第48話 使命 

 翌日彼らは王都に向かって旅立った。

 魔族を滅ぼした後、代わって魔になってしまった人々をどのようにすれば良いのか 彼らはまだ答えを持っていない。が、ここで手をこまねいている暇は残されていなかった。


「ヘリット、ちょっといいかい?」


 ヘリットは最後尾からとろとろとついて歩いていた。彼の斜め後ろからちょこちょこと獏男がついてきている。

 マイヤは少し足を止めてヘリットの横に来ると、歩調を合わせて歩き始める。昨夜から考え通しでほとんど寝ていないヘリットは、もうろうとしながらうなずく。


「僕は、葬られた記憶の館で埋もれた歴史の本を見た。そこには、人の心から魔を消すためには獏家の者が何かを喰わなければならないと書かれてあった」

「だから、それに関しては僕は全く思い当たるところがないんだ。喰う力なんてないんだし」


 寝不足もあって苛立ちを隠せないヘリットはぶっきらぼうに答える。

 一体何を喰えば良いんだ? 獏家の力には強い攻撃力は無いんだ。


「ライカが昨日言っていた事、一晩考えてみたんだ」

「え、あれからずっと?」


 ヘリットが改めて顔を見ると、マイヤの目にはどす黒い隈ができていた。


「ライカ、昨日何か言っていたっけ?」

「魔族が消えたら、俺たちも消えていくのかなって」


 人々の祈りが結集した夢見が魔族の力を制御させるために聖獣家を作った。魔族が消えれば、聖獣家も必要性が無くなる。もしかしてその逆もあるのかもしれない。


「俺たちが消えれば、魔族も消える?」


 ヘリットが大きく息を吸い込む。


「まさか――」


 マイヤが横にいない事に気がついたヘリットが振り返る。

 立ち止まっている彼の整った顔は真っ青で、じっとヘリットを見つめていた。


「筆頭聖獣が喰うのは、私たち四聖獣家ではないかと思うんだ」

「何を言っているんだ?」


 眉をひそめて首をかしげたヘリットだが斜め後ろの獏男の表情が固いのに気がついた。


「盾の配置を思い出してくれ。まるで四聖獣家を上から押さえつけるように、中央に獏家が入る円が配置されている。筆頭、には意味があったんだ。やはり獏家には私たちを統べる力が――」

「止めてくれ、そんなことがあってたまるか」


 ヘリットの声に驚いて前を行く四人が足を止めた。


「なんだ、お前らまた喧嘩か」


 顔をしかめてミホスが近づいてくる。


「ミホス、落ち着いて聞いてくれ。ヘリットが私たちを消せば、魔も――」

「マイヤ、何を血迷っているんだ」


 ヘリットが片頬を引きつらせながら、ミホスに食いつかんばかりにして叫んでいるマイヤの肩を掴む。


「そんなわけ――」

「あるんです。僕、あの図書館の古書で読みました」


 背後から暗い声が響いてきた。


「獏家には、四聖獣の心を無にする力が。ヘリット、あなたは自覚しているでしょう、デリットをマイヤの心の中で消滅させたとき、心の奥深くにある白い業火を手にしたことを。図書館の古書にはこう書いてありました。すべてを無にするあの火で焼き尽くして人の心を奪う事ができるって。その力を四聖獣家に使えば――」

「おいっ」


 何で黙っていた。ヘリットの目が怒りに燃える。


「だって、あなた混乱するでしょう。そんなことを知ったら、また逃げ出すかもしれないじゃないですか。それに、僕だって魔族を倒せれば使う必要が無い術だと思ってたから、黙っていたんです」

