第二話陽が指す場所へ




 まずは腹拵え。家に戻ったムサシがそう言い、エルラとアルラに朝食の準備を頼む。

 ラウルとカルラには、薪を使い焚き火を用意しておいてくれと命じる。


「田畑で作った野菜と、肉の貯蓄がある。好きに使え」


「分かりました!」


 自信満々かつ元気にそう言うエルラ。彼女は料理の腕には自信があるのだ。アルラとカルラも、エルラの料理の旨さに信頼を置いているので、何も言わずに任せる事に。


「お姉ちゃん、私何したら良い?」


「アルラは、野菜を洗って切ってもらおうかな」


「分かった!」


「大丈夫? 手を切らない様気をつけてね」


「大丈夫だよ! 任せて!」


 ラウルは、カルラを連れて家の庭に行き、焚き火を作る作業に向かう。

 カルラは、二人の姉と妹とは違い、比較的筋肉質であり、武闘派の様だった。


「……にしても、お前。ラウルだったか」


「なんや?」


「お前、デタラメに強いんだな」


「……強くない。まだまだ全然や」

「この世には爺ちゃんより強いヤツがいっぱい居るって、爺ちゃんが言ってたし、俺はその爺ちゃんにも俺はまだ勝てへん。全然や」

「アイツらが弱かっただけ」


「……お前、幾つだよ……」


「んーっと、十になった!」


「その歳で、その強さに天狗にならず、まだ上を目指してんのか……恐ろしいガキだよ」


 ふと笑いながら、優しくラウルを見つめる。


「強さを驕って調子に乗るヤツは弱い証拠やって、爺ちゃんに教わったからな」


「良い師匠を持ったな」


「せやろ」


 ニッコリと和かに笑うラウルのその表情はどこか太陽の様に暖かく、自然と朝の光と重なった。



 ◇



 各々が作業に取り掛かっている中、ムサシはラウルが倒した十数人の男達の元へと足を運ばせていた。


「……コイツら……やはりただの賊の様だな。流石にブラックグリーン軍団の斥候だとは思わなんだが……」


 十数人の男達は、全員見事に気絶している。


「……ラウルめ。アイツは手先が器用だからな……力加減が中々に上手い」

「殺さず、生かして勝つ。我ながら良い弟子に育ったよ」


 優しく微笑みながら、ムサシは、男共を全員、縄で縛り付け、手を翳す。


 ウイッチを集中させて、ウイッチを彼らに注ぎ込みある程度の回復をさせる。


「……ウッ……ウゥ……」


「ア……アウゥ……」


 男共は各々呻き声、捻り声を発し、朦朧とする意識の中、目の前にいるムサシを見る。


 リーダー格であろう男が弱々しく声を発する。


「……テ、テメーは……」


「今の所は、貴様らに名乗る名は無い」


「……チッ……」


 ムサシの風貌を見て、リーダー格の男はムサシの正体を察する。


「……お、俺ら気絶してた……のか……おい、俺らに何の用だ」


「なに、これからブラックグリーン軍団に攻め入る予定でな」


「ブラック……グリーン軍団だと……?」


「世を苦しめる悪の軍団よ。貴様らでも知っておろう」


「……あぁ」


「儂と、貴様らを倒した小僧。二人で挑む」

「……しかし、二人だけだと少々骨が折れると見ている。如何せんヤツら、無駄に数が多くての」


「……何が言いてぇ……?」


「分かっておろう?」


「くそ。手を貸せってか。貸さねえと俺らを殺すか……?」


「殺しはせん。殺しは儂の信条に違反する。協力してくれんというのなら……まあ、ポリーズには送り付けるがの。懸賞金くらいかかっておろう」

「そうなったら旅路の費用として使わせてもらう」


 リーダー格の男、御蔵山みくらやま十蔵じゅうぞうの瞳には戸惑いが残る。

 しかしムサシの圧倒的な威圧感と、ラウルの実力を目の当たりにした彼は深く頭を下げる。


「……クソッタレ。分かったよ。俺らの信条は強いヤツが偉い、だ。それに従う」


