第21話 街の解放

傭兵たちに囲まれる。殺気を強く感じる。


「赤髪は便利だが無駄にプライドが高かった。俺らは傭兵だから囲んで切り刻めば良いものを一対一に拘っていた。あいつはもういない。死体になっても痛めつけてやるからな」


男が嫌らしい笑みを浮かべる。男の剣を受ける。後ろからも剣が迫ってくる。肩に石礫が当たる。集団で襲われる。臆病だったころの自分を思い出す。身体が固くなる。振り下ろされる剣を受けるが、力が入らない。セルバートさんにも剣が振りおろされる。苦痛の声が漏れる。


カスミと約束した。囲まれているけどセルバートさんは助けられる。セルバートさんは赤髪から僕を助けてくれた。集団が何だ。ただ弱いから群れているだけだろう。赤髪の威圧の方が効いた。傭兵だと言っているけど彼らはただ臆病なだけだ。自分に言い聞かせ心を奮い立たせる。


闇と光、魔力を素早く纏わせた剣を横なぎに振るう。2人の上半身が下半身と離れる。唖然とする傭兵たちをさらに斬り捨てる。副官なのだろうか、指示を出していた男も斬り捨てる。だが僕も傷を負っている。まだ傭兵たちは10人以上いる。それでもセルバートさんは助ける。心を奮い起こし剣を構える。


ふと傭兵たちの動きが鈍った。リンのデバフだろうか。一人を斬り捨て、傭兵たちから距離を取る。そして強めの魔力を込めて魔弾を放った。傭兵たちはデバフで思うように体が動かないのかもしれない。魔弾を躱す傭兵はいなかった。


トワが躍動している姿が見える。カスミも短剣で傭兵たちの背中を突く。数瞬の後に立っている傭兵はいなくなっていた。


私兵たちはどうしてよいのか分からず、おろおろとしている。そしてレジスタンスに先導された市民たちに気圧されるように広場から去っていった。


カスミがやってくる。セルバートさんの呼吸を確かめホッとしたように顔をくしゃくしゃにした。



「改めてありがとう。ずっと死を覚悟していたよ。サクヤのためならそれで良いと思っていた。だけど寒くてお腹が空いて、本当は怖かった。自分の力が街の人たちを傷つけている。それが分かっていても自分では死を選べなかった。本当にありがとう」


僕たちはレジスタンスの人たちが手配してくれた宿にいる。そして改まった表情でリンが僕にお礼を伝えてきた。


「サクヤはリンをとても大切に思っている。だから生きていてよかった。リンが街の人を害した訳では無い。ニコランドとその一味が街の人に悪さをしたんだ。リンは何も悪いことはしていない。生きることはリンの権利だ」


街の人を助けるために死を選ぶというのは違うだろう。その思いをリンに伝える。だけど、僕が成長して魔王を倒して、その力が他人の手に渡ったらどうだろうか。僕もきっと悩むだろう


「早くサクヤとユイに連絡しよう。二人とも喜ぶよ」

「ありがとう」


リンの後ろめたい気持ちも分かる。でも確実に言えることは、リンとユイ、二人とも助かったことでサクヤも喜ぶことだ。そして3人は魔王を倒したんだ。幸せになる権利は誰よりもある。そう思い、僕はリンに笑いかける。リンは意外そうな表情をした後、うれしそうに微笑んだ。


「そういえば、私はハルトの奴隷だった。それに命の恩人でもある。何かして欲しいことはありますか?ご主人様」


「魔法を教えてほしいかな。僕は賢者になりたいんだ」


「もちろん魔法は教えるよ。だけどそうじゃない」


表情の少ないはずのリンが小悪魔っぽい笑顔で僕に微笑む。僕は素直に賢者になりたいことを伝えると、リンは少しむくれたように表情を変えた。


「隷属の魔法を解除するにはどうするの?」


「分からないよ。隷属の魔法自体初めてだったからね。旅をしながら少しずつ考えていくつもり」


とりあえず、隷属は解除しないといけない。リンに尋ねると、まだ解除方法を考えていないとの答えが返ってくる。リンもそうだけど、カスミにも隷属の魔法が掛かっている。早く解除方法を見つけないとこの街を出られなくなる。そう思いリンを見ると、悪戯っ子のように笑っている。


