なんと……」


 気持ちよく眠っていたのに突然男の人達の声が聞こえてきて目が覚めた。


 (今日は来客の予定なんてあったっけ⋯⋯そもそも、こんな朝にする用事なんてあるのか⋯⋯今日は火曜日だから華道と茶道の稽古があるな⋯⋯)


 毎朝のルーティンはこれから始まる。


 まだ目は閉じたままだ。


 今日の予定の確認を頭で済ませ、ゆっくりと頭をハッキリさせていき――


「……ほっ!」


 勢いよく跳ね起きる。

 こうすることで頭が良く冴える。気がする。


「……あれ?」


 起き上がり、周りを見渡すとそこは自分の部屋では無かった。


 墨で描かれた大量の文字と魔法陣の様な模様の真ん中にパジャマで立っている。


 そして裃を着ていたり狩衣を着て大麻おおぬさを持ったりした知らない男複数人が涼乃の周りを囲んで驚いた表情をしている。


 ぽかんとしながら、いや驚くべきなのは私ですが、と涼乃は思う。


(夢? にしてはリアルすぎるか、じゃあ誘拐? 何この魔法陣! なんつーエキセントリックな誘拐犯たちだよ!)


 その時、一歩前に進んできた男がいたので思わずさっと身構えた。


「そう緊張なさらないでください。異界の者」

「異界? …どなたですか?」

「私は御影季行みかげのすえみち、禁呪“異界開門のまじない”によって貴方を召喚させていただきました」

「……召喚?! 禁呪?!」


 涼乃の異世界センサーが反応する。


 もしやここは異世界ではないか?

 いやしかし異世界というのは中世ヨーロッパのはずだ。

 いやいや召喚と言えば『しがない芋女でしたが異世界に召喚されて聖女になりました』で読んだあれではないか。


 そんな考えが一気に脳を駆け巡る。


「のう、季行よ。儂は一騎当千のつわものを喚べと言うたはずなんじゃがのう?」

「申し訳ありません、殿。もう一度禁呪を試してみましょうぞ」

「うむ。その女子おんなごは遊郭街にでも捨ててこい」


「殿」と呼ばれるちょび髭男の指示で涼乃は侍のような男たちに取り押さえられ、縄で縛られてしまった。


「きゃっ?! やめて!! 離して!!」


 泣けど騒げど助けは来ない。


 そのまま担がれ外に出され、今まで自分がどこぞの天守にいたことを知る。


「あの、私どうなっちゃうんですか?」

「……」


(この侍なんも言ってくれないやん…)


「ぎゃんッ!……もうちょっと優しく置いてくれてもよくないですか? てか縄もほどいてくださいよ」

「……」

「…無視ですか」


 侍たちは涼乃をどこぞの街道の真ん中に投げ捨ててから帰って行ってしまった。


 姿が見えなくなってから慣れた手つきでぱっぱと縄を抜けて自由になり、周りを確認すると、そこは所謂、夜の街のようだ。


 おしろいを厚く塗って絢爛な着物に身を包んだ女と袴を着てちょんまげの結った男のペアが多く歩いている。


(遊女ってやつかな……さっきの場所で遊郭街に捨てとけなんて言われてたから間違いないか……)


 辺りは提灯のあかりで橙に染まり、色んなお香のにおいが入り混じっている。

 デパート一階化粧品売り場、って感じのにおいだ。


 空を見上げると月が二つ。


(これは…転生じゃない…異世界転移ってやつだ……本当にあったんだ…異世界…)


 ずっとあこがれていた異世界だ。


 だが――


「異世界って普通中世ヨーロッパじゃねーの?!?!」


 明らかに中世モチーフなこの世界で、人目もはばからず涼乃は叫んでいた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る