マーベリスト––––奇跡人

KYo太60♪

第1話

 ––––––––あの日、暗闇の中、眠れなくて眺めていた光る螺旋のフィラメントを今でも思い出します。アナタと共に過ごしたひと時は今でも私の瞬きなって。

 

 少年は雨上がりの露しとど濡れつつ側壁が狭まる路地を走っていた。

 空は暗く濁り灰色の厚い靄が建ち並ぶ外壁により視界が狭く映り込んでいる。

 いつかあそこに届こう。

 太ももの筋肉を早く早くとできるだけ上に向ける感覚で動かし彼は思う。しかしそんな思いはすぐに背後から迫る醜態な存在によってかき消されてしまった。

 少年が今現在、もっとも憎むべく存在である『魔術Magic武装Armament同盟Confederation』––––––––通称『MAC』に追われている。

 狙われている原因なんてのは忘れてしまったと思った方が気楽でいい。

 と、言うのは自分を偽装するためのコンセプションみたいなものだ。

 いうなれば、とある目的を達成するため明確なヴィジョンを描いて実行に移しやすくする理念のよう。

 卓越した肉体は日々鍛錬を折々とこなしてきた証といえてそれなりに俊敏な動作を可能とし迫りくる障害物や弾丸をさらりと避けさせた。

 彼を撃ち殺そうとした証拠である銃痕がなぜ『MAC』が少年をつけ狙うのかをこれから物語る。それは魔術で錬成されし土魔ドマによって作られた人工的魔術式拳銃––––––––メタリックリボルバーが火を吹いているのだ。いや、実際には高度な土魔ドマにて鉄を召喚してそれを円錐に形を固めて火魔カーマを操り小さな爆破を行うダブルインパクトという二連魔法を仕掛けているのだ。

 あぶね。

 逃げている少年は頬から血を滴らせる。

 世界は混沌に満ち溢れていた。

 人々は欲に飢えてその殻の壺を満たすためにわざわざ大量の水を注ぐ。それにヒビが入っていることを知らずに……

 金、性欲、貧困、差別、暴力など争いの火種は様々な小さなところから始まった。そして世界は力を求めるようになった。

 太古の技術を探して漁り探求した。それが錬金術。

 さまざまなものを合成し練り上げる。それを爆誕させる者たちのことを錬金術師アルケミストと呼んだ。

 しかし、錬金術には多くの物質が必要だった。

 愚かにもそれを面倒くさいと思った輩がいて隠れ潜む誇り高き一族達に声をかけた者達がいた。その後、彼らは血で彼らと契約してとある技を身につけた。それが魔法である。扱える者達は魔術師マジシャンと呼ばれた。