「話が早くて助かる。縄を解くが、かかって来ようものなら、逃げようものなら、分かるな?」


「……おいお前ら。誰一人欠ける事なくこの爺さんの言う事を聞け。命令だ。分かったな?」


「……へ、へい」


「……分かりやした」


「了解致しました……」


  部下達はそう言い、苦虫を齧った顔つきをしながら頭を下げる。


「よし。あ、それとなんじゃが。お主は馬車は持っておらんか?」


「……生憎持っていないな。下山した村で馬車を借りてくれ。金は俺らが出そう」


「分かった。よし、先ずは腹拵えじゃ。上に儂とお主らをのした小僧の住む家がある。そこで今飯を作っておる。お前らも食え」


「……有り難く頂戴する」


 リーダー格の男は、解かれた縄を地に捨て、立ち上がりながら、深々と頭を下げる。


「……そういや名乗り遅れたの。ムサシ・カゲヤマじゃ。以後お見知り置きを」


「……チッ、やっぱり……俺は御蔵山みくらやま十蔵じゅうぞうだ」


「……その名……」

「……お主、ヒヅキ人か……?」

「いや、しかし喋り方が……それに名も……」


「……? 違う。俺もこいつらも全員日の国の出身だ」


「……なるほど。なんでもない。行こう」


 そうして、その瞬間。彼らは敵では無く、協力者達へと変わった。

 力は使わず、威厳とした態度で、正しく導くムサシの判断力が際立ったのだった。





 家に戻る道すがら、男共が賊ではなく、冒険者集団である事が分かった。彼らの強靭な肉体かつ、賊の様に怖い表情をした威圧的で強面な顔付き。

 これらの条件から、勝手に他人が賊を連想していただけに過ぎなかったのである。

 女達を襲った理由としては、長らく女を見ていなかったから、本能に負けたとの事。


 要するに彼らは、賊っぽい事をしでかす輩冒険者という訳だ。


 つまりは、ポリーズに手渡しても、大した懸賞金が掛かっている訳では無いので、御縄になって終わる、と言う訳である。


 しばらく山道を歩き、家に戻り、ムサシが三姉妹とラウルに事の顛末を説明する。

 男達は挙って、三姉妹へ謝罪を表明し、誠意として彼女らを守ると誓ったのだった。


「すまなかった。男として、女を見て我々は我慢が出来なかった」


 正座になり、エルラ達へ頭を下げる。十蔵は心からの謝罪を行動に移したのだ。


「……はい」


 蔑んだ瞳を、エルラ達は十蔵達へぶつける。


「お前達が私らにしでかした事。分かっているんだろうな? その上でお前達の何を信用して、信頼しろと?」


 カルラはキツイ言葉を十蔵達へ投げかけられる。


「今すぐに信用してくれとは言わない。信頼して欲しいとも思っていない。それらはこれからの俺らの行動で見て欲しい」


「……はぁ……そんな事よりムサシ様。あなたは何をお考えで?」


 エルラは、そうムサシへ問いかける。


「さっきも言ったが、ブラックグリーン軍団は、数が多い。質量では無く数で押し切る戦法を取っている」

「儂とラウルだけでは、倒すのに時間がかかる。雑兵共を倒し、親玉やリーダー格が出て来た頃に疲弊している事も考えられる。」

「その為に彼らの手を借りる事を選択した。それだけじゃよ」


「……そうですか。分かりました」


 どこか不服そうにしながら、甘んじて受け入れる。


「何かあれば儂かラウルに言いなさい。即座にコイツらを叩きのめしてやる」


「……そんな事やるわけねえ。約束は守る……天下の武術家を相手にまたしでかす程俺らも馬鹿じゃねぇよ」


「なんじゃ、儂を知っておったか」


 天下の武術家。それがムサシの世に知られる通称である。彼はその昔天下最強を決める武術の闘いにて、異例の優勝回数を収めた過去を持っている。


「テンカ……?? つまり爺ちゃんは強いって事か?」


「昔の話じゃ。今となっては衰えたもんじゃ」


「ひょえぇー! 流石やなぁ!」



 


