魔法少女の屑拾い
浜彦
第1話 屑拾い
『ちょっと唐突だけどさ、グリムダークって言葉、知ってる?』
「こんな状況で、いきなり何言ってるの、イズモさん」
ザザッ、とイヤフォン から、気だるげな女の声が流れてきた。
『いやー、緊張してるかなって思ってさ。雑談でもしようかと』
「別に。こうやって一人で遺跡を探索するのも、初めてじゃないし」
『つれないなあ。せっかく可愛い顔してるんだから、もう少し愛想よくすれば、もっと人気出るのに……君、同い年の友だちいないよね?』
「……一人で静かに過ごす時間のほうが、私は好きだから」
『ふーん?ま、そういうことにしておこうか。君の人付き合いの悪さはさておき――話を戻そう』
イヤフォンの向こうの女性は、一瞬言葉を切り、そして声のトーンを落とした。
『グリムダークとは――遠い未来、凄惨な闇の中には戦争だけ、ってね。なんだかこの街にぴったりだと思わない?』
「はあ。闇か」
私は、闇が嫌いだ。普通の人間が指一本見えないほどの暗さでも、目の奥に刻まれた術式を起動すれば、何とか見渡せる。それでも嫌いだ。滲み出し、染みつき、足元に見えない泥のように纏わりつく、この闇が。
『そうそう。それに――終わりのない戦争。今も街を襲い続けて、廃墟を量産してる怪人たちを思えば、ずいぶんおあつらえ向き言葉じゃない?』
「こんなに嫌な話なのに、どうしてイズモさん、ちょっと楽しそうに聞こえるの?」
『ふふっ。分かってないね。グリムダークって言葉には、特別なロマンがあるんだよ。強いも弱いも関係なく、すべてが等しく消費される世界観。滅びかけの王朝、とうに時代遅れになった
「……はあ」
正直、私にはイズモさんが何を言いたいのかよく分からなかった。
まあ、どうでもいい。そもそもイズモさんは、気まぐれで空気も読まず、思いついたことをそのまま口にする、社会性がちょっと足りない人だ。
……いや、分かっていて、わざとやっている可能性もある。この人なら十分あり得る。
いずれにせよ、今は任務中だ。
これ以上、深く考えている余裕はなかった。
首に嵌められた金属製の首輪を軽く押さえ、私は声を潜めて言った。
「そろそろだよ。イズモさん、雑談はここまでにしてください」
『はいはーい』
無線機からの声が途切れたのを確認し、錆びついた壁に背を預けながら、私は慎重に頭を出し、通路の奥を覗き込む。
そこに、部屋があった。
粘り気を帯びたような闇が、まるで生き物のように広がっていく。鼻をくすぐるのは、非人間的な魔力の
魔法によって強化された神経が、しきりに警告を鳴らしてくる。
あの部屋には、何か忌々しいものが潜んでいると。
「ふぅ」
私は装備の確認を始めた。
可愛さは――最低限。
飾りはほとんどなく、黒を基調とした簡素なバトルドレス。短めのスカートにブーツ。袖口にあしらわれたレースも、ほんのわずか。いくつかの縁取りには、控えめな紫のラインが走り、
嫌気を振り払うように深呼吸を一つ。私は拳銃を構えて、闇に身を投じた。
錆びたスチームパイプ。床には骨か何かも判別できない破片が散らばっていた。心臓がドクドクと脈打ち、自分の呼吸音がこの闇でやけにうるさい。
「っ」
一気に部屋へと突入する。
銃を構え、左右をチェック。
視界クリア。
敵影なし。
「……ふぅ」
私は銃を少しだけ下ろした。そして、あれはそこにあった。
ターゲット。
淡く青い魔力を纏い、まるで開く直前の
――泥に染まらぬ。穢れた空間に咲く、小さな奇跡。
私は唇を舌で湿らせ、記録術式を起動する。
「こちら魔法少女『スペードエース』。ターゲットを回収する」
その時だった。
何かが震えるような音が、耳に飛び込んできた。
「っ!」
私は即座に銃を構え、来た道――入口の方へ銃口を向けた。そこには何もいない。ただ虚ろで、果てのない闇が広がっているだけだった。にもかかわらず、
「……っ!まさか!」
反射で私は銃口を天井へと向けた。
――天井が、爆ぜた。
直撃を避けられたのは、魔法で強化された神経と、骨まで叩き込まれた訓練のおかげだ。
「怪人っ!」
重装甲を纏い、頭に二本の角を生やし、黒ずんだ汚れのついた巨大なモーニングスターを握る敵。咆哮を上げながら迫ってくる。
オーガ型。下手すりゃCランク、悪ければBかもしれない。
「くっ!」
私は歯を食いしばり、引き金を思いきり引いた。でも、撃ち抜けない。弾が装甲に当たって火花を散らすばかりだ。やつはそのまま、私の火力を無視して突撃してくる。
「オオオオォオッ!」
「っ!」
振り下ろされる一撃をギリギリで横に避ける。鼻先をかすめる死の風に、全身が総毛立った。
でも。
「甘いッ!」
地面にめり込んだモーニングスターを踏み台に、私は関節部の薄い装甲を狙って弾を叩き込みながら、敵の肩に一気によじ登った。
オーガ型の怪人は私の攻撃に不意を突かれ、よろめいて膝をついた。巨大な掌が私を掴もうとするより先に、銃口はすでに至近距離でその額に押し付けられていた。
ドンッ!