 世界は大きく二つの勢力に分かれた。

 それが錬金術師アルケミスト魔術師マジシャンの二大勢力だ。

 二つの勢力は互いにぶつかり合い互いに殺し合った。

 元来、人を幸福にするはずの錬金術と魔法はその使い道を誤った方向へと姿を変えたのだ。

 争う術を持たない者はなにを呪えばいいのだろうか。

 そんな中に錬金術でもない魔法でもない別のなにかを扱う者がいた。強いて言うなら両方を扱えるのだろう。

 そしてその者はどの勢力にも属さずにただひとりで歩いていた。

 世界は疑問に思った。

 なぜ、錬金術を扱いながらにして錬金術師アルケミストにならないのか。

 なぜ、魔法を使えるのに魔術師マジシャンにならないのか。

 答えは簡単だった。

 なぜなら、彼は魔術師マジシャンであり錬金術師アルケミストだからだ。


「ちげぇよ」


 いや、違った。


「投降しろ。大人しく投降すれば痛い目を見ずに済む」


 少年は囲まれている。


「投降だぁ?なんでそんなことすんだよバァカ」

「ならば、少しは現実を教え込んでやろう」


 『MAC』の構成員はメタリックリボルバーを構えた。

 少年の背後には涙を流すように断崖がそびえる。

 誰がどう見ても火山が噴火しない限りはこの場は凌げない。

 しかしそのような局面は果たして起こるのか。

 突風が亡者を冥府と天界へ誘うように吹き荒れる。

 錬金術と魔法を扱える者の答えはなんだ。

 引き金に指が添えられる。


「現実を書き換えるのが『奇跡』の力だ‼︎」


 少年はオリンポスの神の力を手にした奇跡人マーベリストだった。


 ドッカァァァァン‼︎

 これが天雷であるならば雷光が走るはずだがそれがない。

 その場の者達は慄く。


「‼︎……なんだ、雷魔ライマか––––––––」


 リーダー格のひとりが状況を判断して陣を走らせようとするが、


「違うね、これは魔法なんかじゃあない」

「なんだと……」

「これは『奇跡』。さっきも言った通り、現実を統べる想いの力。愛と勇気のワクワクだー!」


 意気揚々と少年は叫んだ。

 閑散とした静けさがその場に広がる。

 『MAC』の部隊はリーダー格の男の指示を待っているようだ。


「……まあ、なんだ。それは……厨二という病の一種であり天才故の狂気みたいなやつなのかな」


 大人らしい発言にどこか触るところがあったらしく、


「ちっげぇぇよぉぉぉ!オレの技術はそんなんじゃねえの!ちゃんと研究して愛とか表面するの‼︎」


 格言が発せられたような気がします。

 しかし、そんな発言で敵は会話というものを諦めたようで、


「そうか、ではあの騒音はただの偶然だったってことで……全員、発砲準備OK?」

「Yes サー‼︎」


 先程と状況は変わらなくなった。


「フン、まあ、そうなるよなぁ––––––––」

「撃て」


 バン‼︎

 銃声が鳴り響く。


「そして––––––––」


 数秒前・・・・・・

 どこかの奇跡人マーベリストが叫んでいる間にどこかの山で噴火が起きた。そして地震が起きている。

 ズシ!

 怪奇現象が巻き起こるなどと誰が予想したであろう。

 実際にはその場にいた小動物や水辺の生き物達は気づいた。

 振動が伝わり地面が揺らぐ。それはいずれ蟲の軍隊を散らして、木々の木の葉を踊らし川を波打たせて地面にヒビを入れ込む。やがて『MAC』の構成員の指先まで振動が伝わり銃口を揺さぶった。

 ビュン!


「あぶねー」


 少年は全ての弾丸をかわしたのだった。


「なんだと!」

「見たか!これが『奇跡』の力だ‼︎」


 それと同時に玉を投げた。

 ボワ!

 白煙が周囲を深い霧のように覆う。


「フン、小賢しい真似を」


 リーダー格の男は宙に魔法陣を描いた。

 レイコンマ一秒で発動できる火魔である。

 ブオ!