 朝食を摂り、準備を整えた一行は、各々荷物を持ち山道を降りる道の前に集っていた。朝日が木々の間から差し込み、落ち葉を金色に染める。


「よし、行くぞ」


 ムサシの短い号令とともに、一行は山道を下り始めた。

 山道を道歩くと、石や岩場で構築された不安定な足場に辿り着く。


「……あの、ここら辺の足場、結構危なくないですか?」


 エルラが慎重に足を運びながら問いかける。

 するとラウルが平然と笑いながらそれに対して答える。


「危なくないで。落ちても転がって木にぶつかるだけや」


「いや、それ普通に大怪我するから」


 カルラが即座にツッコミを入れる。ラウルは楽しげに肩をすくめる。


「えー? ワイは一回転がったことあるけど、鼻血だけやったで」


「それ、普通に鼻が折れて大怪我に入るんじゃ……」


 アルラが呟くが、ラウルは聞いちゃいない。


 ムサシは先頭で黙々と進む。彼の足の運びは驚くほど安定しており、滑りやすい苔むした岩の上も難なく越える。

その背中を見ながら、カルラは「やっぱり只者じゃない」と小さく息を漏らした。


 半日ほど下ると、木々の密度が徐々に薄くなり、村をが見える丘へと辿り着く。

 丘の上に立つと、小さな村が姿を現す。

 ここから見える見える範囲でも、村は質素な藁葺き屋根の家々が並び、畑では老人や子供が働いている事が分かる。


 ラウルは大きく深呼吸をする。

 長い山道を降り、ようやく人里に辿り着けると思うと、背中の荷が少し軽く感じられる。

 隣ではムサシが何事もなかったように歩いている。あの男、山道を丸一日歩いても息が乱れない。


 やっとのことで辿り着いた村。村の名はルカゴ村。然程大きくは無い、こじんまりとした村である。

 そこから見える景色には老若男女が物静かに働いている様子が伺える。


 ラウルは走って大きく飛び跳ねて元気良く着地する。


「よーし! とーちゃく!」


 カルラは小さく「元気だな」と呟きながら、微笑む。

 エルラも、少年の無尽蔵な体力を、目の当たりにして驚きつつ、笑みが溢れている。

 アルラは、疲れながらも、ラウルを見て尊敬の眼差しを送っている。


 夕方の滲む空気の中、ラウルは足取り軽く村を歩く。背負っていた旅の荷物が少し重いが、それも心地よい負荷に感じられた。


 歩いていると、その道中に居る村人たちはラウル一行を見て騒めいている。長く山で暮らしてきた者たちだが、久々に見る子供とその師に好奇の目を向けているのか。


「なあ、爺ちゃん。この村って、普段はどんな感じなんや?」


 ラウルは後方を歩くムサシの元へ行き、ふと話しかける。ムサシは疲れを感じさせない落ち着いた足取りとは対照的に、自分はもう既に疲れが感じられる。

 朝稽古の疲れもあるが、ムサシとの体力の差に少々戸惑いながらも、素朴な好奇心が胸を満たしていた。


 ムサシは少し微笑み、目を細めて答えた。


「ここはな……昔から山の暮らしを守る者たちの場所じゃ。外の世界とは距離があるが、だからこそ平和も保たれてきたんじゃ」


 村人たちは他所者を珍しげに見る様な視線を、ムサシ達一行へと向ける。しかしムサシと目が合うと、そそくさと視線を逸らす。その様子は、畏れとも尊敬ともつかない。


「そうか……でも、爺ちゃんのこと、村の人たちは怖がってへんか?」


「……儂に怯えているのではない。儂らが連れとる十蔵達とエルラ達に怯えておるのじゃ」

「知らない人間が現れると、人は怯え、警戒するものじゃ」


 ラウルに、ムサシはこの視線の意味を教える。


「ほぇー、そんなもんなんやな」


 世間知らずかつ、ムサシ以外の人を知らないラウルは、不思議そうになりながらも、理解する。


 村の中心に近づくにつれ、より村人が増えて来る。畑仕事に精を出す村人たちの視線がラウルたちに向けられる。そこには警戒の色と同時に、何か言葉にできない尊敬の念も混じっているように見えた。


