医療系異世界転生モノを書いたら「意味が分かると怖い話」になった件

青羽真

この物語には禁忌が含まれています

 俺はチートスキルと共に転生した。このスキルを使って異世界で大活躍するぜ!


 ――と言っても「万物を斬れる」とか「無敵の防御力」みたいな戦闘系の能力ではない。

 考えてみてくれ。平和な世界で特に取柄もなく生きてきた俺みたいな人間が、突然戦闘で大活躍なんて出来るはずがない。スキルを使う前にあの世行き、なんて展開になり兼ねない。


 それどころか、地球には無かった感染症で倒れるかもしれない。井戸水で腹を壊してお陀仏なんて可能性もある。

 だから俺は医療系のスキルを欲したのだ。具体的には〈検査〉と〈製剤〉というスキルを手に入れた。


〈検査〉

 様々な検査を行う事が出来る。

 正常なのか異常なのか、不足しているのか超過しているのか、一目で簡単に分かる。


〈製剤〉

 様々な製剤を生み出す事が出来る。

 また、適切に投与する事が出来る。


 これらのスキルは、医者でも看護師でもないド素人の俺でも使いこなせるよう、超親切設計になっている。早速、異世界で活躍するぜ!



 結論から言うと、俺の作戦は大成功だった。


 初めて訪れた村ではとある疫病が流行っていたんだ。

 若い女性が赤ん坊を抱えて泣いていた。赤ん坊はぐったりとしており、皮膚が乾燥している。


「私の赤ちゃんが……どうして……」


「どうかされましたか?」


「あなたは……?」


「しがない旅人です。少し診させてください。スキル〈検査〉!」


―――――

血液検査:

 BUN/Cr比25(脱水状態である)

便PCR法:

 コレラ菌を検出

―――――


 なるほど、脱水か。そういえば「子供の死因(世界)のトップ3に下痢が入っている」と聞いた事があるような気がする。スキル〈製剤〉、この子の為に薬を!


〈検索に失敗しました。指示が曖昧です〉


 む。流石にこれは無理だったか。それじゃあ、脱水を防ぐ為に綺麗な水をくれ!


〈脱水で検索……該当アリ。生理食塩水、乳酸リンゲル液、……〉


 そうか、脱水には真水よりも塩水の方が良いよな! ナイスだ!!

 生理食塩水を出してくれ!


〈投与方法を選択してください。 点滴・経口〉


 点滴も出来るのか?! じゃ、じゃあ、点滴で。

 俺がそう念じると、どこからともなく点滴セットが出現し、赤ちゃんに生理食塩水を与え始めたのだ!


「ひいっ! こ、これは……?」


「この子は綺麗な水を欲していました。だから綺麗な水を体に入れています。他にもこのような子がいるなら、教えてくれますか?」


 こうして下痢と脱水で苦しむ子供達を生理食塩水で救ったんだ。

 さらに井戸水を介してコレラ菌が広まっていると突き止め、公衆衛生の考えを広めたのだ!



 また、ある日のこと。一人の少年が泣きながら俺に話しかけてきた。


「お医者様! 僕のおじいちゃんを助けてください! お願いします!!」


「どうしたんだ?」


 少年に手を引かれ、俺は病人の下へ向かった。

 そこでは60歳くらいのご老人が寝込んでいた。見るからに顔色が悪く、目は黄色くなっている。歯茎から血が出ており、手足には内出血が見られる。

 重篤そうだ……。俺が何とかしないと、スキル〈検査〉!


―――――

バイタル:

 意識混濁

 38.2 ℃(発熱している)

血液検査:

 赤血球 200万 /μL(大きく不足している)

 総ビリルビン 4 mg/dLで破砕赤血球を認める(赤血球が壊れている)

 血小板 0.5万 /μL(大きく不足している)

―――――


 なるほど……さっぱり分からない!