 熱波を辺りに撒き散らした。

 視界が良好になる。

 だが、それと同時に気づいた事があった。

 火山が噴火する事により起こる自然界の影響とはなんであろうか。

 ここは街から離れた荒野だ。

 近隣には村がある。

 もちろんのこと街に近いがためそれ相応の土地を有する暮らしがそこにはあるのだ。そして農業、漁港、放牧など多くの仕事をしている者達がいる。

 その中でも特に自然の災害に敏感な動物は……まあ、猫だ。

 家に住み着いている猫は災害が起きると大概は逃げるという。

 次に犬だ。

 犬の場合は忠誠心が強くその場に留まるだろう。

 なら、角の生えた蹄を持つ乳を出す獣ならどうであろうか。


「なんだ、アレはー!」

「牛だー‼︎」

「モオー‼︎」


 突如として牛が群れを成して進軍してきたのだ。

 人々はその第二の災害に呑まれてしまう。


「うわぁぁぁぁ‼︎」


 混乱の最中、『奇跡』と呼べる身技で牛にへばりついている人物がいた。

 少年––––––––奇跡人マーベリストだ。


「よっと。ヘヘッ、アデュー」


 動き続ける牛の大群の背に乗り奇跡人マーベリストはその場を後にした。


 途中、馬を乗り捨てて……牛の群れを乗り捨てて少年は曇天の空の下また歩き出す。

 先程とは違い歩道がなく途方もない旅路だ。

 だが、少年は迷いもなく足を動かした。

 なぜなら知っているからだ。

 この先になにがあるのか……

 世界は大きく二つの国によって形成されている。

 錬金術師アルケミスト達が治める『ペニタンス』と魔術師マジシャン達が治める『フォルトーン』という二大国が君臨していた。

 『ペニタンス』は主に東の領土を支配しており機械的で科学的な文明の発展に目覚ましい。

 一方で『フォルトーン』は自然豊かでさまざまな宗教が存在する一方で偏見が強く一部では偏った思想を持つ者が多くいる。

 そして両各国は互いに争い合ってはいるがその原因としては……


「どうでもいいんじゃね、そんなこと」


 少年は先程、襲いかかってきた連中のことを振り返り呟いた。

 時間としてはまだ、数分とも経っていない。

 彼の中にある思いとしては命さえあればどうでもいいのだ。

 そこへエンジン音と共に全地形対応車バギーが勢いよく走ってくるではありませんか。

 砂埃と同時にそれは少年の前に荒っぽく停止した。


「ここにいたか、ナキ」


 運転席から顔を出したのは肌が褐色の銀髪の若い女だった。

 ナキの服装はいたって一点を置いて目立つ雰囲気ではある。それは腰に刺した木刀である。それ以外は白いシャツの上に黒いガウンのジャケットを着こなしておりさらにその上に深い緑のパーカー付きのコートを着こなしている。そして動きやすいデニムのパンツを履いていてザラザラの地面もズサッと軽やかに踏み締めていく使い古した革靴を装備してた。

 これにピンクのショルダーバックを背負っているものだからちょくちょく街の保安官や先程の『MAC』という連中に狙われやすかったりするのだ。


「なあ、そのバッグ変えようぜ」


 女は言うが、


「ぜってぇ、嫌だ!」


 ナキは大事そうにバックを抱いている。


「だったら大人しく『MAC』や『AF《エーフィ》–6《シックス》』の奴らに捕まるか?」

「それもぜってぇ嫌だ」


 駄々を捏ねる赤子のよう。


「ならば身なりを整えろ。その長い髪も目立つ。切れ」


 きっぱりと女は助言をする。


「ドリスだって髪伸ばしてんじゃん」

「私は女だ」

「偏見だ!今の時代は男も等しく髪を伸ばす時代なのだ」

「だが少数だぞ」

「それは、有名な錬金術師アルケミストの中に長髪の野朗が少ないからだ。今やロングヘアがポピュラーな時代になるはずだ。それがなぜわからない。オレはこのスタイルで行っちゃうもんねー」

「……だったらせめてフードを被れ」


 ドリスの表情が曇った。


「あ、なんで?」

「上を見ろ」


 あんぐりとナキは天空を見上げた。するとそこには大型魔術戦空挺火魔法式––––––––ビックファイアフライダーが大空を飛んでいたのだ。

 それは『フォルトーン』が誇る魔法科学の結晶ともいえよう魔法兵器のひとつなのだ。

 カモメのように羽ばたく事なく羽を広げて滑空し続けその金属の巨体を自在に動かしている。


「フハハハハハハ!これぞまさに『奇跡』の力をも凌ぐ人類の叡智だ。さあ、砂利粒がハウスダストを蔓延させているようだがどう思う?」


 先程のリーダー格の男が独り言のように船内で問いかける。


「すぐに捕獲できるかと」

「捕獲ではない、これは殺戮だ」

「え?」

「いや、なんでもない。捕獲だ」

「はい、そうです」


 リーダー格の男はチロッと睨むと、


「違う、お前が言ったんじゃない、私が言ったんだよ」


 面倒くさいことを言い放つ。


「はあ」


 部下のひとりは呆れている。


「フフフ、では小僧。お返しだ。いたぶらせてもらうぞ」


 男は不敵に微笑んだ。


「でっけ〜」


 その頃、ナキは口をあんぐりとさせていた。


「冗談じゃないぞナキ。なにか考えろ。私でもこの状況はどうにかできない」


 ドリスは運転に集中していた。

 決して上空の敵から逃れようなどと考えていたわけではないが、ガソリンが切れないよう、さらには、主砲の的にならないようにとバギーのスピードの微調整を行なっていたのだ。