「うわ、ここのみんなもこっち見とるな」


 ラウルの声は小さく震え、思わず背筋が伸びる。

 視線の数が増え、先程より強く感じられたからだ。

 それはあくまでも、十蔵やエルラ達に向けられる視線である。

 自分に向けられている訳では無い筈の視線が、まるで自分に向けられている気がして、なんとなく怖かったのだ。

 そして、改めて理解したのだった。

 自身の心臓の高鳴りに。

 なんとなくの怖さに息を呑みながら、ムサシの表情を覗く。


「さっきも言ったがこれは見慣れぬ者を見た人の反応じゃ。なに、儂がおる。大丈夫じゃ」


 ムサシの言葉に少し安心しながら、辺りを見渡す。

 山でのムサシとの修行の日々を送り、早七年。それまで村に降りた経験はラウルには無かった。

 ラウル自身初めて村に降り立ったのだ。

 それなのに、どこか懐かしい気がしている。

 自分は、ここを知らないのに知っている。不思議な感覚だった。

 生まれて初めての感覚。生まれて初めての見慣れる者を見る人間から向けられる視線。

 ラウルはこのルカゴの村で物心が付く前の幼き頃に育っていた。

 しかしラウル自身この村の事を、正直あまり覚えていなかった。


「ジロジロ見くさって……」

「正直、俺も誰も見慣れへんけどな」





「さて、馬じゃな。リャカコーンまでは徒歩じゃ間に合わん」

 ムサシが短く言い、村の中心にある集会所へ向かう。


「ラウル。お前は、服を一式用意して来い。そこを曲がると呉服屋がある」

「十蔵、着いて行って金を出してやってくれんか?」


 そう言い、ムサシは改めて集会所へと背を向け、歩いて行く。


「あいよ。ラウル坊行くぞ」


「新しい服は、何年振りかなぁ」


「そういや、おめぇの服、所々ほつれててボロボロだな」


「まあな! 服なんてたまに爺ちゃんが村の呉服屋で買って来るくらいやからな」


 ニコニコと笑いながら、当たり前の様にそう言う。ラウルは物心がついた頃からムサシと山での修行の日々を過ごしてきた。

 成長し、大きくなる度に服を用意していては、キリがないので、ムサシがごく稀に大きめの武術着等を用意していたらしい。


 だからこそ新しい服には何処か闘いとは違うワクワク感を覚えていたのだった。


「お姉ちゃん」


 アルラはラウルの背中を見つめながら、エルラ声を掛ける。


「どうしたの? アルラ」


「ラウルは凄いね。こんなに怖い視線をあんなに浴びているのに、震えてないし、泣いていない」


 よく見るとアルラの目は腫れている。泣いた跡なのだろう。小刻みに身体を震わし、まだ恐怖に怯えている。

 アルラも少し前まで貴族の娘として、リャカコーン領に暮らす一人の少女だったのだ。

 今まで生きて来てずっと、平穏な世界と優しい視線しか知らなかったのだ。無理も無い。


「……そうだね。ラウルくんは凄い。でも、アルラも凄いよ? こんなに小さな女の子なのに、こんな遠い土地でお姉ちゃん達と一緒に勇気を持って来たんだから」


「……私凄いの……?」


「凄いよ。人それぞれ、良い所と凄い所は違うんだから。ラウルくんと比べちゃダメだよ? ほら。おいで。待ってる間に心を落ち着かせよう」


「うん……ありがとう……お姉ちゃん……」


「アルラ、お前は一人じゃない。忘れんなよ」


 近くで話を聞いていたカルラは、そう言いながら優しくアルラの頭を撫でた。


「カルラお姉ちゃん……うぅ……ううぅうぅぅ……」


 アルラは再び泣いた。静かに。エルラとカルラに抱かれながら、二人の胸の中で。


 

 ◇

 


