第7話





 田村雪乃は、レズビアンかもしれない。


 可能性が浮上したのは、後藤への取材を終え、車内で資料にまとめている最中だった。


 ・恋愛に疎く、結婚願望がない。

 ・男性嫌いではないが、必要とはしていない。

 ・ひとりで生きる覚悟を決めている


 極めつけは、後藤への誘惑。

 いくら心を開いていたとはいえ、冗談でも同性相手に“デートしたい”という願望を見せるだろうか。ましてや、美浦村に住む人間は渡辺を見る限りかなり閉塞的な価値観を持っている。同性愛に対する理解も、まだまだ進んでいないだろう。

 リスクを犯してまで言ったのは、なぜ?

 本心で、あわよくばを狙っていたんじゃないか。船崎の脳裏は、何度考えてもそこに辿り着く。


「そうなると、不妊じゃなくて……」


 相手が女だから、子供を望めないと言っていた?

 彼女を同性愛者だと仮定したら、辻褄が合うには合う。人間関係を避けていたのも、偏見を嫌って孤独を選んでいただけかもしれない。


「ってなったら、次に行くべきは――」


 過去が詰まっていた美浦村には、一旦別れを告げる。渡辺という存在がいる限り、ここでの情報収集には困らない。また必要があれば来ようと、車を走らせた。

 時刻は午後六時過ぎ。帰る前に、せっかくならとアウトレットモールに立ち寄った。


「あれ……」


 しかし、期待は裏切られる。

 平日だからか。それにしても、随分と寂れた雰囲気だ。ところどころ設備が古くなっているのもあるが、何よりも人が少ない。

 ゆっくり買い物ができるのは利点かと切り替えて、ショッピングを楽しむ。値段はそれなりに安く、さすがはアウトレット。目当てのブランド品を、破格の金額で購入できた。

 人並みに服やオシャレ、ブランドに興味がある船崎は、ふと。

 田村雪乃は、こういうものにも無頓着だったんだろうか?と、疑問を抱いた。


「ここで、買い物とかしてたのかな……」


 自分にとっては見慣れない風景だが、彼女にとっては見慣れたものだったかもしれない。

 年頃の少女だった田村が、るんるんとした足取りで店内に入っていく光景を、幻覚に見る。

 きっと今頃は拘置所の中――灰暗いコンクリートに囲まれた一室で、彼女は何を考えているのだろうか?


 ――パチン、と。


 頭蓋の奥で、嫌な記憶が弾ける。


「あぁああああ……死にたい」


 田村雪乃は、ため息を吐き出すように希死念慮を落とした。


「あ〜。死にたい。死にたい、死にたい、死にたい」


 パチン、パチン。音がする錯覚さえ起こすフラッシュバックの連続に、足は落ち着きなく貧乏揺すりを繰り返した。

 映像が過ぎるたび、自分の存在を消したくなる。発火剤のような過去達は火花を散らし、身を焦がすには充分すぎるほどの恥が熱さをもたらす。


「あぁ〜……死にてぇ。死にたい。早く。早く殺せよ。早く早く早く早く」


 なんのために、罪を犯したのか。死ねないんなら意味がないと言わんばかりの主張に、監視員は眉をひそめる。

 

「ねぇ」


 檻越しに、前屈みになって声をかけるも、反応はない。言葉を交わすなという命令でもあるのか、目を合わせることもしない。

 退屈に舌打ちをした田村は、低い天井を仰いだ。

 思っていたよりも、トントン拍子に進まない。死刑は確実なのだから、ややこしい手続きは飛ばしてさっさと殺せばいいものを。肩を竦め、吐息した。


「意外と、つまんなかったなぁ」


 誰に言うわけでもなく、独り言を呟く。


「血のにおいも……きもかったし」


 未だ殺人の感触が残る手のひらを見下ろし、思い返す。

 包丁の刃が、皮膚に沈み込んでいく瞬間を。


「……背骨に当たると、かたいんだよ」


 数センチも刺さらない辺りで止まってしまうから、そうなったら一度引き抜いて場所を変えるか、勢いをつけてもう一度刺す。

 すんなりと刺さっても、筋肉や脂肪の圧によってある一定より先は進まなくなる。そんな時は、ぐりぐりと無理やり押し込んだ。

 人は不思議なもので、刺されている自覚がないうちは「違和感がある」程度に留まる。

 そして、気が付いた途端に泣き、叫び、喚くのだ。


「あれだけは、楽しかったなぁ」


 阿鼻叫喚の光景。パニック映画さながら、人混みは乱れ、あちらこちらへ我先にと逃げようと藻掻く人々の背中を、次々に狙いを定めて刺しに行った。

 その瞬間だけは、生きている心地がした。

 そばで聞いていた監視員の男は、胸糞の悪さを感じて口元を引きつらせる。反して、田村はヘラヘラと口角を緩めた。


「もっと、もっともっと殺せばよかった。何人だっけ?死んだの。どうせ、数人でしょ。ほとんど、生き残っちゃったんじゃない?」


 この時の田村にはまだ、被害の全貌は明かされていない。生死を彷徨う命もあり、具体的な被害数が断定できない状態だったからだ。


「ほら。男は、丈夫だから〜……もっと、メッタ刺しにしてやればよかったかなぁ」


 ここで、田村が男性をターゲットにしていたことが、判明する。

 被害者十二人のうち、十人は男性。残る女性ふたりは田村自ら選んだわけではなく、止めに入る過程で巻き添えを食らってしまっただけである。


「いったい……お前は、何がしたいんだ」


 思わず、監視員の男は声に出して聞いてしまった。

 田村は満足げに、笑う。


「君の負け」


 いつの間にか、始まっていた勝負。


「バーン」


 手で作った銃で撃ち殺した田村の、無邪気な笑い声だけが、虚しく響き渡った。 



 

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