 これには並大抵の集中力を要することになる。


「なあ、ドリス。火山が噴火したのってどのくらい?」

「ああ?……かれこれ四十分程前だな」

「じゃあ、噴火が起きた時の山の大きさは?」

「ええと、アルキ山は約三百メートルほどだが……」


 少年は空を見上げ続けている。そこからなにが見えるのか。『ゾロアスター』が誇るビックファイアフライダーかそれともその上の雲かなのか。

 ナキの答えは……


「決めた!」

「どうする!」

「このままキラキラへ行こう!」


 少年はどこまでも澄んだ瞳をしていた。


「悪いがもっと具体的に」

「空を飛ぶ」

「ハアー‼︎」


 女は呆れる。


「異世界へ行くんだ‼︎」


 少年は琥珀色のなんでも見据えるような眼を輝かせていたのです。


「たく、なんでこんな時に……」


 女はさらに呆れ疲れていました。それでもハンドル捌きは卓越したものです。


「ニコを迎えに行こう。もうトマスには連絡してあるんだろ」

「トマスは受け入れるだろう。でもな、私の心の準備ってもんができてないんだよ!」


 そう言うのと同時にドリスは力強くハンドルを切った。

 全地形対応車バギーがドリスの意思により正常ですが側から見ると乱動な動きをしていた。

 無数の散弾から逃げているのだ。


「フフフ、逃げろ逃げろ……おい、飽きた。そろそろ一発当てろ」


 リーダー格の男は船内で命令をしていました。

 タイヤの激しい回転により砂埃が舞い踊っている。

 バギーはたくさんの主砲から格好の的かと思いきや……

 ピイィィィィン。

 ––––光魔コーマ・リフレクション

 レーザーの層が何層にも重なり壁となりそれが連なって球体としてバギーを覆う。

 銃弾を弾いたのだ。


「やはりな!持っていたな魔術師マジシャン兼、錬金術師アルケミスト!」


 リーダー格の男は発動されたこの世に唱える者は稀だとされる希術エンチャントを見て興奮している。


「これはタムタム––––––––全地形対応車バギーの元々の魔法だってーの」


 ナキは独り言を呟くように言う。


「アイツらぜってー面白がってると思うぜ。これによぉ」

「まあ、奇術エンチャントは扱える者が迫害を受ける地域が多いからな。『MAC』でも滅多にお目にかかれないんだろう」

「でもよ、これ、結構、疲れるぜ。いくらオレでももっとでっけぇのぶっ放されたら『奇跡』起こせねーって」

「……なら、自分の運を信じてろ」


 ドリスも独り言を呟くように言った。


「フフフ、大陸間魔術弾を装填しろ!」

「言い方、古いっすよ」


 大陸間魔術弾––––––––エクソキューショナーとは大型のメタリックリボルバーの弾丸のようなものなのだ。

 つまりは火魔カーマのエネルギーを大量に投入した大型爆弾でありその威力は一国をも滅ぼすともいう。


「装填に時間かかりますけどいいんすか、アイツらに向けちゃって?」

「構わん」

「生け取りって命令ですよね」

「そんなもん知るか。マーベラスだかマーベリックかは私の理解の範疇内だ、いいか、理解はしている。だかな、奴はこの私を愚かにも牛共の糞の寝ぐらにしたのだよ。生かす余地はなし。準備が出来次第即、殺したまえ」


