ヒールアクター! ~理想の悪役目指してたら何故か世界救ってました~

戸口 トロ

Act.1 ファンタジーにおける教会の腐敗率は120%

Act.1-1 転生者は悪役の夢を見るか?

 ―――人間は夢を見ることができる唯一の生き物である。


 昔の詩人はこんな言葉を残した。

 目を瞑り、暗闇の中に意識が落ちると見るアレのことを指すのか、はたまた自分の未来に思いを馳せるアレのことを指すのかは今となってはもうわからない。

 前者であれば、人間以外の動物も夢を見ると科学的に証明された事で、これを正しくないと一蹴してしまうだろうが、後者となればどうだろう。


 例え後者であれど、ひどく抽象的なそれを実行不可能で到達不可能な目標だとして、夢に夢見る者は現代において愚か者であると冷ややかに嘲笑する者が大半となった現代社会。

 周りからの嘲笑を受け、それでも愚かなであると理解していてもその夢を胸の内に抱き、焦がれ続ける者はやはり異端であり、異常者であるのだろう。


 ……でも、それでも。


 俺はやはり、一度抱いたこのバカで幼稚な夢を捨てきれなかった。

 他の者達が現実に向き合い、ささやかながらも幸せを見出そうとする中で、俺は愚かにも自らの夢を追い続けた。

 その度に周りの者達は口を揃え、言った。


「君には無理だよ。」


 あぁ、そうだ。

 他者から、いや自分からしてみても不可能であることはわかっていたし、愚かであるとかそれ以前にこの世界には必要のないモノだ。


 でもだからといって割り切ることも出来ずに、俺は―――死んだ。


 別に後悔なんてなかった。

 夢は叶えられなかったが、俺と同じバカな友人ヤツらと何かと馬鹿もしたし、思い起こせば後悔と言えることはいくつも浮かび上がってくる。

 だけどそれすらも確かな満足の中にふわりと溶けて混ざってしまうぐらいには俺は充実していた。

 高々、高校2年……齢16というガキから子供になりゆくその時に、そう思って死ねたのであれば中々に上等だろう?


 ―――だから。



「―――よォ、自称・・『正義』の教会。テメェらの薄汚ぇ『正義』ブッ潰しに来たぜ」



 なんの因果か貰っちまったこの命で、今度こそなってやろうじゃないか。


 俺の夢見た、バカで幼稚な『理想』の「悪役・・」に。


・・・


 鍛冶屋の朝は早い。

 8歳ガキの頃、ほんの好奇心でハンマーに触れたときから、俺はこうしてまだ空も白み始めていないような、人の営みのかけらも感じられない時間に文字通り叩き起こされては仕事の手伝いをさせられている。


「お~、あよ~」


 殆ど言葉になっていないそれを吐き出し火事場に顔を出すと、ぼさぼさの白髪を雑に後ろ手に縛り上げた筋肉隆々の大男が背を向けたまま、俺の方へと何かを勢いよく投げつけてくるのが見えた。


「―――っぶね!?」


「遅ぇぞ、クソガキ。いつまで寝てやがんだ」


 ロクに狙いも定めてすらない上に、手首のスナップすらかかってないっつーのに恐ろしい勢いで飛んできた無骨なハンマーの柄を反射的に掴んでキャッチする。

 いつも通りのやり取りではあるものの、んなの俺以外にやればギャグ補正でもなけりゃ、頭がキレイなザクロみてぇに弾けてる威力に、冷や汗が一筋流れていくのを感じる。


「フツーのガキはこの時間まだまだすくすくと立つために寝てるってのに、律儀に起きてやってる俺に逆に感謝しろよ、クソ親父」


「うるせぇ。ゴタゴタ言ってねぇでさっさと顔洗って仕事しろ」


「へーへー」


 適当な返事を返しながら軽く・・ハンマーを投げ返す。

 空気が弾ける音と共に真っ直ぐにクソ親父の頭目掛けてハンマーが俺の右手から撃ち出されたそれを、事も無げにキャッチして熱された鉄に振り下ろしているのを尻目に、バカでかい鉄瓶に溜められた水を両手でひとすくいし、寝ぼけた頭を覚ます。

 炉の熱でこの部屋は温かいが、外はこれからまだまだ冷え込みが厳しくなる季節で、鉄瓶の中の水も室温で多少はマシではあったが、刺すような冷たさに、一気に頭が冴えていくのを感じながら、俺は蓋代わりにされている巨大な金盥かなだらいに水をたっぷりと入れて外へと歩く。


