祈りの手~絶対叶う私の願い

純友良幸

お題:恵み・ささやき・落下

 私、子どものころだけど——願いを叶える力がありました。


 指をきつく組んで、涙が滲むほど、息が詰まるほど念じると、耳の奥に“キィン”という細い音がして……そのあと、現実が少しだけ変わるんです。 欲しかった人形が手に入ったり、席替えで好きな子の隣になったり。 当時の私はそれを“天の恵み”だと信じていました。


 思い返せば、祖母がよく言っていた言葉があります。

「泣く子のところには、恵みが降りてくるよ」

 子どもの私は、泣けば慰めがもらえるって意味だと、そのまま受け取っていました。 けれど大人になるにつれ、涙が出るほど願わなくても、努力と要領で何とかなることが増えていき、あの力を使うことも自然と減っていきました。


 ——そして中学三年の秋。 私立高校の推薦枠を巡って、私と佐藤さんのどちらか一人だけが選ばれることになったとき。

 久しぶりに指を組んでしまったんです。

 息が苦しくなるほど、頭が割れそうなほど念じました。

「佐藤さんが……落ちますように」


 耳鳴りはすぐに、あの“音”へ変わりました。

 いつもよりもはっきりした、誰かの囁きのような。


 ——だれかが、泣くとき。


 そんな声が、耳の奥にぽたりと落ちた気がしました。

 翌日、佐藤さんは三階の窓から落下しました。事故でした。

 幸い命に別状はなかったけれど、推薦は受けられなくなり、私は選ばれました。

 事故の知らせを聞いた瞬間、祖母のあの言葉が別の意味で胸に蘇りました。


「泣く子のところには、恵みが降りてくるよ」


 ——あれは慰めの言葉なんかじゃなかった。 私が願いを叶えるたび、耳の奥で聞こえていたあの湿った音。 あれはずっと“囁いて”いたのだと気づきました。 そしてその囁きは、いまもときどき、耳の奥でかすかに息をするのです。

 願いが叶うのは、だれかが泣いたとき。 ずっとそうやって、私に“恵み”をくれていたのだと。


 事故のあと、私はしばらく本気で怯えていました。 夜になると耳の奥であの音がよみがえる気がして、 指を組むどころか、手を合わせる仕草すら怖くなっていました。


 ……でも、人って慣れるんですね。 時間が経つにつれ、「あれはたまたまだったんじゃないか」と思えるようになっていきました。 むしろ“あの子が落ちたから、私は進学できた”という事実の方が、だんだん心の中で大きくなっていきました。


 最近、気づいたことがあります。 あのときみたいに涙がこぼれるほどではなくても 「この障害がなくなればいいのに」「あの人だけ外れてくれないかな」 そんな黒い理由が、前よりずっと自然に浮かぶようになっていることに。

 囁きは、あのころよりはっきりしています。

 恵みは、きっとまた降りてくる。

 だって——“泣く子”は、いつだっているのだから。


 怖い? ううん。 むしろ今は、ただ指を組むタイミングを考えているだけ。 ——あの日と同じように、強く、静かに。


(了)


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