 男の目は血走っていた。


「了解です」


 だるそうに部下は命令に従うそうだ。


「もうすぐアルキ山に着くぞ!」


 ドリスが眼前に流れる溶岩をとらえた。


「よっしゃ!全速全進でマグマに直行‼︎」


 ナキはゴーグルをかけてシートから立った。

 目指すゴールは目前に迫る。

 彼らの目論みは達成なるのか。

 バギーは爽快にエンジン音を轟かす。

 そこへ、


「ナキ、上を見ろ!」


 ドリスが異変に気づいたらしい。


「んあ」


 ビックファイアフライダーから巨大な先端が尖った円錐柱の鉄の塊––––––––エクソキューショナーが出現したのだ。それは人類が神の身技に到達したという証なのであろうか。

 全地形対応車バギーの何十倍もの大きさを誇っていた。


「フフフ、アッハッハッハッハ。どうだ小僧。恐れて慄いて言葉も出ないか。まあ、厨二病にはわからんだろうな、この偉大さがなぁ」


「打ちますよー。いいんですねー」

「やっちゃえ!」


 リーダー格の男は復讐できる悦びに酔いしれていたのです。


「エクソキューショナー。発射!」


 ガシャン!

 ゆっくりと落ちていく。ように見えるが、その実は早い。

 数秒前……


「アレ、使うか……」


 ナキはとろんとした目でそれを見た。


「おい……なに考えてるんだぁ……」


 ドリスは不安を通り越して怒りを露わにしそうだ。


「ちょっと疲れるけど……マグマから来てもらおう」

「・・・・・・」


 ドリスは運転をしているが項垂れている。


「ドリス?」

「ぶっ殺す」

「……聞いたよ」


 ナキはニヤリと微笑んだ。


「ニコと会えたとしても殺す」

「そん時な。今はできるだけ山に近づいて」


 そして落下する直前……

 ––––熔岩技術マグマスキル・イラプト

 傾斜がわかりやすく見える地面にナキは手を置いて噴火を引き起こす。

 ボコ!

