拗らせた(ツンデレ)巫女の沈鬱

イルミア

本編

先代巫女ー美世子ー(本名美奈月)は私の母親だ。

願いを美世子に伝えることが出来れば、必ず叶うという話題のもと一躍有名になった。


しかし、ある日彼女は祈祷中に倒れ、そのまま倒れ亡くなってしまう。


同じ巫女の血を引く私だからわかるけど、おそらく神通力の使いすぎによるもの。この神通力は、自分の生命力を糧にはじめて使用できる。


美奈月は真面目でひたすらみんなの願いを叶えようと必死に祈祷していた。父親もその母親の神通力を知っていたのか、自分の生命力を肩代わりしていたのか母親と同じく早逝してしまった。


私にはわからない。何でこんな神通力を人の為に、そこまで使えるのか不思議でたまらなかった。それに、母親の死んだ理由なんて、正直どうでもいい。置いていかれたことだけは、どうしても許せなかった。とはいえ、世襲の名目で巫女となり、私は外で『美世子様』と呼ばれる。母の名前を立てているだけの呼び声が、いつも私の皮膚の下で癪を作る。


私は母親とは違う。この神通力は絶対に使わない。それでも、母親と同じように成就祈願の巫女としてそこそこ有名である。

なぜかって?答えは簡単。みんなの願い事は同じ。最後の一押しがほしいだけなんだ。例えば、恋する乙女が彼と付き合いたいけど告白したいけど振られるのが怖いというものがある。


そこで私、美世子は告げる。

「告白して振られても、それは彼が運命の人ではないということ。安心しなさい。あなたの運命は人は現れる。」


こう言えば大抵の人は、満足して帰っていく。それに真面目な顔で相談してくれるけど、ほとんどの人は、自分で語っている内容の中ですでに答えが出ている。香のにおいが充満する祈祷場で、線香の灰がまたひとつ落ちる。この香りは好きになれないけど、それが私の感情を冷静にして判断させてくれる。


この前は、地主?有権者?の人から今度はより多くの富をとか言われた。ああいう人たちは、私に言わなくても自分ですでに成功を手にしているのだから適当に相槌するだけで彼らも喜んで帰っていく。


「美世子様、この前の祈祷もうまくいったようでホント助かりましたよ。」


下手な作り笑いをしながら、父親と母親がなくなった時から臨時で取り仕切る神主が私に報告しにくる。


「いえ、私の神通力は母にはまだまだ及びません。少しでもみなさんの力になれれば。」


「美世子様は、お母様と一緒で本当にとても立派で誠実な方。そして、とても謙虚です。まだ19歳とは思えませんよ。はは。」


この神主はよく次々と言葉が出てくるものだなと感心する。褒められても悪い気はしないけど、こうもうさんくさいことを言われるとあまりいい気はしない。この人は、私の中身なんて何も見てないのに。


