山の声
ナナマル
第1話
幼いころから、父と一緒に近くの山へ登山に出掛けたものだ。
子供でも登頂できる位の、難易度の低い山だ。
見晴らしの良い場所に行くと「ヤッホー」と叫ぶ。
こだまが返ってくるのはよく晴れた日だけだったが、
小さな「ヤッホー」を聞くのがうれしかったのを覚えている。
中学、高校と進学するうち、休日は友人と遊ぶことが多くなり、
父と一緒に山登りに行くこともなくなってしまった。
都内の大学に進学した後、地元には帰らずにそのまま就職した。
誇らしい気持ちだったものの、都会の生活は思ったよりつらく、孤独でもあった。
両親はつらい時は帰ってくるようにと連絡をくれたが、
負けるような気がして、帰ることはなかった。こんな姿を見せたくなかったのもある。
そんな生活をしているうちに母がなくなり、父もなくなってしまった。
故郷の実家は両親の面倒を見てくれていた親類が相続し、帰る故郷もなくなってしまった。
それでもがむしゃらに働き、気が付くと体も心も壊れかけていた。
そんなとき、ふと電車にのって故郷へ向かった。
父の葬儀以来、何年かぶりの帰郷だった。
帰る家はなかったが、どこかへ泊るつもりもなかった。
故郷の駅を降りると、懐かしさからあの山に登ることにした。
子供のころは大変だと思っていたが、今の自分には大したことのない登山だ。
あの頃と変わらない風景。ヤッホーと叫んだ、あの場所だ。
大人になってから、叫ぶなんてことがあっただろうか。
あんな気持ちで誰かに呼びかけることがあっただろうか。
今日は曇りだ。こんな空なのに、こだまなんて返ってくるわけがない。
だけど、だけど、すがるような気持ちで叫ぶ。
「ヤッホー!」
しばらくして確かに聞こえたんだ。
「おかえり」
山の声 ナナマル @Type-R-703
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