第9話 神社

◇◇◇


 長い石造りの階段をようやく登りきった僕とソラを静かに出迎えたのは、遠目に見た通りの、朱色の塗装が剥げかけた大きな『鳥居』だった。その両隣には一対の狐を模した石像が向き合うように鎮座している。


「……ここって、稲荷、神社……だよね?」


 狐の石像に挟まる格好で鳥居の下で大の字で寝転がったソラがポツリと呟いた。僕は僕で、背中に感じるひんやりとした石畳の感触を味わいながら、「だよな」と応じる。


(──って、稲荷神社ってなんだよ! ここは本当に異世界で間違ってないよな!?)


 ソラには悪いが、もうすべてがどうでもよくなってきた。自分が思い描いていた異世界の理想と現実が、どんどんかけ離れていく。


「いでよ! 聖なる剣、エクスカリバぁああああーっ!」

「………………………………突然何?」

「ごめん……何となく言ってみたかっただけです……忘れてください」



 とりあえず気を取り直した僕は、ソラと共に一礼してから鳥居をくぐった。すでに鳥居の下で寝転がるという罰当たりな行いは取り消せないので、せめてこれからは、日本の神社参拝の作法にならい、石畳の道沿いを進むことにした。


 ちなみに鳥居の中央は神様の通り道となっているので、参道の真ん中を堂々と歩こうとしたソラを慌てて促し、改めて右端に沿って境内を進む──と、ここまでは巫女がヒロインのラノベから得たうろ覚えの知識だ。それが合っているかどうかは別として、ここに祭られているであろう神様? に対しこれ以上の無礼は禁物。異世界の神様ってリアルに存在しそうだし、ここだと稲荷だけに『狐』の神様、かな?


「それにしても、まんま日本の神社だよな? それもかなり大きな──」


 あちらこちらに立派な建物があるし、しかも下の廃墟と化した街中とは打って変わって、すべてが原型を留めていた。まるでここだけは後世に残したいという、民俗的な意図があるようにみえる。


 例えば歴史的価値があるとか?


 そう言えばアライグマさんが言っていたような気がする──ナカビトゾクの神殿があるとか何とか……もしかして、この神社がそうなのだろうか? 


「ソラ、あの奥にある大きな建物が本殿じゃないかな……ちょっと行ってみない?」

「ホンデン?」

「そう。多分ここの神様が祭られてる場所だと思う」


 僕らは境内の鳥居をくぐり、この神社で一番立派な外装をした建物に向った。ソラはゆっくりとした足取りで僕の後をついてくる。幸いなことに神社の境内は誰かが定期的に管理をしているのか、綺麗に整備が行き届いており、下の街と違ってかなり歩きやすい。あそこは歩く道でさえも草がボウボウだったし、建物の瓦礫やらで常に足元を注意しなくちゃ危なかったので、進むのは本当に苦労した。




「……扉、開かないね」

「うん……どうしよう……」


 本殿の扉は固く閉ざされていた。まあ当然だ。ここは神社の最奥、聖域。やたらむやみに中に入れるはずがない。一応、中に誰かいるかもしれないと、扉の外から「こんにちは、誰かいませんか〜」と大声で呼びかけたり、どんどんと扉を叩いてみたりもしたが、無反応。ここまで誰一人にも出会ってないのだから、今さらか。


 さて、これからどうする? まさか扉を叩き壊すわけにもいかないし。


「ソラ、とりあえず今日はここまでにして、休める場所を探そう……って、何やってるの!?」


 振り返れば、ソラがどこから持ってきたのか、ヨイショと大きな石を持ち上げ、扉にぶつけようとしている真っ最中だった。僕はそれを寸前で押し留める。


「え……これから扉を壊すんじゃなかったの?」

「いやいや、流石にそれはマズイって! とりあえずその石はそこに置こうか」

「……うん。そうする」


 ドスンと、石畳の上に大きな石が無造作に置かれた。これで修道服を着た女子高生が神社本殿の扉を破壊するという惨劇は何とか事前に回避できた。


 その石を元あった場所に戻そうと持ち上げてみて、かなりの重さに驚く。彼女、見た目はかなり華奢きゃしゃなのに、意外と力がある。これからケンカをする時は気をつけようと、僕は身震いした。




 空が鉛色に変わり始め、そろそろ日が暮れてきた。スマホの電源を入れ動作を確認する。相変わらずネットには繋がらないが、他のツールは問題なさそうだ。ちなみにバッテリーは残り30パーセント程。これから大事に節約しないといけない。暗くなるとスマホのライトだけが頼りとなるが、いずれそれも使えなくなるだろう。確かソラがモバイルバッテリーを持っているとか言ってたよな、後でそれを見せてもらおう。


「ソラ、さっきここに来るとき境内で水が出てるところを発見したんだ。飲料水としては分からないけど、身体を拭くくらいなら出来ると思うよ」

「そうなの!?」

「うん。遠くでチラリと見ただけだけど、こういう神社には、手水舎てみずやの他にも湧水とかがあるのが普通だから」

「てみずや?」

「そう、手水舎は参拝するときのために手とかを清めるために使う水だから、流石にそこで身体を洗うわけにはいかないけど」

「……本当にユウは色々と物知りだよね。私、感心しちゃう」

「そ、そう? 別に大したことじゃ……」


 今更、巫女さんラノベで仕入れた知識とは口が裂けても言えない。


「と、とにかく今は日が暮れる前に今夜泊まる場所を確保しなきゃ」

「うん……そだね」


(……あれ、何だかソラの様子が変だぞ? 一体どうして……あっ?) 


 ここで僕はある重大な事実に気づいてしまった。


 異世界生活二日目にして、今度こそソラと二人きりで夜を明かす、ということに──

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