「はぁ、疲れた。ここら辺で少し一休み。」

私服に着替えると私は境内を離れて散歩する。


「全く今の時代にスマホも渡さないなんて、どうかしてるわアイツ。」

独り言を呟きながら日当たりのいいベンチに座り、背伸びして日光浴を楽しむ。


「美世子…様?」


急に声をかけられ振り返ると一人の少年が立っている。

「君は?」


「僕、優太です。忘れましたか?」

少年ー優太は不安そうにおどおどしている。優太は一見すると中学生っぽい外見だ。制服のブレザーが少し汚れている。


「優太…君?ごめんね。私、君と会ったことないよ?」

優太は少し涙目になる。

「美世子様に三年前くらいに、僕の母さんの病気を治してくれたから…」

三年前となると、おそらく私ではなく母親のことだろう。彼女は病気まで治すように祈祷していたのか。私は釈然としない気持ちになる。


「それは、私じゃなくて母親の美世子ですね。」

「あぅ、そうなんだ。美世子様にありがとうと伝えたくて…」

「そうなの。多分、美世子様も喜ぶと思うよ。」

「結局、お母さんはその後、別の病気で死んじゃった。だけど、病気を治してくれた後、みんなでいろんな事ができて嬉しかった。」


優太は喜んだ顔で感謝を述べる。彼の純粋な心を見せられて私は胸の奥が少し痛くなる。

「そっかそれは良かったね。あ、この後用事があるから、私は行くね。」

優太は残念そうな顔をしてるが、それ以上話すつもりはなかった。母の面影がそっと重なる気がして気味が悪かったから、私は不自然に足早に去った。


「あぁ、もう、なんなのよ。全く、せっかく気分良かったのに…」

自分の部屋に戻ると、その日は早めに就寝する。


数日後、また私が境内外れのベンチに座っていると優太がトボトボ歩いてくる。

「あら、優太君こんにちわ。」

「あ、美世子様、こんにちわ。」

優太は嬉しい顔をして駆け寄ってくる。私の横に座るが表情が少し暗い。彼の制服端の汚れが目に留まる。


「何か浮かない顔してるけど、何かあったの?」

「あ、いえ、はは。何でもない。美世子様はどうしてここに?」

「私がこんなところにいたら、いけないの?」

あ、ちょっと強く言い過ぎたかしら。優太がビクついている。


「うぅ、ごめんなさい。」

「ごめん、私もちょっと強く言い過ぎたわ。…そういえば優太君は兄弟とかいるの?」

気まずくなった私は、話題をそらす為に質問する。


「あ、いえ。いないくて一人っ子。」

「そうなの。」

優太は私の横に座る。


「今は父さんが家で眠ってるから、ちょっと時間を。」

「どういうこと?」

「父さんは、母さんの治療費とかの借金?みたいなので朝も夜も関係なく働いてて。次の仕事までの少しの間眠ってるから邪魔したくなくて。」

「ふーん、そうなの。」


私は優太の言葉を聞くと、自分でも理由のわからない不快感が込み上げてくる。母と同じ空気を感じるからかもしれない。

その後、他愛もない会話をしてから帰る。そして、優太の現在を知った。優太の母親は病気が完治した数年後に、別の病気で亡くなって今は父子家庭らしい。その時の母親の治療費で、父親は朝昼晩惜しまず働いているらしい。


