第2話

彼女に付いて行き、公園を出てしばらくの間歩いた。道すがらには倒壊した家屋が連なっており、生命が存在するのを拒んでいるようにすら感じる。

二人で歩く中、恐ろしいほどに静かな静寂を前を、歩く彼女が断ち切る。

「歩くっていいわよね。足を前に出せば知らない景色がどんどん広がるんだから」

鼻歌混じりのその声は、目に映る景色とは到底似つかない。

「ねえ、どんどん清々しい気持ちになっていかない?こう……、行き先なんてどこでも良くってただひたすら歩き続けたい、なんて思ったりして」

「思わないな」

「あら、そう」

私を見るために振り向いた彼女は、少し口を尖らせたと思ったら歩みを止めた。

「もー……、そんなにくよくよしていたら面白いことがあっても楽しめないわよ?旅は始まったばかりなんだから、もう少し楽しまないと」

「旅?私はただ君と散歩しているだけのはずだが」

「ものは言いようって言うじゃない。雰囲気は大事にしなくっちゃもったいないもの」

そう言った彼女の声色は別に私を責めるわけでもなく、かと言って肯定しているようなわけではない。

ただ、こんな状況に置かれているのに楽しむだなんて、とても正気には見えないが。

続かない会話を切り上げ、元々住宅街だった場所を抜けると、とあるものが目に映る。

「これは……」

瓦礫まみれになったその建物に近づくと、あるものに目が止まる。

『小黒高等学校』

確かにそう書かれた銘板が地面に散乱した瓦礫の上に落ちていた。

「っ……」

目の前の事実を受け入れまいと、その銘板から目を逸らす。

足の震えを抑えながら、昨日まで過ごしていた学校の変わり果てた姿を見て、私は思い出してしまった。

学校で出会った先生、そして友の姿を。

いつもの授業も、部活も、登校することさえもうない。

だって、きっとみんな……

もう二度と会えない人たちを思い、食いしばった歯が無意識に唇を噛んで血の味が滲む。

「……」

「紅羽、大丈夫?」

苦虫を噛み潰したような顔をした私を見てカペルが私に近づいてくる。

私が静かに頷くと心配するようなその言葉とは打って変わって、カペルは目の前の瓦礫の山に目を移す。

「もしかしてだけど、ここ、紅羽にとって思い入れのある場所なの?」

どこかで瓦礫が崩れたのか、ザザッと音が鳴る。

私は彼女に近づき、銘板を指差す。

「ここは、私が通っていた学校だ。ほぼ全ての日に登校し、長い時間を過ごした場所だった」

隣に並ぶカペルが何を思うかは私にはわからないけれど、黙ったまま私の話を聞き続ける。

「今日も目が覚めたらまたここに来て、いつも通り友人たちと授業を受け、たわいのない会話をすると思っていた」

でも、その時間は二度と訪れない。私たちが動かなければ止まってしまったように見える世界では、瓦礫と成り果てた過去の記憶は意味をなすことはないから。

目を閉じ、瓦礫から逸らすようにカペルを見る。

「……、行こう。ここにいても何の意味もない」

「本当にいいの?」

「ああ」

そうやってカペルに告げると、短く黙祷した後、彼女は小さな歩幅で歩いて行った。

傷心したところで意味がないと分かっていながらも、悔やんでしまうのは人が人たる故のことなのだろうか。

その事実に悲しむ人も、私以外いないと言うのに。

夢現のままここまで来ていたが、彼女に言われたことが徐々に身に沁みる。

『実際に起きたことよ?』

夢で見たあの惨劇がこの街を襲った。

考えてみればあれが昨日のことだと仮定すれば、救援が来ないのもおかしい。

内心を装いつつ、物言わぬ顔でカペルの横に並ぶ。見るも無惨なこの惨状の中、小綺麗な服を纏った彼女に問いかける。

「カペル、君は何を知っているんだ」

「何って?」

「はぐらかさないでくれ。君は分かってて言っているんだろう、この街がこうなってしまった原因を」

問いかけた質問に呼応するように彼女の足が止まる。

隣に見える自然豊かだった場所の木々が燃え尽きたのか、炭にも似た硝煙の匂いがかすかに鼻腔を突いてくる。

「知って、どうするの?」

宙の空気を伝って、冷たい声が響き渡る。

「あなたがそれを知ったところでどうするのかしら?」

再び「知られたくないから」ではなく、「知ったところで意味なんてない」と言うように、彼女は言い直す。

少しカチンと来てしまったからだろうか。

腰に手を当て、意地が悪いような言葉を返す。

「それを君に言う必要性はない」

「あら」

意外。と言うような顔で彼女は顎に手を当て考える素振りをすると、含みのある笑顔で言う。

「だったら、そうね……、ネタバラシは最後まで取っておきましょうか。だって、そっちの方が美しいと思わない?」

軽い言い草でそう言う彼女は、正面に見える高い建物を指さす。

「ほら、あそこ」

「……、スカイツリー?」

「クライマックスは高いところで、ね?」

私の方を向き直してパチン、吸い込まれそうな赤い瞳を片方閉じてウィンクする。

そうして振り返った彼女は、軽い足取りを崩さずに歩み出す。

堂々と正面から挑発を喰らったようで、私は顰めっ面のまま彼女から距離を少し取り、後をついて行った。

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