第20話 救出
夕食を摂る。明日に備えて横になる。明日は街に入り、カスミがレジスタンスと連絡を試みる。僕たちは門から宿までを歩きながら、地理を少しでも頭に入れる。宿や食堂で市民の実際の声も聴いてみたい。
明後日が本番だ。まず赤髪の男を倒すことが必要だろう。魔法を放とうとすると検知されるだろうか?ニコランドから男に伝わるのに時間がかかるはずだ。その間に打ち抜く。威力よりも速度をイメージして魔法玉を圧縮する。
躱されたらどうしようか。やっぱり威力よりも速度と手数だ。額と心臓と金的とあと防具の隙間となる肩だ。一か所でも当たれば十分だ。威力を落として手数を増やす。掌ではなく指先から出すとちょうど5個だ。そう思った僕は指先から魔法玉を出すことを試みた。
「やっぱりハルトは面白いね」
これは良い、そう思っていると、リンが僕を見つめて呟いた。面白くても面白くなくてもやれることをやる。両手を使う。10個の玉が出る。5個を精度よく赤髪の男へ。残りを適当に傭兵たちへ。そう決める。
属性は何が良いだろうか。闇と火、ニコランドの属性だ。赤狼、火には強いかもしれない。シンプルに土でいこう。物理的にはそれが一番殺傷力がある。
殺傷力、そう思ったところでふと気づいた。僕は傭兵たちを殺せるだろうか。サンライトリッジで裏町の奴らと戦ったときは気を失わせれば十分だった。領主の兵もいて殺すわけにはいかなかった。手加減する余裕もあった。だけど今回の相手は戦いのプロだ。
自分を見つめる。殺さないと殺される。放っておくと市民が殺される。どちらにしても領主が傭兵たちを討つだろう。3つ目の理由まで考えてホッとした僕がいた。そうじゃない。リンをカスミを守るために覚悟を決めるんだ。僕自身のために彼らを殺す。そう決意する。怖さを感じる数だけイメージトレーニングを繰り返す。
赤髪をどうにかしたとして、どうやってニコランドに世界樹の葉を飲ませようか。その場で迷っている暇はない。口を開けさせるために鼻を摘まむ。反射的に開けるだろう。飲み込ませるには丸薬の方が良い。そして水魔法で押し込む。強すぎるとむせる。適度な強さだ。掌から、いやこれも指を口に入れるから指からの方が良いな、そう思い指から水をチョロチョロと出す練習をする。
「やっぱりハルトは面白い」
リンがそう呟いた。
☆
馬車が到着するのに合わせて、僕たちは街へ近づいた。幸いなことに門番は別の人だった。
「この街へは何しに」
「冒険者として稼ごうかと。魔物を狩ってきました」
僕はアッシュベアを、トワはホーンラビットを抱えている。そしてリンとカスミにもホーンラビットを抱えてもらった。リンとカスミは古びた服を着て、顔を汚し、その上から布を被っている。
「冒険者が2人に奴隷が2人か。見るからに非力な奴隷だな。入れ替えた方が良いぞ。若い女性の奴隷は高く売れる。荷運びに適した奴隷がたくさん買えるだろう」
門番はリンやカスミの手首を見て僕に隷属していることを確認したら、あっさりと僕たちを通してくれた。
「冒険者ギルドと宿屋の位置を教えてほしい」
「ギルドはこの大通りをずっと行くと広場がある。ギルドはその少し手前だ。看板が出ているから分かるだろう。宿屋はギルド周辺にある。こういう状況だ。空きが多いからギルドでお勧めを聞くと良い」
「ありがとうございます」
「肉を狩ってきてくれたんだ。大歓迎だよ。いざこざを嫌ってこの街から出ていく冒険者も多く、食料が不足しているんだ。だから頑張ってたくさん狩ってきてくれ」
門を背に僕たちは広場の方へ向かって歩く。ギルドは門番の言葉通り広場の近くにあった。広場をそして通り全体を見回した後、僕たちはギルドに入った。
☆
ギルドで魔物を査定してもらい、そして宿へと向かう。父親が心配なのか、カスミは思いつめた表情をしている。
「力を抜いて」
「ありがとう」
声をかけて軽く頭を撫でる。カスミが深呼吸をして、僕にお礼を言った。そしてカスミが静かに去っていき、トワとリンと3人で宿の中に残った。
「魔法は使わない方が良いわ。ニコランドが感知するかもしれない」
「そうだね。僕たちにできることは大人しくしていることと情報収集だけだ」
そう言いながら、僕たちは依頼を確認するためギルドに戻ることにした。
☆
「半日くらいで済むお勧めの依頼を教えてほしい。あと食堂も。昼食をとりたいんだ」
「常時依頼のホーンラビットの討伐をしてもらえると助かります。ラビットは数が増えやすいんですが、冒険者が減っちゃって村に被害が出ています。食堂は向こうの通りに並んでいます。開いている店が少ないので、選択肢はあまりありません。そういえば、奴隷が一人少ないようですが?」