「おー、さぶっ」


 外は想像通りの冷え込みだ。

 王都の外れにある辺鄙な鍛冶屋には街の僅かな明かりすら届きやしない、この小高い丘が俺のお気に入り。

 薄暗い外で冷たい空気を肺一杯に吸い込むと、体の芯からもやもやと燻っていた微睡みを誘う熱が消えていく。

 金盥を一度置き、麻のシャツを脱ぐと、朝露すら凍り付かせる冷気を含んだ風が肌を撫でていくのを感じながら、俺は金盥を両手で持ち頭の上まで持っていき、一息に中身をひっくり返した。


「―――ッ!」


 重力に従い落ちる水が体中を叩く。

 覚めていく感覚に身を委ねて、ゆっくりと目を開き、金盥を片腕で抱えて髪を掻き上げながら、鍛冶場へと戻る。

 鍛冶場の中を満たし溢れる熱気が、冷えた身体にじんわりと熱が染み込んでくるような感覚が心地良く感じながら、俺は朝の雑用を始める。

 職人気質のクソ親父が仕事場を無闇に汚すようなことはないが、一日の始まりは仕事場を整えろと言うのは、クソ親父が唯一、俺に教えた「仕事」だった。


「よいしょ、っとぉ」


 掃除が終われば次は雑用だ。

 前日に仕入れていた鉱石などの素材を鍛冶場に運び込み、一応……客もロクに来ないし、大口の契約なんかは親父が別に帳簿をつけてるから殆ど形だけ……帳簿の確認をし、店に展示している武器防具の手入れを行う。

 これらの作業なんざ慣れちまえば、全部込みで一時間もかかりゃしないから、残りの時間はずっとクソ親父の邪魔にならねぇ様に仕事姿を眺める。

 黙々と鉄を熱し、ハンマーを打ち付け、冷やし、鉄の不純物を取り除きながら形を整え、伸ばしていく。

 単調な作業をただ眺めているだけ、というのは飽きると思われるかもしれないが、俺は目を皿にして食い入るようにクソ親父の手元を見ている。


 というのも、このクソ親父は


『仕事を教えてやる』


 なんて言われて8歳からこうして叩き起こされてるわけだが。

 ホントーになんっにも、これっぽっちも、一言もこうしろだとか、そういうのを口出しされたことがない。

 そのくせ、寝る前に、ハンマーを渡されて


『やれ』


 ……だぜ?


 そりゃあ初めは文句も言った。

 だが、すぐに無駄だと悟ったよ。

 クソ親父は教えないんじゃなく、教えられないのだ。

 元が頑固で口下手だけじゃなく、その技があまりにも繊細であり、言語化するにはあまりにも難しいからだ。

 だからよく言うだろ?


『技は目で見て盗め』


 俺もその言葉通りに後して見て、技を盗んでるってわけだが、これがまあ意外と面白い。

 日に日に理解できなかったことが見て理解できる様になったり、実際に自分の技術になっていく感覚は中々味わえるものじゃない。

 前世のことを加味してもこういう経験は中々無かった……と思う。


 ……正直言って俺は前世の記憶を持っている、なんて自覚はあっても、もう既にその記憶は色褪せて殆どがぼんやりとしか思い出せない。

 そりゃあそうだ。

 なんだかんだ言ったって、この世界に生まれてからもう15年が経った。

 忘れないように大事に持っておけっていったって、やはりどうしても経年による劣化は避けられず、今では前世での自分の名前を書くことすらできないだろう。

 時間というのは残酷だが、俺は同時にそれでもいいのだろうとも思っている。


 前世に未練がないといえば嘘になる。

 若くして死んだ俺には、きっと大小様々な多くの後悔があったはずだ。

 それでも今を生きることに必死で、やりがいのあることも見つけて……どんどんと前の俺が薄れて行っていくのを感じている。

 別にそれに焦りを感じているわけでもなく、寂しさや名残惜しさを感じるわけでもなく、ただ過去になって、知らぬ間に通り過ぎて行くような。

 

 ―――それでも。


 多くが過去に消えていく中で、手放すことができず、今も大切に胸の中に抱えている想いもあった。


 俺は、この場所が好きだ。


 この何気ない日常が、満たされるようで満たされない時間が。

 守りたい、そんな風に思うことすら無い惰性に揺れるこの平和が、どうしようにも心地良くて仕方がない。


 故に―――壊す・・のだ。


 悪役らしくあくどい笑みを浮かべ、気に入らねぇヤツをぶん殴る。

 自分の思いのままに、俺の平穏を邪魔するモノは何もかもをブチ壊してやる。

 国も正義も関係ねぇ。


 全ては……俺の夢のために。

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