 マグマが流れ出てくる。


「おい、この程度か!」

「まだ、増やすんだよ!」


 ナキはさらに錬成陣を念ずる。

 頭の中で全ての陣を熟知した者だけが描く事のできる錬成陣。

 自動的に陣が浮かび上がっていく。

 ––––灼光技術フィーバースキル・シャイニング

 小さな日の玉が爆誕した。


「うっ」


 それは太陽の輝きそのものだった。

 ナキはゴーグルをハイモードサングラスに変える。


「天にありしものよその身を大地に宿せ」


 呟くとそっと日の玉をマグマの中に埋めた。


「離れるぞ!」


 二人は一斉にマグマからバギーへ移動する。そして全速で後退した。

 ボゴ‼︎

 マグマが一気に火を吹いた。大海のように押し寄せる。


「よっしゃー!」

「喜んでいる暇はないぞ。アレが落ちる‼︎」


 ドリスの一声でナキは我に帰る。


「アッハハハハハ。死ねぇー‼︎」


 艦内ではリーダー格の男がクレイジーな様子で笑っています。

 エクソキューショナーは着弾まであと数キロ……


「飛っぶぞー!」


 ナキが叫びドリスがバギーのハンドルを握ってアクセルを踏んだ。

 ブォン‼︎

 巨大な鉄の塊は着地と同時に爆ぜる。

 ドカァァァァァン‼︎

 爆炎はすぐさま燃え広がった。

 その先にはマグマがある。


「大噴火だ!」


 マグマはナキが即座に生み出した土の防空壕の中に存在した。そして導火線のように緋い固まりが伸びていた。

 恐らく、防空壕の中には地下水が溜まっているであろう。

 そこに爆炎の急激な熱が加わりマグマ爆発を引き起こす。

 普通ならありえないだろう。

 だが、この少年は奇跡人マーベリストだ。

 すでにその能力を使っているのかもしれない。


「一応、聞いとくが……アレ、使ったか?」


 ドリスには信仰心はないがこの時、少しだけ神にでも縋るような思いで呟いたそう。


「殺さないって約束するなら––––––––」


 ドカン‼︎

 それは彼女が持っていた拳銃が発砲した音ではない。

 二人は現在、宙を飛んでいた。


「ヒャッホォォォォウ。殺した!殺したぜぇ。イェイッ‼︎」


 ブン‼︎

 リーダー格の男は歓喜に打ち震えたが一瞬よぎった影に気づく。


「!……ヒャッホーイ!イェイ」


 だが、それでも今の気持ちを大事にしたいようだ。


「うわぁぁぁぁぁ‼︎」


 二人は勢いよく天を目指していた。


「ニコ……今行くぜぇぇぇ」


 ––––––––死ぬことが幸福なの?それって酷くない。

 ––––––––私と来なよ。生きることがどういうことか教えてあげる。

 ––––––––ナキって言うんだ。へぇー死ぬって意味なの?だったら私がナキを笑顔にさせてあげる。

 ––––––––ナキのその髪の色、綺麗だね。まるでどこまでも伸びていく生命そのものみたい。

 ––––––––ねえ、ナキ……必ず迎えに来て……

 全てニコという少女からの言葉だ。

 彼女を取り戻すためにナキは空を超えて次元を飛ぶ。『奇跡』の力で……


「気張れよ、ドリスゥゥゥ!穴を開けるぜ‼︎」


 ナキは腕を突き出した。

 目いっぱい全力で前へ前へと風穴を開ける。

 愛しい彼女を連れ戻すため……違うそうじゃない。彼女と一緒の暮らしを手に入れるためにナキは奇跡人マーベリストとしての能力を開花させた。

 キュイィィィィン‼︎

 扉が開こうと……


「ダメだ……届かねぇ–––––––」


 扉は開いていた。しかし距離が足りなかった。

 月ってでっけーんだな……

 ナキ達はそのまま落ちていく。

 周りは蒼く見えた。

 落下する時にかかる負荷はドリスが全地形対応車バギー技術スキルを込めたので先刻とは違い重装工なバリアが展開された。

 あとは落下直後の衝撃だけだ。


「どうするナキ!……おい、ナキ!……ナキ‼︎」


 声をかけるが呆然としているようで動こうとしない。

 彼女は己の死を覚悟したその時だった。

 ポヨン!

 柔らかな食パンのようなものに包まれたのだ。


「!」


 そのまま食パンのクッションはしぼんだ。

 全地形対応車バギーはそのまま地上へと帰った。


「やれやれ、戻ってきましたか」

「トマス!」


 近くにはスティックを手に持ち丸いサングラスをかけた男がいた。


「来てくれたのか……」

「一応、成功を祈っていましたがもしもの事態を考えて用意しといたものが役に立った」

「はあ〜、助かったー」

「この事態を喜んでいいものがどうか……」


 トマスはそう言ったが、


「いいよ、それで……問題はコイツだ!」


 ドリスはひとりの男の首をとっ捕まえた。

 そして殴った。

 バキ。

 それでも少年は反応がない。


「いいか、このクソ野朗、最悪のケースを考えて行動しろ。そしていっぺん私に殺されろ」

「ドリス、落ち着いて。ここはすぐに隠れる事に専念しましょう。恐らく謎の落下物として我々は狙われると思います。その前に––––––––」

「ああ、わかってるよ。ほら自分をしっかりと保ちやがれクソが」


 ドリスは全地形対応車バギーのハンドルを握りエンジンを蒸す。


「では、エルヴィ国で落ち合おう」


 トマスは装甲二輪車へヴィーバイクにまたがりその場を後にした。

 エンジン音を鳴らしながら彼女達も別ルートで向かう。

 一方でナキはいまだに一言も喋らなかった。

 そんな彼を心配したのかドリスは一言かける。


「おい、奇跡人マーベリスト。お前もあんな感じの大人になれよな。そうすればもっとカッコよくなれるかもよ」

「……なあ、ドリス」


 なんだか初めて口を開いたような感覚であった。


「なんだよ」

「……寒い、暖めてくれない」


 ゴツ。

 鈍い音が荒野に響いたが気のせいだろう。

 ナキは頭を抑えている。

 ––––––––ナキは、大丈夫だよ。だって私のことだけを見ていればいいんだから。そうすれば嫌なこと全部忘れられるよ。

 ニコを思い出していた。

 そして彼女の肉体も……

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