「ありがとう。あの子は旅の疲れが出たみたいで部屋で休んでいます」
ギルドを出て食堂に向かう。昼時だというのに人影はまばらだ。食堂を覗くと兵士たちが愚痴を言いながら酒を飲んでいた。絡まれると面倒だ。通りを歩きながら、少しだけ出ていた屋台で買い食いをして広場まで進む。
何もない広場だ。逃げ道は、大通りとそれと並行に走る細い道が6本。トワとリンは大通りに逃げた方が良いだろう。細い道だとすぐに袋の鼠になる。
広場の後ろから舞台までは距離がある。男性が石を投げても届くかはかなり怪しい。市民が拾って投げるような石も落ちていない。どうやって騒動を起こせば良いのだろうか。
立ち止まってはいけない。串を食べ終わった僕たちは兎を狩りに門の外へと向かった。すでに兎を狩ってきているからか、噂と異なり門番はすぐに僕たちを外へと出してくれた。
☆
「砂塵を発生する魔法を使えるメンバーがいる。それと土魔法で石を作ることもできる。リスクは高いけど騒動を起こすくらいならやってくれるって」
6羽の兎をギルドに届けた後、僕たちは宿に戻りカスミと情報交換をする。レジスタンスの副官が騒動を起こすことを手伝ってくれる。僕が、僕たちが全てのことをできる訳では無いから、任せられるところは遠慮なくお願いしよう。だけど協力してくれるレジスタンスのためにも失敗はできない。肩の荷が少し重くなった。
「ほとんど市民を見なかったわね」
「騒動が市民に拡がるのは難しいかな。レジスタンスの魔法に期待するしかない。僕は僕のやれることに集中するよ。幸い10個の魔弾をすぐに出せるようになったしね」
「ハルト、気を付けてね」
「トワも、そしてリンもカスミも。僕が捕まったらすぐに逃げて。しばらくしたら勇者や聖女がこの街に来るだろう。逃げ切ればどうにかなるから」
「分かるけど。ハルトも気をつけて。自分を大事にしてね」
決行を前にみんな不安を表情に浮かべている。何かあったときのために行動を事前に決めていた方がスムーズに動ける。
「赤髪の襲撃に失敗したらみんなは迷わず逃げて。赤髪が怪我をした程度なら、僕の一撃を待って判断。赤髪が蹲ったらカスミは父親の下へ向かって。
リンは力が戻ったらすぐに支援して。僕よりもカスミの方が心配だ。そっちを優先。力が戻らなかったら僕はカスミを救って、できたら父親も救って逃げるよ。カスミは僕を気にせず逃げて。トワとリンはすぐに逃げること。
上手くいくのが一番だけど、迷って逃げる機会を失うのもダメだ。迷わずしっかりと動こう」
僕の言葉にみんなが頷く。みんなのためにも成功させよう。怖さで震える心は押し殺す。みんなの役に立つんだ。絶対助け出す。そう思い僕は目を閉じた。
☆
「これから罪人を曳き回す。みんな家から出てくるように。出てこない奴は同じ犯罪者とみなす」
外から声が聞こえてくる。その声は徐々に近づいてきて、そして遠くなった。外を覗くと、沿道にレンガのかけらがばら撒かれていた。きっと広場もだろう。騒ぎが起こしやすくなる。カスミの父親に投げるための石が自分たちへ向かってくるとは思ってもいないだろう。
宿を出る。引き回しを見学するため、多くの市民が既に沿道に出ている。馬の音が聞こえてくる。石が何かにぶつかったような音が聞こえる。粗末な馬車が見えてくる。傷だらけの男が手首を後ろ手に縛られ馬車の上に設けられた木柵の中に座っている。
石が当たる。血が流れる。カスミが唇を嚙んでいる。石を投げる市民を見る。決して嬉しそうな顔をしていない。一部の市民は本気で投げているが、投げているふりをしている市民も多い。僕も石を投げる。狙い通り柵に当たる。トワたちもそれに続く。
石が強く投げられた。男の表情が苦痛で歪む。カスミが飛び出そうとする。その手を抑える。頭を抑えつけて屈ませる。一緒に石を拾う振りをする。僕も辛いが、大きな感情を見せる訳にはいかない。走り出しそうになるカスミの手を取りながら、僕たちは馬車の後ろをついて、広場の方へと歩いていった。
広場には多くの人がいるが、まだ移動できないほどではない。予定通り僕は前方に位置どる。トワとリンは真ん中よりやや後ろだ。そしてカスミは真ん中やや手前にいる。カスミの手を強く握った。僕の目を見て頷いていたから、きっと大丈夫だ。
予定通り前から二列目だ。カモフラージュのために石を拾って投げる。前を観察すると、統率の取れていない私兵たちに混じって、ガラの悪い男たちがいた。彼らが傭兵だろう。石を投げながら前の方に目をやると赤髪の男が見えた。身長は190㎝くらいで太ってはいない。筋肉質でがっちりとしている。大きな剣を抱えて楽しそうに笑っている。
