第45話 成長


「ライカ、私が雨を降らせる。雷電は水を伝って走る。濡れたところを狙って落せ」


 マイヤは最後の力を振り絞って、黒雲を出現させると広範囲に雨を降らしてオーク達をずぶ濡れにした。そこを狙ってライカは落雷をお見舞いする。激しい電撃は水を伝わり広範囲のオーク達を根こそぎなぎ倒していった。

 オーク達の前進が止まった。

 しかし、これも時間の問題だ。すでに二人とも体力の限界に来ている。マイヤは飛んでいるのが精一杯ですでに風も雨も発生させる力は残っていなかった。


 力を持たない獏家の跡取りは、手をこまねいて離れた丘の上から戦いの行方を見守るしか無い。


「ヘリット――」

 

 突然、獏男の声が頭の中に響いた。


「今から行きますよお、寝てください」

 

 聞き慣れた間の抜けた声。条件反射でヘリットが意識を手放す。と、同時に思い切り突き飛ばされるような激しい衝撃を受け、彼は勢いよく前につんのめった。


「魔族の残党が王都に退却する前にできるだけ数を減らしておくぞ」


 ヘリットの背後から聞き覚えのある大きな声が響いてきた。

振り返ると、そこに居たのは黒いたてがみを振り乱した獅子王と真珠色の角を持つ一角獣。そして、その角にしがみつくようにして獏男が乗っていた。


「獏ちゃんを起こして、夢渡りしてもらったの」


 獏男の頬に赤くシュリンの唇の形が残っている。僕が呼んでも寝ていたくせに、これで目覚めたのか。ヘリットの冷たい視線に気がついたのか、ばつが悪そうに獏男はたてがみに隠れるように身を伏せた。


「俺が加勢するぜ。二人とも少し休め」


 叫ぶよりも早く駆けだしたミホスはオーク軍の前面に躍り出て、口から激しく炎を噴出した。その火力は旅立ったばかりの頃に比べて格段に大きくなっており、炎は彼の思うがままに踊った。オーク達の持った弓矢は炎が燃え移りことごとく灰燼と化していく。


 その隙に後方に退いた二人にシュリンが快復の術を施した。二人とも少なからず矢傷を受けていたがシュリンの手から出た柔らかい真珠色の光に包まれるとみるみるうちに傷は癒えていった。


「ありがとうシュリン。けっこうな痛みだったろうけど、大丈夫?」


 目を輝かして元に戻った右羽根を振りながらのマイヤの言葉に、シュリンはにっこりと微笑む。


「ええ、それほど苦しくなかったわ。私も成長しているみたい」


 弓矢を失ったオーク達は、剣を引き抜くとこちらに向かってきた。

 四方から囲まれたミホスは炎を吐いて相手の攻撃を防ぎながら縦横無尽に位置を変え、高速で回転して舞うように長い剣を振る。その勢いの激しさに、剣に触れたオーク達は飛び散るように切断されていった。

それは、あの葬られた記憶の館で炎人に囲まれた時にミホスが編み出した技だった。


 しかし、さすがのミホスも敵の余りの多さに肩で息をし始める。彼はいつの間にかオークの群れのまっただ中にいた。彼を中心として、そこだけぽっかりと大きな円ができている。


――ミホス、戻れ。


 ミホスの頭の中に突然ヘリットの声が響いた。


「戻れって言っても、お前……」


 周囲はすべて敵に囲まれている。マイヤやライカが助けに来たとしても、下降してくる途中でたちまち剣や槍の餌食になる事は確実だ。退却しろと言うのは簡単だが、できるはずがない。


――僕を信頼して、任せて。


 ミホスの脳裏にチラリとヘリットの姿が浮かんだ。

 ヘリットは来いとばかりに手を差し伸べている。

 夢渡りしろということか。しかし、先ほどとは違う。精神が統一できて、相手に心を預ける余裕の無いこの状況で、そんなことできるはずがない。実際、ミホスの剣の振りが一瞬でも遅れたら、円の中に入り込んできたオークが彼の身体をズタズタにするだろう。


「冗談じゃ無い。ヘロヘロ獏に、俺の命を預けられるわけが……」


――ミホスっ!


 目を見開き、必死の形相でヘリットが叫ぶ。

 この状況で決断しろと!? それも命がけの決断を。

 無理――いや、俺はできるはずだ。


 即座に否定したのは心の奥にいるもう一人のミホスだった。

 記憶の館での炎人との戦いが蘇る。

『あなたは自分が思っているほど愚かではありませんよ』

 精霊の言葉を思い出し、ミホスの心の奥深くから熱くたぎった感情があふれ出す。

ヘリットは毒酒にやられた俺たちを守ってくれた。雪山では賢明な判断をしてくれた。あの図書館からライカを救った――。

 ちくしょう、ののしりながらも俺は本当は奴を信じて、いや尊敬していた。


「ええい。お前に俺の命をくれてやるっ」


 ミホスの心が剣から離れ、ヘリットと通じた。

 回転していた剣が止まった瞬間、オーク達はミホスに向かって一斉に刃を突き出す。

 だが、彼の居たはずの場所には幾重にも交叉された刃があるだけだった。

 首をかしげるオーク達だったが、これで進行を遮るものは無くなった。彼らは聖獣家の一団に向かって刀を振り上げ奇声を上げて突進した。


「よし、これで全力をだせる」


 ミホスの時間稼ぎで英気を取り戻したマイヤは天の底が抜けたように雨を降らす。そして一撃ごとに視界をまばゆい光で奪うライカの強烈な雷が絶え間なく炸裂した。

 それはどれくらい続いたであろうか。

 いつの間にか、広い街道にはオークのなれの果てである黒い灰が積み重なり、彼らは姿を消していた。


「ずいぶんやっつけたな」


 ヘリットの横に居たミホスは天空から降りてきたマイヤとライカを両手を広げて迎える。


「二人のおかげだよ」


 マイヤは柔和な笑みを返した。


「シュリンの力も増しているし、俺たちなんだか成長してるよな」

「これだけ冒険してきたんだ、当たり前だぜダッダッダダダダ――」


 耳をつんざくライカの演奏。皆、耳を塞いで音を軽減しながらも、自分たちそれぞれの成長を実感してにこにこしている。

 この二人以外は。


「ねえ、ヘリット。僕たちも成長してますかね?」

「さあ……」


 未だ夢語りと夢渡りぐらいしか実用的な術を持たないヘリットは、楽しそうに盛り上がる聖獣家の四人を横目で見ながら首をかしげた

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