就活と魔女とハロウィーン

茂部壁 成

第1話

「Trick or Treat!」


「Happy Halloween!」



亡霊、魔女、メデューサ、ミイラ。

年に一度、街にモンスターが溢れ主役となる1日限りの祭典。



ハロウィーンの夜、結んだ髪がほつれ少しシワのできたシャツ。よれたリクルートーツに靴ずれを起こした踵。



下がった眉を眉間に寄せ、うつむきながら足早に去る亜衣の姿は、あるいは着飾りあるいはおどろおどろしい扮装をした群衆の中では意に反して目立ってしまった。



―いいな。私も去年までは見知らぬ人ともあんなふうにはしゃいでたのに。―



「うわこんな時間まで就活かな。カワイソー」


「いやいや流石にないって。地味ハロウィンでしょ。じゃなきゃ場違いすぎて通らないでほしいまである」


「あーね、【くたびれた就活生】の仮装。クオリティたかーい」



嘲りの色を含んだ笑い。



嫌になる。


嫌になるがここを通る数分だけだと自分に言い聞かせ、亜衣は引き結んだ唇をぐっと噛みしめる



―場違いなのは私が一番わかってる。


わかってるから、放っておいて。―



「あ、居た!やっと見つけた!」



嬉しそうな待ち人を見つける声も普段なら気にならないのに、今日はやたらと亜衣の耳に障るらしく、ヒールの音が荒なる



「ねぇ、まって!」



不意に肩に触れられる感触。亜衣は目を見開き、振り払うかのように振り返る



「やっぱり!去年助けてくれたお姉さん!覚えてないかな、私去年ここで同じ格好で居たの。」


「――靴擦れした上神父の格好した人に絡まれてました?」


「そう!その絡まれてた魔女!良かった覚えてくれてて。」



嬉しそうに目尻を下げ、箒を抱える魔女。

亜衣はその時、見てみぬふりも後味が悪いからと友人のふりをして割って入ったに過ぎなかった。



「ね、こっちでお話しましょう。お礼もしたいの。」


「お礼なんて、大したことはしていませんし」


「それでも私は助かったもの。急いでるならほんの少しだけでいいから。」


そっと手を取り伺いを立てる魔女。レミと名乗った彼女は縋るように亜衣の顔を覗き込む。


亜衣はすでに帰るだけなので急ぎの用事はない。しかし



―帰りたいな。


疲れてるし、靴擦れ痛いし。


場違いだし。―




「靴擦れ、治療させてください。あと、できたらおそろいの格好でお茶したいなって。」



小声のはずなのに、嫌に耳に通る声。

レミの誘いは、不思議と帰るの一択だった亜衣の思考を霧の向こうに誘う。



繋がれた手から暖かな“何か“が、体をめぐりじくじくと痛んで辛かった靴擦れの辺りで痛みを和らげた。



そんな不思議も、疲れも、気にならないほどになぜかレミの目から視線を外せなくなる。



「ね、魔法をかけさせて?」



そう言うと、レミは優しく亜衣を人目のない所へねだるように連れ出す。





年に一度のおどろおどろしい賑やかな宴の夜。


冷たくなり始めた風も、まだ残る残暑には心地よい。




二人の魔女が月明かりに照らされて空を泳ぐ。


これはこの日だけは許される、この世ならざる者と人間の交流の一幕。

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就活と魔女とハロウィーン 茂部壁 成 @mofutooshi

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