「闇の精霊よ。私の鍵を私の僕に返す。このものに自由を」


リンの表情が変わるのは可愛い。だけどこのままでは良くない。僕はリンから教えてもらった魔法を思い出し、そして隷属を解除するよう闇の精霊に語りかける。けれども、闇の精霊が被りを振った気がした。


「光の精霊よ。私の鍵を私の僕に返す。このものに自由を」


闇の反対は光だ。ふと思いついて、光の精霊にお願いしてみる。光の精霊が頷いたような気がする。そして僕の手首から鍵の紋様が消えた。


「うそっ。そんなにすぐに。それに光属性?」

「解除できて良かった。これでリンはサクヤと一緒にいられるね」

「そうだけど。もう少しこの状況を楽しみたかったわ」


リンが僕をそして自分の手首を見て驚いている。そして残念そうな表情を浮かべた。本当に表情が豊かだ。



「ありがとうございました」


「私からも礼を。街を救ってくれて、私もカスミも助けてくれて本当にありがとう。隣に座っても良いかな」


「もちろんです」


翌朝、トワとリンと朝食を取っていると、カスミがセルバートさんと一緒に階段を降りてきた。そして僕たちと同じテーブルにつく。


「そういえば、カスミ…さん。隷属紋、解除しますね。光の精霊よ。私の鍵を私の僕に返す。このものに自由を」


セルバートさんから立派な大人の雰囲気を感じて気圧される。怖い訳では無い。。居心地の悪さを打ち消すように、僕はカスミの隷属紋の解除を行った。


「私の前でもカスミで良いよ。助けてくれたんだって。それにしてもそんな魔法も使えるんだね」


「はい。でもあまり言っちゃいけないやつで」


「セルバートさん、隷属の魔法は私が、解除の魔法はハルトが考えたものです。話が広がると私もハルトも大変な目にあいます。ですから内密にお願いします」


「もちろんだよ。これでも勇者を目指していたんだ。この魔法の重要性は分かっている」


「「ありがとうございます」」


セルバートさんは少し驚く表情を見せた後、僕に魔法について聞いてきた。僕は何故かあたふたしてしまったが、リンが上手くフォローしてくれた。カスミは少し残念そうな表情を浮かべる。


食事を摂りながら考える。怖くはないけど気圧されるのは何故だろう。父親と同じような年齢だ。年配の男性を苦手だと感じてしまう。暴力的なものには慣れた。少しずつ克服している実感もある。でも苦手意識は残ったままだ。レジスタンスには年配の男性も多い。少しずつ慣れていこう。


おどおどした自分は格好悪い。もちろん好きではない。だけどそれは仕方がない。おどおどしていても前を向いて行動していれば、きっといつかは変われる。頑張る自分はきっと好きになれる。いつかは格好良い大人になろう。そう思っているとセルバートさんから声をかけられた。


「ハルト君。カスミをハルト君のパーティに加えて貰えないかな。カスミは探索者として優れている。きっと役に立つよ。隷属紋があったので考えていたのだけど、無くてもカスミにとっても良い経験になる。カスミはハルト君たちに恩返しをしたいと言っていた」


突然の申し出に僕はまた腰が引けてしまう。だけど、カスミが真剣に頼んでいる。ここで引いてはダメだ。セルバートさんの目を見る。トワの目を見る。リンの目を見る。トワが頷く。そしてカスミの目を見て、僕は大きく頷いた。


「分かりました。カスミもよろしくね」

「ありがとう」



冒険者ギルドの扉を開ける。騒動を起こした自覚がある。躊躇はあったが、領主にもニコランドにも組していなかったので大丈夫だろう。ギルドは昨日と変わらず閑散としている。


