最低な貴女と生きる今日からは
松野うせ
第1話
優しい貴女が死んで五ヶ月
これから、親愛なる貴女の葬式を執り行います。葬式など、あまり出たことがない僕なので、作法が違うかもしれません。お許しください。
優しい貴女がこの世界からいなくなって、数ヶ月が過ぎました。僕は最近、もしかしたら、貴女は優しくなかったのかもしれないと考え始めるとキリがありません。
優しさとは何でしょうか。手元のスマートフォンに聞いてみると、『他者の気持ちに寄り添うこと』だと、何とも形の捉えにくい答えが返ってきたのでございます。
僕は優しさというものを誤解していたのでしょうか。優しさとは貴女の笑顔だと思っていました。もう僕は、最低な仏頂面しか見ることができません。そう、貴女の死体です。液晶に映る死体しか、僕は見ることができません。
写真は、これから焼こうと思います。優しい貴女はもう死んだのですね。
そうだ。死んだんだ。じゃあもう、良いのですね。縛られなくて良いのですね。
貴女を見ると胸が痛みました。貴女の言葉を知るうちに、じわりじわりと僕を侵蝕していく、そのあなたがもつ美は、打ったことのないモルヒネのようでありました。
まさに、これが中毒なのでございました。それは、モルヒネやら『ハッパ』やらより健全で、一層危険なものでございます。
そしてその中毒は、鮮烈な色をした優しさによって僕を絡め取るのでした。
貴女の身体を清めてやれたら、どんなに良いでしょうか。僕は貴女のその顔に触れても、じっとりとした嘘の熱さを感じるだけでございまして、それが一層僕の胸を掻き立てるのです。
優しい貴女の葬式の中で、不謹慎にも楽だと思ったのは、受付が要らないことです。なにせ生きていた貴女を知っているのは、僕と近所のお婆さんくらいなものですから。参列なんてさせません。絶対に。僕だけで良いのです。
さて、読経の時間になりましたね。このお経の内容は愛だそうですよ。僧侶は僕です。
下手くそでしょう。聞いていてつまらないでしょう。頭を掻きむしって、どうしたらそうなるか理解に苦しみながらも笑ってくれますか。貴女が元に戻ったらどんなに良いか。
その次を執り仕切る僕は、少し世界のコントラストがおかしいです。焼香は、貴女の嫌った匂いがします。煙臭いですね。外は星が見えます。貴女が見たら何というか。綺麗だ、と何の捻りもないことを言うのでしょうね。僕はそれだけでよかったのに。
ここだと、貴女の顔が見えません。死んだ後の貴女の顔が。
テレビに映る貴女の遺影は僕が撮ったものですが、皆はきみが悪い、君が悪いと言います。
そう。君が恋人を殺さなければ、僕の中の優しい君は死ななかった。世間の輩は君を非難する。最低だと言う。僕もそう思う。
君が犯罪者だと知った時、何だか胸が空っぽになった。ああ、あいつはそういう奴だったんだ。僕を好きだと言ってくれたあの子はいないんだ。ただ、そう思った。
優しい君は僕の世界からいなくなって、代わりに君は、最低な凶悪犯になった。
大好きな君を、君の優しさを、僕の中で殺そうと思った。だから葬式をやり始めたんだけど。テレビマンが急いで作ったドキュメンタリー番組が言うんだ。君の優しさは『嘘』だって。君は『地元の親友』に、『ごめんなさい』と伝えたがってるって。『大好きな親友』には、『本当の自分を見せられた』って。そりゃあ、混乱もします。
テレビに触れても、それは君の柔い頰ではなかった。
都会に行って汚れた君を元には戻せない。
お互いを引き合わせたラブソングは、今じゃ涙も出ない。
大人の煙が肺を満たしても、君の優しさは世界から消えてしまった。
このままじゃ、死者を蘇らせるようなカルトにハマっちゃいそうです。
優しい貴女は死んで五ヶ月
僕は決めました。君を、愛する貴女を、一人にさせないって決めました。
心の擦り切れた、言ってみれば死んだ貴女に会って、また貴女を愛そうと思います。よろしいですね。
僕の諦めの悪さ、ご存知でしょう。これは脅しですが、犯罪者を愛するのは僕くらいですよ。
歪んでいる僕を大好きと言ったのは貴女です。
最低な貴女と生きる今日からは 松野うせ @Okashilove
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