 集会所に行くとそこには老人一人が佇んでいる。彼が村長なのだろう。

 ムサシは村長と顔を合わせる。老人の目には深い知恵と哀しみが宿っている。

 年老いた村長は、ムサシの顔を見るなり深く頭を下げた。


「ムサシ殿。久しぶりじゃのぅ」


「村長殿、早急に馬車を借りたい。リャカコーン領へ行く用が出来た」


「……何かあった顔じゃのう。分かった」


「……ありがとう。話が早くて助かる」


 村長の声には重みがあった。何か、言葉にはしないが、それ以上に大きな期待と不安がこもっているように感じられた。





 呉服屋へと向かい、適当に服を見ている。

 ラウルは、武術着を見繕う。

 ヤルロー地方は、ここより少し暑いと言う。


 半袖袖のインナー、袴、帯と脚半、リストバンドをそれぞれ黒で揃える。


「真っ黒だな」


「そりゃな」


 そう言いながら、沢山用意された武道着を見る。

 その中から真っ赤に染まる武道着を取る。


「これこれ!」


「……急に派手だな」


「これ着る為に、他は全部黒で揃えてんのや」


「……あぁ、そう」


 会計を済まし、着替えを済まして、外へ出る。

 外で待っていたエルラ達は、ラウルを見て、似合っていると頭を撫でる。


「いい色ね。でもなんで赤?」


「俺の死んだ母ちゃんの好きな色やねん」


「……良い色ね」


 周りを見渡すと、村の子供達が遊んでいる。

 無邪気に走り、追いかけっこをしている。


 何処からか良い匂いして来る。煮物の匂いだろうか。

 自然と、腹が減って来る。


「腹減ったなあ」


「そうね」


 段々と食器の触れ合う音や、水の音、野菜を切る音が所々に聞こえて来る。


「そろそろご飯の時間だから早く帰っておいで〜!」


「はーーい!」


 家族の会話も聞こえて来た。

 母が子に呼びかける大きく優しい声。

 この暖かさはきっと愛情だろうか。


「これが村……家族」


 そう呟き、村の様子を一頻りに見て、どこか羨ましさを子供ながらに感じてしまう。


「どうした、ラウル」


 カルラに声を掛けられ、振り返る。


「……いや、なんでもないで」

 




 ムサシが手配し、用意してくれた馬車に荷物を積んでいる最中、ラウルは苦言を漏らした。


「あー、馬乗って操縦したかったー」


「この人数じゃと、馬車を借りる方が早いからの」


 そうムサシに言い返され、「そりゃそうか」と理解をする。


「新しい服、似合ってるぞ」


「ふへへ、ありがとう」


 師匠に褒められ、照れ臭そうに頬を指でかく。


「あれ、あんた……もしかしてラウル坊かい?」


 突如村に居た初老の女性がラウルに声を掛けてくる。口振りから察するにラウルの事を、知っている様子。


「んぇ? なんや、俺を知っとんのか」


 初めて自分を知る人間からの視線を受ける。

 怪奇を見る視線では無く、暖かく優しい雰囲気が感じられる視線にどこか嬉しくなる。


「あんたがまだ赤ん坊の頃にお襁褓を変えてやってたんだ。忘れるわけないよ」

「いやぁ、大きくなったね」


「いやぁ、へへ……」


「何処と無く母親に似て来ているね」


「そうかなぁ」


「そうだとも。いやぁ、立派になって……」


 ラウルの手を握り、一粒の涙を流す。


「あんたが物心付く頃に村を出て、山で稽古をするって言って、もう五年かい? 早いねぇ」


「いや、七年やな」


「あらまぁ、そんなに? 時の流れが、怖いよ」


 微笑みながら、そう言う。優しさと温かさのある言葉を受けて、ラウルは自然と嬉しくなった。


「すまない。儂等は急ぎの用がある。感動の再会を邪魔して申し訳ないが、それくらいにしてくれないか?」


 ムサシが、二人に近寄りそう言う。


「ムサシ様、ご無沙汰しております。これからもラウル坊をよろしく頼みます」


「無論。儂等はしばらく旅路に出る。お主も元気でな」


「はい、ムサシ様もご一行も健康にお気をつけて」


 ムサシは、背を向け手を振る。ラウルを連れ、馬車に乗り込み、荷物の最終確認をする。


「……よし、ここで買える物はある程度買った。次に辿り着く町で、また必要な物を買い足すとしよう」

「十蔵、お主らの中で馬術に長けるものは?」


「俺も出来るし、秀馬も上手い」


 秀馬と呼ばれた男が顔を出し、軽く会釈をする。


「あ、最初に頭ぶっ叩いた」


「……その節はどうも。改めて實田じった秀馬ひゅうまだ。頭ぶっ叩いたやつって呼ぶなよ」


「ハハハ! よろしくな!」


「他は居ないか。なら、十蔵と秀馬。お主らに馬の操縦を任せる」


「あいよ。秀馬、最初にいけるか?」


「ああ、いいぜ。カシラは、休んでな」


「よし。疲れたら言えよ。いつでも交代してやる」


「了解」


 時刻はもう夕方頃。夕日が照らす地に馬車の影が伸びる。


「では、出発と行こう」


 ムサシのその声と共に、馬車は走り出す。


「ヒヒィーーン……!!」


 地を蹴り上げ、猛スピードでルカゴ村を飛び出す様に地を馳ける。

 夕方の空の下、風を切り、真正面をただひたすらに走り進む。

 

「ひょーー! 凄え!! 速え〜〜!!」

「俺が走るのとどっちが早いんかなぁ!!」


「こら、ラウル。外へ身を放り出すな!」


「ハハハ!! 強いヤツに会いに行くぞ〜〜!!」


 ムサシの制止を聞かず、馬車のスピード感を存分に満喫しようとするラウル。

 その様子を、一向は微笑ましくも、暖かい視線を送っている。

 果たして、これからどんな試練が待ち受けているやら……。

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