「何か依頼ありますか?」


「昨日と同じでホーンラビットを間引いてくれると助かります 。街が落ち着くまでは新規依頼は少ないかもしれません」


受付のヘロイーナさんと話す。特にニコランドのことには触れられない。僕たちが広場で戦っていたことも知らないようだ。混乱が大きかったし、レジスタンスを除くと雰囲気に流されて石を投げた人も多い。だから僕たちの顔は覚えられていないのだろう。ホッとしたような、だけど残念なような気持ちになる。


「ハルト…様。ホーンラビットの盗伐を受けたい。私の街だし」


「ハルトで良いよ。パーティメンバーだ。トワはどう思う」


「ホーンラビットで良いんじゃない。街の人も困っているわ。余裕があったら他の魔物も探してみましょう」


トワとカスミと相談し、大量のホーンラビットを討伐する。いつの間にか収納箱の容量が増えていたから、遠慮なく狩ることができた。納品できるのは手に持てる量だけだけど、しばらくは食料には困らないだろう。


リンは僕たちと時間を空けてギルドに入る。ギルドを通してサクヤとユイに連絡をする。ユイからサンライトリッジのジルナークさんにも伝えてもらう。


時間を空けた理由は、領主やニコランドの動き、街の人たちの感情を警戒したからだ。本当は一番頑張ったリンだからこそ大手を振って街を歩いてほしい。僕が魔王を倒したら、反転の呪いが無くなったらそういう世の中になるのだろうか。また頑張る理由が増えた。



「ラビットを狩ってきました」

「ありがとう。食料が足りていないから助かるよ」


ギルドに納品できなかった兎をレジスタンスに渡す。それでも余るほどホーンラビットはそこら中にいる。


「先ほどニコランドを捕まえたよ。赤狼の傭兵団が壊滅していたのが大きいね。私兵はならず者の集まりで私たちの敵ではなかった。領主様が戻られれば街は落ち着くだろう」


「領主様は賢者に対してどんな感情を抱いていますか?あと街の人も」


「街の人は良い感情を抱いている人の方が多い。何と言っても魔王を倒してくれたからね。領主は余計なことをしてくれてと感じているだろうけど、市民の声に配慮して賢者を表彰するように動くと思うよ」


セルバートさんが近況を伝えてくれる。レジスタンスはニコランド兄弟と叡智の塔の私兵たちを捕えて、アストラルナにいる領主に使いを送ったようだ。間もなく、街も落ち着き、リンも安心して過ごせるようになるだろう。


サクヤやユイが来て、3人で冒険の旅に出る方が先かもしれない。そうだ。サクヤとまた会えるかもしれない。しかも胸を張ってだ。そう思うと僕の胸は弾んだ。



宿に戻る前に牢屋の前を通る。レジスタンスの拠点の隣に急造された掘っ立て小屋のような牢屋だ。


「オラは何もしていねえ。あいつらの言う通りにやっただけだ。人を傷つけるのは嫌だから危ない魔法も放っていない。なんでオラを捕まえるだ」


「こいつ馬鹿なんじゃないか」「街に混乱を起こしたのを理解していないのか」「喝をいれてやろうぜ」


「痛いべ。なんで石を投げるのだ。オラが馬鹿だからか。赤狼の奴らはオラをバカにしなかった。お前らはオラを馬鹿にするのか」


ニコランドとレジスタンスの会話が聞こえ何となく切なくなる。


ニコランドには悪気もなく、そして人を傷つける気もなかったのだろう。もしかするとニコランドの心が優しかったから街の被害は少なくて済んでいるのかもしれない。素は良い奴なのだろう。それを傭兵団に上手く利用された。


レジスタンスはニコランドに恨みを持っている。街を壊された、大事な人が傷つけられた。恨みを持つのは当然だ。だけど、ニコランドを馬鹿にしたり、石を投げつけるのは違う。気持ちは分かるが切なくなる。


僕は気づかれないようにニコランドの周りを空魔法で覆った。僕の自己満足だ。きっと領主はニコランドを処刑する。それは仕方がない。だけど、彼がそれ以上に傷つく必要はないはずだ。

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