反動に身を任せて後方に飛び退く。今度こそ、弾が装甲を貫き、肉に達する感触をはっきりと感じた。
空中で体をひねって着地しながら距離を取ると、すぐさま銃を構え直す。怪人は、やがて黒い
「……ふうー」
まだアドレナリンが体内を駆け巡っていて、心臓は狂ったように脈打っている。
『おおっ、やるじゃないか。初任務のときに泣きべそかいてたのと比べたら、ずいぶん手際が良くなったねえ。いやあ、成長を見られてお姉さんは嬉しいよ』
「私の成長より、イズモさんが喜んでるのは、どうせこっちなんでしよ」
私はターゲットを収めた収容スロットを確認した。あたたかく脈打つ魔力の気配が、じんわりと指先を伝ってくる。蕾は、闇の中でもなお淡い青の光を放っていた。
『ふふ。そりゃそうさ。色も形も、どこから見ても上級品だしね。内包してる魔力も申し分ない。これは――いい値で売れるよ』
「そう」
『あんまり興味なさそうだね。忘れた?売れたら、君にも取り分が入るんだよ。一部は借金の返済に回すけど』
「借金がある以上、差し引かれて、実際に私の手元に残るのは大した額じゃないし。そりゃ、テンション上がらない」
『あれれ?カナデ、もしかして文句言ってる?おかしいなあ。誰が君を買い取って、脂ぎったおっさんたちの玩具になる運命から救ってあげたのか――忘れちゃった?ん?』
「……そのことなら、当然忘れてない」
『うんうん。ちゃんと恩を覚えてるなら、それでいいよ。いやあ、正直ちょっと見てみたい気もするんだけどね。君をあのピラニアの群れに放り込んで、どうやって骨の髄まで食い尽くされるのか――それもそれで一興だ』
「っ」
『でもでも。貴重な魔法少女を、そんな一瞬で消える娯楽に使い捨てるなんて、あまりにももったいないでしょ。だってさ』
イズモさんは一拍置き、そこで声の調子をふっと和らげた。
『――魔法少女は死なず、ただ咲き続けるのみ。……ってね』
「……はあ」
『反応がちょっと淡泊すぎない?ここ、盛り上がるところだよ?逃れられない宿命、瞬く間に消えていく貴重な青春を、熱い戦いに投じてさ。そして伝説の秘宝を探し求める――どう考えてもワクワクするでしょ?でしょ?ほら、そうだって言いなよ』
イズモさんが何か言っているが、私はそれを無視した。音量を落とし、気を引き締め直して、戦闘態勢へと戻る。
「何かおかしい。ちょっと静かにしてください」
――
武器を構え、私はもう一つの部屋へと踏み込んだ。
「っ」
『おや。これは』
目の前にいたのは、一人の少女。綺麗な肌、整った顔立ち、ふっくらとしたくちびる、長いまつげ。銀の髪、身にまとうのは雪のように白い装い。なぜか眠れる白雪姫を
そして私は目にした。雪と対になる、林檎の赤。湿り気を残した、胸のど真ん中に、大きく広がる紅。
「……」
まだ、呼吸はある。けれど――ひどく、か細い。
『致命傷だね。たぶん、少し待てば息を引き取る』
「ええ」
『今日はツいてるねぇ。普通の魔法少女なら、こんな場所まで巡回してくるはずないんだけどさ。まあ、いい。使えるものを回収して、持てるだけ持ち帰ればいい。殻しか残らなくても、この子の事務所なら、十分すぎるくらい請求できるしね』
まるで明日の天気を言うかのように、イズモさんはそう言った。
でも。
――ナイフへと手を伸ばしたものの、私の動きは途中で止まってしまった。
『どうしたの?怖くなった?大丈夫。前に教えたでしょ。今すぐなんて言ってないさ。少し待てばいい――この子が息をしなくなってから。ね、簡単でしょ?』
「……いや」
『ん?』
「この子、私が救う」
『は?』
収容スロットから、ついさっき拾ったばかりの蕾を取り出す。私は一度深く息を吸い込み、脈打つそれを、血溜まりに倒れた少女へとゆっくり近づけた。
『ちょっとちょっと。本気?それ、かなりの値がつくんだよ?この子を見捨てて死なせれば、あとでもっと色々むしり取れるし。それに、魔力の再注入で傷は回復できるけど、致命傷まで治るとは限らないんだよ』
「分かってる。でも」
『――いいの?その判断で出た損失は、全部君の
「……――分かってる」
両手は震え、足先も思うように動かない。債務がさらに膨らむ可能性を思い浮かべた途端、心臓の鼓動が一気に早まった。それでも私は、蕾を少女の胸に穿たれた穴へと押し込んだ。
闇の中に、青の光が灯る。
名も知らぬ少女の胸元で――魔力が再び咲誇った。
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