第3話






 茨城県稲敷郡美浦村――県内にふたつしかない村のうちの、ひとつ。

 高いビルは存在しない風景の道路をひたすら突き進むこと、数時間。休み休み運転してきたとはいえ、なかなかに距離があり到着する頃にはすっかり日も暮れていた。

 座りっぱなしで痛む腰を叩きながら、寄ったコンビニ前で大きく伸びをする。清々しい爽やかな空気感は、都会にはない気持ちのいいものだった。

 まだうっすらと橙が残る空には、星々が瞬いている。邪魔をする光がないからか、いつもよりくっきり映えて見えた。


「にしても……何もないとこ」


 想像以上の、田舎。

 建物は点々としか存在せず、景色のほとんどは田んぼか山の緑だらけ。電車も通っておらず、バスも滅多に走らないことから、車で来て大正解だったと安堵する。

 村内に宿泊施設がないことから、隣接する阿見町のホテルを予約して、チェックイン。個室が連結し、並んでいるような造りの場所だ。

 出来たばかりなのか、コンテナ式の部屋はどこも清潔感に溢れていた。

 近場には、アウトレットモールもある。仕事は置いといて、取材を終えたらショッピングに行こうと、私的な理由でも胸を高鳴らせた。

 運転だけで疲れ果てた体をベッドに預け――翌朝。


「――雪乃?あぁ、あっこの。嬢ちゃんね」


 とりあえず手当り次第、目についた人物に話しかけて回ろうと企んでいたところ、ひとりめでビンゴを引き当てた。


「ご存知ですか?」

「知ってるも何も、遠い親戚だべさ」


 親族を名乗った男性――渡辺勝次に、詳しく話を伺う。

 暑いからと木陰に移動し、お礼のブラックコーヒーを差し出したら、彼は嬉々として聞いてもいないことまで教えてくれた。

 なんでも、昨年に妻を失くしたばかりで話し相手を失い、こうして誰かと会話できるのが嬉しいんだとか。


「田村んとこの兄ちゃんは、よくできた子なんだわ」

「お兄さん、ですか?」

「あぁ。啓介ってんだ。顔もイケメンでな、確かー……子連れの奥さんがいたんじゃなかったか」

「そうなんですね…」


 田村啓介、35歳。二つ年上の女性と約十年前に結婚、連れ子である男の子を育てている。

 現在は美浦村を出て、土浦市にて一軒家を購入。付近の工場で正社員として勤務。高校卒業後、転職はせず一本で働いてきているため今では役職付き。仕事ができる男として、巷では有名なようだ。

 自分ごとのように自慢した渡辺だったが、かれこれ数年は付き合いがないという。ほぼ疎遠状態で、連結先すら知らない。


「田村さん……雪乃さんは、どういったお子さんでしたか」

「あぁ、次女の雪ちゃんね。活発で、元気な子だったな」


 野原を駆け回り、うさぎのように飛び跳ねては笑顔を振り撒く女の子だった、と。予想外の幼少期に、衝撃を受けた。

「そういえば家に写真があるある」――わざわざ招き入れ、見せてくれたアルバムに映っていたのは、確かにハツラツとした少女そのものだった。

 肌も褐色で、髪型も邪魔になるからとボーイッシュ。色白で伸ばしっぱなしであろうロングヘアの今とは、似ても似つかない。正反対の容姿をしていた。


「これ……撮っても?」

「あぁ、いいよ。どうせ、俺が死んだら捨てる写真だ。持っていってもいい」


 余命も僅か、息子夫婦は異国の地へ行ってしまい、終活を始めた勝次にとって処分できるのはありがたい話なんだろう。

 幼い頃の写真を数枚、拝借という形で受け取った船崎は、笑顔で木登りをする少女をじっと見下ろした。


『――いえーい!一番上まで登った!』


 声が聞こえてくるほどの、屈託のない表情。

 切り取られた日常を頼りに、田村になった気分で妄想を膨らませる。

 同時に、考察も始めた。


 出来のいい兄。


 小学生の頃は活発。


 いつから……なぜ、彼女は引きこもりになった――?


 浮かんだ疑問を解消するため、次に向かったのは美浦村にある唯一の小学校だ。


「話せませんよ。個人情報ですから」


 しかし、こちらは取材拒否。田村雪乃が事件を起こしたことはニュースにもなっているから教師達も把握していたらしく、警戒心を強めていた。

 訪れたのは、今のところ船崎のみ。当たり前だ、田村の実家及び地元を知る記者は、現時点では彼女しかいないのだから。


「迷惑です。二度と来ないでください」


 ピシャリと受付の扉を閉められてしまったこともあり、断念。

 ならば――次は、実家に突撃だ。住所は、渡辺から聞いた。彼は丁寧に、手書きの地図まで添えて教えてくれた。

 ありがたいことこの上ないが、自分の身内にはいてほしくない存在でもあった。あんなにもベラベラ話されてしまっては、たまったもんじゃない。記者の味方ではある。

 実家は、切り開いた山道にぽつんとある一軒家。インターホンを押したが、不在なのか反応はなかった。居留守の可能性もあるが、状況が状況なので致し方がない。

 諦めきれず、周辺をうろつく。

 半径数100メートル以内に家がないことから、近所付き合いも希薄そうだと、ここでも可能性の低さに肩を落とした。


 が。


「あー……雪乃ちゃん、ね。よく遊んでましたよ」


 思わぬ収穫が、入る。


 隣人――と、定義してもいいのか微妙なほど遠く離れた一軒家。

 インターホンに反応して出てきた、キンパツのプリン頭で赤子をひとり抱えた女性は、田村の同級生――幼馴染。


 百咲里保ももさき りほ


 幼少期の田村を、誰よりもよく知る人物だ。

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