広場の喧騒が静まってくる。太った猫背の男と痩せた男が傭兵たちに護られながら歩いてきた。こいつらがニコランドとその兄だろう。
「この男セルバートは騒動を起こし、私たちに、そして市民のみんなに害を与えることを画策していた。ニコランド様は自らこの男を捕らえた。そして今日、市民に害を為す男がどうなるかを、みんなにしっかりと見てもらう」
執事服が似合わない粗野な男が大きな声で罪状を読み上げる。馬車の上のセルバートさんの四肢に縄がかけられる。縄はそれぞれ大きな馬に繋がっている。馬割き刑の準備だ。馬が動き出したらもう止められない。
魔弾を放つ。10発同時にだ。広場が一瞬静かになる。傭兵たちが騒ぎ出す。だがそれと同時に石が傭兵や私兵たち目掛けて飛んでいく。私兵たちが応戦し混乱が始まる。魔弾が傭兵に当たったかどうかは確認できていない。だけど自分を信じて舞台の上のニコランド目掛けて走り出した。
水魔法を使う。いろいろ考えたが、世界樹の葉を飲み込むには息をしたいと思わせた方が良いと決めた。それに息ができないと魔法を放つ余裕もないだろう。しかし、ニコランドの手前で水魔法は吸い込まれるように消えた。
ニコランドが得意げに嗤っている。闇属性の障壁だろうか。水魔法を光の膜で覆う。そして再度ニコランドに向けて放った。今度は水玉がニコランドの頭を覆った。ニコランドが驚くような表情をした。台上に駆け上がる。水玉を解除する。咳き込んでいるニコランドに世界樹の丸薬を含ませ水魔法で押し込んだ。
背中に鋭い痛みが走る。痩せた男が怒鳴りながら僕の肩に剣を突き立てている。そして他の傭兵たちも舞台に上がって来る。傷は痛いが想定内だ。僕も水筒の水を飲み剣を取り出した。
周りを見ると、痩せた男は既に傭兵たちの後ろに隠れ、ニコランドも舞台から降りている。そして、赤髪の男がポーションを飲みながら舞台へと上がってきた。
ニコランドは何か焦ったように呟いている。魔法が上手く使えていない。賢者の力は無事に戻ったのだろう。ニコランドも痩せた男も僕には関係がない。あとはこの傭兵たちから逃げるだけだ。だけどそれが難しい。赤髪に続き、舞台の両側から傭兵たちが集まっている。
「やってくれたな。只で済むと思うなよ」
傭兵の本気の威圧だ。身体が固まる。赤髪の男が斬りかかってくる。何とか剣で受ける。だが重い剣だ。大きくバランスを崩される。だけど何とか身体が動くようになった。2撃目で受けた剣の勢いを利用して舞台から転がり降りる。
振り返りざま魔弾5発を舞台上に放つ。そして馬車の方へと移動する。馬は騒いで入るがまだ動いてはいない。セルバートさんにかけられた縄を切る。セルバートさんの手が自由になったところで赤髪の男が追いついてきた。
倒れている傭兵もいるが、まだ戦える傭兵も多い。剣をいなす。魔弾を放つ。だが傭兵たちは傷を負いながらも僕とセルバートさんを囲んでいる。
「器用な奴だ。こんな場じゃなかったら傭兵に誘っていたのによ。せっかくの稼ぎ場を荒らしてくれて、楽に死ねると思うなよ」
二度目の威圧だ。怖いが動けないほどではない。剣を受ける。斬り結ぶ。技はサクヤほどではない。いける、そう思ったときにお腹に大きな衝撃を受けた。蹴られたのだ。仰向けに転がされる。剣が目の前に迫ってくる。怖い。だけど賢者の力までは戻せた。サクヤの代わりに魔王を倒せなかったことが心残りだ。そう思い赤髪を見つめる。
何かが僕を突き飛ばす。慌てて起き上がる。セルバートさんだ。胸に剣が突き刺さっている。赤髪がセルバートさんを蹴り、剣を抜こうとしている。抜かせたら血が一気に流れる。そう思い、月光の剣に魔力を纏わせ赤髪の両手首を切り落とす。そして肩から胸にかけて剣を振り下ろした。赤髪は何故だか嬉しそうに笑いながら地に崩れ伏した。
世界樹の葉をセルバートさんの口に含ませ押し込む。胸から剣を抜く。心臓は外していた。血が止まる。呼吸もしっかりとしている。
「よくもやってくれたな。だが赤髪だけが赤狼ではない。俺たちは全員歴戦の傭兵だよ。あいつは単純で乗せやすいからボスにしておいたんだ。お前ら囲め。街を去る前にこいつだけは狩るぞ。やられっぱなしでは赤狼の評判が落ちる」
セルバートさんの様子を確認していると、後ろから脅すようなガラガラ声が聞こえてきた。振り返ると斧を抱えた男が立っていた。身長は赤髪より低いが横幅は赤髪よりもある。傭兵たちが男の指示に従い僕を囲む。
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