 いや、落ち着いて読み解こう。「赤血球が壊れていて、不足している」というのは、要は貧血状態って事だよな。実際、おじいさんの顔色は青白いように見える。

 赤血球っていうのは体中に酸素を運ぶ役割を担っている大事な細胞だ。それが不足しているのは危険だろう。


 そして「血小板が不足している」という記述。これが原因で、歯茎から血が出たり、内出血が起こっているのではないだろうか。

 血小板とは「流血を止める」役割があるものだ。それが不足すると、「血が止まらない」状態になるはずだ。


「おじいちゃん、治る?」


「分からない。だが、これで良くなるはずだ! スキル〈製剤〉、赤血球を補う薬と血小板を補う薬を!」


〈赤血球補充で検索……該当アリ。赤血球製剤(A型用、B型用、AB型用、O型用)〉

〈血小板補充で検索……該当アリ。血小板製剤〉


 なるほど、血液型を調べないといけないのか。

 そう言えば、アニメで「私、この子と同じ血液型なんです! 輸血には私の血を!」みたいなのを見たことがあるな。

 おじいさんの血液型を調べ、それ用の輸血を準備した。


〈投与方法は点滴でよろしいですか?〉


 血を口から食べても意味無いからな、点滴しか選択肢にないようだ。

 点滴でよろしい!


「わっ! こ、これは……?」


「それは輸血……。ゴホン。活力の源です」


 誰かの血を入れると言うと、怖がるかもしれない。そう思って俺は言葉を濁した。

 そもそもスキルで作った物だから、「誰かの血」ではないけどな! ……ないよね? 「実は誰かを犠牲にしており……」みたいな、意味が分かると怖い話的な展開じゃないよね?!


〈そんな怖い事しませんよ! 魔法によって生み出されています〉


 悪い悪い、変な疑いをかけてしまってすまない。


「顔色が……戻っていく!」

「すごい……!!」



 結局おじいさんは完治はしなかった。

 チートスキルとはいえ、限界はあるのだろう。


「助けられなかった、すまない。だが、力にも限界があるんです」


「謝らないでください! だって、真っ青だったおじいちゃんの顔が、こんなにも綺麗になったのですから!」


「!」


 そうか、何も「完治させる」事だけが医療ではないのか。

 綺麗な顔で最期の時を迎える、そのサポートをする事もまた医療なのだろう。





 なんて恐ろしい物語……。震えが止まれない……。

 以下、「意味怖」ポイントを解説





 物語後半の「貧血のおじいちゃん」の病気について。

 意識障害、破砕赤血球を伴う溶血性貧血、出血傾向などから、「血栓性血小板減少性紫斑病」が鑑別に上がる。確定診断には「ADAMTS13活性の低下」を追加で検査すべきだろう。


 さて、この病気のポイントはその名の通り「血小板減少」にある。実は、患者の血小板数が低下しているのは、ただ「足りないから」ではない。「使い果たしたから」なのだ。

 この病気は「血小板があちこちで固まる→血管が詰まって細くなる→すき間を通ろうとした赤血球が壊れる」というメカニズムで起こる。要するに、血小板の制御が効かなくなる病気である。


 血小板が大暴れしている所に血小板を投与したらどうなるだろうか? 大暴れ要因が増えて、もっと大暴れする事になるだろう。

 血栓性血小板減少性紫斑病において、血小板投与が【禁忌】なのだ。



 血小板を投与され、おじいさんはより重篤になっただろう。貧血がもっと進み、黄疸もひどくなり、大変な事になったかもしれない。

 しかし、それが露呈する前におじいさんは命を落とした。そこへ無理矢理赤血球を投与したから、見た目だけ顔色が良くなったというだ。


 なお、実際にこんな治療を行う事は無いので、本当に「顔色だけよくなる」なんて都合がいい事が起こり得るのかは不明。(作者としては、ここを指摘されることが一番怖い)



 なお、この病気の正しい治療法は、血漿交換である。また、免疫機能の抑制(ステロイドやリツキシマブ)を行う場合もある。

 血漿交換を出来れば生存率がかなり向上するのだが、異世界で行うのは難しいだろう。たとえ主人公が適切な医学知識を持っていたとしても、彼は救えなかったかもしれない。





 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 最後に一言、結論を述べさせてください。


「健康の事は専門家に聞くべし」


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