「なんで、獏には使えない術しか無いんだっ」


 ヘリットは獏男の胸ぐらを掴んでブンブンとふる。


「知りませんよ、夢見に聞いてください。でも、最後の罪を獏家が負うっていうのは決まっているんです。だからこそ尊敬されるし、筆頭なんですよ」


 気がつくと、ヘリットと獏男の前に他の聖獣家の面々が集まっていた。


「獏男、詳しく聞かせろ」


 鼻歌を消したライカがはぐれ聖獣に顔を近づける。脅しの言葉は無いが、全身から立ち上る龍の剣幕に獏男は消え入りそうな声で答えた。


「魔を殲滅したければ……、四聖獣家の心を喰えばいいんです」

「なぜ、俺たちなんだ?」

「強い攻撃力を持つ四聖獣の心の奥にも悲しいかな様々な欲が潜んでいます。ミホス、あなたには『力』の罪。自らの力を頼り、それで他者を服従させようとする欲求です」


 ミホスは唇を噛みしめる。


「もちろん、今のあなたはその力を充分に制御しています。だけど、あなたの根底にはそういう欲があるのです」

「否定はしない。力には浪漫がある」


 獅子王家の若き跡継ぎは目を伏せて首を縦に振った。


「シュリン、あなたは『みとめ』の罪の持ち手です」

「それは?」

「自分の価値を認めて欲しい、という欲求です。強い欲求は他者との間の諍いの種になります、しかしそれ以上に他者から認められることを望むあまり、その気持ちが満たされないと自分を卑下して劣等感にさいなまれます。それをこじらせると心の底で憎しみや妬みが生まれてしまうんです」


 シュリンはなにかはっとした表情を浮かべて口をつぐんだ。


「ライカ、あなたは『才』の罪です。才に陶酔しすぎて、他が見えなくなる。溺れすぎると善悪の区別もつかなくなります」

「そのせいで、この世から消えろと言われるのなら本望だぜ」


 ライカは龍の姿に変わると音量を抑えて、この世の弾き納めとばかりに他者には理解することの難しい曲を奏で始めた。


「マイヤ、あなたは名誉の罪です。『ほまれ』を重んじるあまり、倫理よりもあるべき体裁を保とうとする」

「その通りです。14才のあの日、鳳凰家の罪を引き継いでから、いつか獏家に命を奪われる日が来ると覚悟していました。鳳凰家の名誉を守るためならどんな犠牲でも払うといった妄念に囚われながら」


 四人の達観したような視線が獏男を見る。


「それがお前の使命なんだろ。これで魔が消えるなら簡単な事だ。白い業火とやらで俺たちの心を焼き尽くしてくれ」


 ミホスが胸を張り、ヘリットを迎え入れるように手を広げた。


「いいのよ、獏ちゃんそれがあなたの役目なら」

「天界でも、唄っちゃうぜ! 覚悟しろよ、天界の精霊たちめ」

「お前だけは、地上に送り返されそうだな」


 ミホスのツッコミに、妙に明るい笑い声が上がった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 ヘリットは皆を制するように両手を大きく振って、獏男の方を振り向いた


「じゃあ、獏男。もし僕が彼らを滅したとして、その後僕たち獏家はどうなるんだ?」

「獏は居ても居なくても別に何の戦う力も強い欲も無いので、そのままです――」


 無力だから、消失を免除される訳か。


「僕とお前だけ生き残るのか? そんなこと」


 顔を振りながらヘリットは後ずさる。

 できるわけがない。


「私たちがいなくなれば魔も消えるのは確かなの? 獏ちゃん」


 シュリンが涙目の獏男をのぞき込むようにして確かめる。

 何も言わずに獏男がうなずいた。


「じゃあ、いいじゃない。今は私たちが聖獣家を継いでいるから私たちを白い業火とやらで心を焼き尽くして抜け殻にすればすべてが片付くんでしょ、獏ちゃん」


 肩をすくめてシュリンがすべてを包み込むような表情で微笑む。悔しいけど、この上なく美しい。


「わかっているわ、ヘリット。罪をになうあなたが一番辛いって事を」

「遠慮するな。それが、聖獣家筆頭、獏家の役目なのだから」


 皆が声を合わせる。

 ヘリットは口をパクパクさせたまま、腰砕けになって地面に座り込む。


「で、できない、できるわけが……」

「勘違いするなよ、別に今すぐ命を奪えって言ってるんじゃない」

 

 ミホスがヘリットの両肩に手を置いた。


「いいか、ヘリットこれは最終手段だ。でも、魔族が手に負えず、いざそれしか取る方法が無くなった時、絶対躊躇はするな。機を逃したら人は滅亡する。聖獣家が代々守ってきたものをすべて失う方が、俺たちにとっては辛いことだ。そうだろう?」


 有無を言わさぬ迫力に、ヘリットは顎をガクガクしながらうなずいた。


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