聖女じゃないとポイ捨てされたのでポーターとして生きていきます

あずま八重

第1話 思わず手にしたイイ話

 扉を開けると、いつもの喧騒が私を包み込む。冒険者ギルドは今朝も大盛況のようだ。


 クエスト掲示板は、討伐依頼・護衛依頼・採取依頼の順で張り紙が多く、そのどれもが賑わっている。


 私は一番閑散としている〈荷運びポーター〉依頼の板に歩み寄った。手紙の配達。牛乳缶の配達と空き缶の回収。冒険者ギルドと商業ギルド間の荷物運搬――あとはどこかきな臭い依頼が並んでいる。


「今日も街なかの依頼ばっかり……ん?」

 と、1つの張り紙に釘付けになった。


「〈オルカの泉〉への往復、約5日を同行する女性ポーター募集。たくさん持ち運べる方、大歓迎。報酬は……金貨3枚!?」


 思わず上げたうわずった声に、慌てて口を押さえる。それだけあったなら、ほどほどの宿で朝夕の食事にお弁当を付けても、1ヶ月は悠々と暮らせる。そんな上手い話があるわけないとは思いつつ、即座に依頼書をはがして確保した。


 ポーター職は他の冒険者と違ってなかなか稼げない。大店や上位パーティーと専属契約をしている人は別として、フリーのポーターは基本的に街の外に出られないからだ。


 街なかの依頼は報酬が安価だし、場合によっては割に合わない重労働のことも多い。何より、冒険心を満たせなくてすぐ飽きるのが最大の欠点かもしれない。


 それが、外へ出られる依頼な上に報酬もいい、と来たら飛びつくのが道理。しかも、これを機に専属契約してもらえるかもしれないのだから、多少の危険は覚悟の内だ。


『キリコ。君は聖女じゃないみたいだから好きに生きるといい』


 そうアッサリ言って、支度金を幾ばくか渡したあとバッサリ王家とは縁を切られた。そっちの都合で呼び出しておいて、こっちの世界のことをほとんど教えないまま文字通りのポイ捨て。――あれから強く生きてますよ。元の世界で25年も生きていれば、案外どうとでもなるものでした。


「あなたが依頼を受けてくれたポーター?」


 指定された待ち合わせ場所でこの半年を思い返していると、背の高い、赤毛ショートの女性に声をかけられた。少し吊り目の美人で、白い皮の胸当てが目を引く。


「……あまり持てそうには見えないな」


 小柄だと言いたいのか、童顔のせいで若く見られているのか。上から下まで眺めてそんなことを言う。


 依頼人との顔合わせは、何度経験しても緊張する。笑顔で対応していたら舐められてばかりだったから、表情はやや固めで、自信のある受け答えを意識して行う。


「見た目に似合わずたくさん持てますよ」

「大容量マジックバッグは持ってるのか?」

「もちろん!」


「ポーター歴は?」

「半年ですが、冒険者ギルドからは銅1級をもらっています」


「ポーターで銅1級? じゃあ自分の身は自分で守れるってわけか」

「はいっ、安心してお任せください!」


 納得してくれたのか、実際に見ればいいと思ったのか。依頼人は「そうか、期待してるよ」と軽く笑って手を差し出してきた。その手をガッシリ掴み、私も笑顔で応える。


「フリーのポーター、キリコです」

「ステラだ。冒険者ランクは銀2級。普段はソロで活動しているんだが、今回は少し遠出したくて募集をな。よろしく」


 翌日、宿屋の一室で落ち合ったステラが、興味深げに背中を指差した。


「それ、あなたのだったのか」

「これですか? こう見えてマジックバッグなんですよー」


 異世界召喚されたときから寝食を共にしている私の相棒、〈タンス〉だ。


 肩より拳1個分はみ出るくらいの幅で、丈は肩から腰のあたり。奥行きは、肘から手首くらいだろうか。元はもっと大きな5段の桐箪笥だったのが、こちらの世界では持ち運びしやすい幅の3段サイズに縮んでいた。


 初めは、もっと他にあるだろうと否定的な気持ちで見ていたけれど、祖母からもらって愛着があったこともあるし、今では一緒に召喚されてよかったと思っている。


「それで、ステラさんのお荷物は?」

「ここにあるもの全部だ」

「ぜん……ぶ?」


 部屋の中を改めて見回す。

 ベッドには、キッチリたたまれた衣類の山が3山。丸テーブルには、防具類が4揃いとロングソードが3本あった。


 定宿としてるにしても物が多い、という感想もあるが、どう見ても5日分の着替え量ではない。いったい1日に何度着替えるつもりなのか。それに防具類と武器が複数あることも気にかかる。


「荷物に関する質問は受け付けない。あとで嫌でも分かることだからな」

「……分かりました。依頼は依頼です」


 浮かんだ疑問は全て飲み込んでタンスを下ろした。


 中段を開け、その黒い空間へと次々にしまっていく。ちなみに、食材や調理道具を上段、私の着替えやお金を下段に入れている。トータルでかなりの重さになるが――


「軽々と持ってくれるね。頼もしいよ」


 一般的なマジックバッグと違い、タンスは重たくならないので助かっている。まぁ、〝私が持つ分には〟なのだけれど。


 準備が整ったところで北門へ向かうと、顔見知りの門番がいた。


「お、タンスのねーさん。今日は珍しくパーティー組んで外出かい?」

「んっふっふーん。いいでしょー?」

「そいつぁーよかった」


 朗らかに笑って、門番がステラに顔を向ける。


「お連れさん。この人、シッカリしてるようでポヤポヤしてるから、その辺のフォローおねがいします」

「ちょっ……なんてこと言うのよ」

「そうか。善処する」

「ステラさんまでー」


 門番に手をふり、街道に出る。少し進んだところで、前を歩いていたステラが振り返った。


「知り合いか? ずいぶん親しそうだったな」

「この街に来たばかりのころ、すごくお世話になったんです」


 物価の高い王都から逃げるようにこの街へやってきてすぐ、私は財布をスられた。それを取り返してくれたのが、そのとき見回り番をしていた彼だった。いま居候させてもらっている下宿も彼の紹介だし、ポーターを始めるキッカケをくれた上に独り立ちするまで世話を焼いてくれたのも彼だったりする。


「あの人が居なければ、今ごろ路頭に迷っていたかもしれません」

「なるほど。それは大恩人だな」


 目をほそめるステラに、私は大きく頷いた。


 街道を行く道すがら、今日の予定を確認し合う。


「森までは半日ちょっともあれば着くが、進入前に野営しようと思う」

「戦闘はステラさんおひとりなんですから、シッカリ休憩も取らないとですね」


 街道の周辺は草地のまばらな平原だから、魔物との遭遇率はそれほど高くない。だけどそれは道を外れなければの話だ。森での疲労度に比べれば大したことはないかもしれないが、ポーターの私では戦闘の役に立てないのだし、休息は多めに取ってくれないと逆に困る。


「休憩か……」


 複雑そうな顔でステラが呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月26日 21:00
2025年12月27日 21:00
2025年12月28日 21:00

聖女じゃないとポイ捨てされたのでポーターとして生きていきます あずま八重 @toumori80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画