我が子よ

なかむら恵美

第1話

月明かりが綺麗だった。周りに人がいなかった。

しんとしているだけの帰途時を、校長(元彼)と歩く。

黙っていた。

「、、、、だろ?あの子」

「、、、、ええ」

小学校教諭になって4年目。

2校めの赴任先で、まさか。まさか夢にも思わなかった。

元彼。校長職になった男と娘。

産みっぱなしで放任。忘れかけていた娘と再会するなんて。しかも受け持っている。娘はわたしのクラスにいる。わたしは娘の担任教諭なのである。

(産んだのが、確か18歳ぐらい。それから直ぐに、あの子は、、、。だから、今、えっと)

小学校に入ったばかりの1年生が、まるで簡単な計算式を解くように、頭の中で考える。

コンビニの角を、共に右に曲がる。

「一目で分かったよ。ソックリだもんな、君に。遺伝だな、やっぱ」

笑うのを見ると、瞬時にムカつく。

「笑い事じゃないでしょ。体つきは、あなただわよ完全に。保護者の中には、ヘンな噂を流すのもいるのよ」

今度は眼鏡の縁を触る。欠伸を大きく出して来る。

「まぁ、どうにかなるだろ。テキトーにあしらっとけよ、五月蠅いのがいたら。他人の空似(そらに)、で通せばいいよ、徹底的に」

真っ直ぐが彼、駅方向へ向かうのがわたしである。

「じゃっ。また明日。お疲れ。再度確認するけども、俺は認知は絶対、しない。君だって名乗れないだろう?本人に向かって」

「・・・・」

大股に歩く背中が、月明かりに遠くなる。


18歳。色町でアルバイトをした。

ホンの100メートルにも満たないような道路に、一杯飲み屋が2件、ちょんとある。錆びれたような駐輪場(5台ぐらいが置いてあった)を挟んであった

「パープル るん」。

一杯飲み屋に毛が生えた程度のスナックに、数か月間、勤めていた。

文字通りに装飾が紫系しかない店だ。暇だったのである。

オサラバ出来るその日まで、割とあったから、アルバイトをしていたのだ。


既に大学進学が決まっていた。

やっとこの地を出られる、オサラバ出来る、らりほー!

心の底から解放感で、心身共に満たされに満たされ、春への希望に溢れ出た。

望まれない子として生まれ、施設で育ったわたしは、気がつけばここしか知らない生活だった。

(この地を出たい!)(出て見たい!)

出てやるが、物心ついた時から常にあった。

特に意識しなくても、学校の勉強はそこそこ出来た。試験勉強をした事がない。

全般的に、可もなく不可もない学生時代だった。

大学にゆく気も最初はなかったが、この地を出られる唯一の、目的手段である。

「素晴らしい!しかも教育学部にだなんて」

涙を流さんばかりに施設長は喜んでいたが、正直、何部でも良かった。

ただ潰しが利くのと、推薦で入れそうだったから、選んだまでだ。


勤めて4日めぐらいだったろうか?

「暇ねぇ」「こんな所に来る客って結構、モノ好きかもね」

キンキラキンの衣装に薄化粧を施し、ママと他の4人と喋っていたら、ドアが開いた。灰色のスーツ姿のおじさんだった。

「若い子いるぅ~?若い子!」

酔ったように所望した。「いますよぉ~っ、ウブな生娘が!」

ママに背中を押され、ソファに同席したのが出会いだ。


「ボクねぇ~っ。がっこーのせんせーなのぉ。しょうかっこーの。研修があってさぁ~っ。締めつけられちゃって、もぉ~っ、大変なのよぉ。明後日の朝にぃ帰るんでねぇ、思い出づくりでもって思ってぇ~っ!」

ぐでん、ぐでんになりながら喋る。

酒臭い中に、チョコの匂いが混じる。

「ここってまじに、なんにもないとこなんだよねぇ~っ。ボクねぇ~っ、かっこーのせんせーなのぉ。奥さんとはねぇ~っ、ききたい?どーやって知り合い、くどき落としたかぁ~っ」

何だコイツは、わたしは思うだけであったが、

「はい、はい」

「いいですねぇ」

「わたしもそんな出会いが、欲しいわぁ~っ」

ママの態度は流石、プロだ。


翌日。たまたま休日だった。ぶらぶらと散歩。

唯一の本屋で本を買い、唯一の喫茶店で読んでいたら、掛かる声があり、、、記憶がない。


一人で調べ、病院を訪れ、出産した。産声を聞く間もなく、

「女の子でした。じゃっ。名前はどうします?考えてありますか?」

「歩実(あゆみ)にして下さい。歩いて実(みのる)、歩実です」

「分かりました。ちゃんと伝えますから」

白いお包みに包まれた歩実は、看護婦に抱かれ、小走りに連れ去られていった。


大学進学。

過去は欠片も思い出さなかった。大変だったが、楽しくもあった。

大学2年。初めて子供を堕ろしたが、体調その他に異変がなかった。

折角だからと採用試験を受けたら、合格。22歳で教壇に立った。

前校では学年主任と教頭の子を堕ろしたが、どってことなく月日は過ぎだ。

学年主任はコンビニで万引きをしてお縄になり、教頭は奥さんを殺めようとして

お縄になった。

(もし、堕ろしていなかったら?)

授業中、子供達が漢字の書き取りをしている最中にですら、時にわたしは考えた。

(産んでいたら?名前をつけて、育てていたら、やっぱりお縄。お縄の血筋が入っていたんだわ)

正しい選択だったと、改め自分を評価した。


あれから7年。

(・・・・・)

出勤前、いつものように姿見で身だしなみを見る。

ハッとした。

望まれない子を産んだわたしの親が、わたしを育児放棄。施設に預け、そのままだったののと同じように、わたしも歩実。

我が子に対して、同じを繰り返しているのだ。


出勤する。「1年2組」教室に入る。

「おはようございます」

挨拶を交わし、連絡事項を伝える。

嫌でもまず、目に入るのは歩実。ひとりの教え子である、我が子。


「あゆみちゃんって、先生に似てない?」

「そっくりだよね」

「何であんなに似てるのかなぁ?」

「施設にいるんだって。パパにもママにも会った事、ないんだって」

「え~っ!ほんと~っ?」

子供の声が、今日もわたしを苦しめる。

「歩実ちゃん」

呼べば「はい」

真っ直ぐにわたしを見て、他の子達と同じように返事をして来る。

(ママだよ、あなたのママは、わたし。先生。パパはね、校長先生なの)

いつも心の中で言っている。けど、ちゃんと告白。

わたしは口に出せるだろうか?出せる日が、来るのだろうか?


                              <了>

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我が子よ なかむら恵美 @003025

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