次の日、日課のやり取りや祈祷が早めに終わり、境内外れのベンチに座っていると優太がいつものようにトボトボ歩いてくる。


「あ、美世子様。」

相変わらず笑顔で、優太は駆け寄り私の隣に座る。

「あら、優太君。こんにちわ。」


私が笑顔で返すと、優太はいつものように学校の事や母親との思い出を話してくる。私は、ふと思う事を口に出す。

「そういえば、優太君いつも服が汚れてるけど、どうしたの?」

その言葉を聞くと、優太の表情は暗くなる。


「えっと。それは。」

「えっ、なにか言っちゃいけないことでもあったかしら?」

「これは、その僕が悪くて。」

優太は口をもごもごしている。

「はぁ。あんた、いつもおどおどしててて…自分がそんなに悪いことをしたわけ?」

優太は私の言葉遣いに目を丸くしている。私も本音が出てしまい、気が滅入ってしまう。

「そ、それで、何があったの?」


優太は意を決して話す。

「えっと、僕がいつもその、掃除当番とかで。お家が貧乏だからゲームとかなくて仲間外れされてるから会話に入れなくて。」

「そんなおどおどしてたらそうなるでしょ!…別に、あんたの為じゃないから。」

「うぅ、そうかな?」

「はぁ、もういいわ。今日は帰るわ。」

自分の舌が焼けるように痛む。俯いている優太を、そのままに私は足早に戻る。


それからは数日間は気まずくて、あの場所には足が進まなかった。さすがに優太はもう来てないだろう。境内を抜けて、歩いているとベンチに優太が座っていた。


「美世子様…!」

私を見つけると駆け寄って抱きついてくる。

「ちょ、ちょっと離れなさい…!」

優太を引き離す。


「ごめんなさい。もうずっと来ないかなって思って…」

「はぁ。それでここでずっと待ってる訳?」

「美世子様には、境内じゃ自分と会ってもらえないような気がして。」

「そんなのやってみないと、わからないじゃない。それで、そんなに会いたがって何か用なの?」

「えっと…祈祷お願いしたくて。」

祈祷という言葉が優太の口から出て、私は息が止まる。脈だけが異様に早くなる。


「な、何を祈祷したいの?」

「父さん、最近体調悪そうで。咳もひどいくて。」

「そういうのは病院に行けばいいじゃない。」

「薬も飲んでるけど、それでも良くならなくて。さして、帰りも遅いし…」

泣きそうな目で見てくる。私は、深くため息つく。

「私はね、祈祷はやらないの。」


「えっなんでですが?」

「いちいち理由を説明しないといけないの。」

「うう。ないです。」

「でしょ?私は母と違うの。」

優太は俯いている。おそらく泣き出しそうなのだろう。

「人に頼らず、手伝いや父親との会話とかで少しでも協力して頑張るのよ?」

「…はい。」

そのまま肩を落としたまま彼は帰っていく。これで良いのだ。私は胸奥の違和感を気にせず、自分の部屋に帰る。


しかし、翌日、状況が一変した。

「美世子様、境内に子どもがいらしているのですが、知り合いなどいらっしゃいましたか?」

神主が怪訝そうな顔をしている。

「子ども?」

「はい、優太と名乗っています。今まで美世子様とお会いしたことなど、ないと思いますが。」

「…わかりました。祈祷場へ案内をお願いします。そういった駆け込みも美世子として、対応しなくてはいけませんから。」


優太は祈祷場へ案内される。今まで普段着の私と違って、巫女服で会う私に緊張しているようだ。

「美世子様…」

「優太君。それで、私に何の用でしょうか?以前もお話したように祈祷は…」

「お父さんが倒れて病院に!」

食い気味に父親が倒れたことを聞き、視界が一瞬揺れる。


「…ッ。尚更、私の役目ではありません。お医者様の役割です。」

「お願いします…お願いします。」

「優太君。酷いことを言ってるかもしれないけど、こんな所で話す暇があるなら少しでも現実を見た方が賢明です。」

私の拒絶に、優太は蒼白になりながらも頷くしか出来ない。そして、そのまま優太を帰らせる。


「美世子様、駆け込みの子どもとは大変だったでしょうが、大丈夫でしたか?」

優太が帰ったのを確認すると神主が、心配そうに尋ねてきた。

「はい、大丈夫です。彼には伝えるべき事をお伝えしております。」

神主は私の言葉に安堵し祈祷場を後にする。

罪悪感で胸が押しつぶされそうになりながらも、私は一日を無事に過ごす。


その日の夜中、私は懐かしい香りに包まれて目が覚める。祈祷場の香が私の部屋内にあふれている。

「茜…」

私は久々に聴いた声に手が震える。

「母さん…なの?」

目の前に現れた母ー美奈月ーが微笑んでいる。

「愛おしい茜。あなたの怖さや思いは私と同じよ。」

美奈月は茜の頬を優しく手で包む。そして額を当てる。私は言葉が出せない。

「いつでも私はあなたの側にいるわ。だから後悔だけはしないで…」

「母さん…!」


私が何とか声を出すと、いつの間にか朝になっていた。あの香は消えていた。もしかしたら夢だったかもしれない。茜いや、美世子としてやることは決まった。

「よし。」


神主に初めて頭を下げて、今日一日の予定をキャンセルしてもらう。彼は呑み込めない状況だったが承諾してくれたのは、私の見幕に気圧されただけだったかもしれない。

私は急いで優太の父が入院したと言っていた病院に向かう。


「優太君!」

「美世子様…?」

父親が眠っているベットを見守っていた優太が顔を上げる。

「来なさい。祈祷するわ。」

訳が分からないまま頷く優太の手を引っ張り、祈祷場に連れて行く。


祈祷場に火が灯り、香のにおいが満たされる。その香りで初めて私の心は研ぎ澄まされる。

目を瞑り祈りをささげる優太を前に、私は舞をする。


誰かに教えられた事もなく、手が勝手に動く。幼い頃、何回も見ていた母さんと同じ動き。袖のこすれる音、神楽鈴の音、全てが満たされていく。それと共に、私の神通力が通ったことを身体で感じる。間違いなく祈祷は成功した。


「優太君、顔をあげなさい。祈祷は終わりました。」

優太は恐る恐る顔を上げる。

「感謝の言葉は要りません。私はあなたの背を押しただけです。」

「美世子様…」

「そして、これからは前も言ったけどシャキッとしなさい!それがあんたにとって良いんだから!」

胸奥の蟠りがなくなりすっきりする。言いたいことを全部言えた。

その後、優太から父親が退院したという話を聞いた。そして、今は仕事量も減って前よりも一緒に過ごせる時間も増えたそうだ。


母さんの気持ちがわかった気がする。こういう事だったんだ。


翌朝、いつもと同じように私は巫女服に袖を通す。いつもよりゆっくりと祈祷場に向かう。ほのかな香の残り香が漂うここは、もう嫌いじゃない、まだ嫌だけど。

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拗らせた(ツンデレ)巫女の沈鬱 イルミア @sonomoll

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