王弟殿下は領地とアンを手に入れたい!

もも@はりか

第1話 「アンちゃん病」という不治の病

 イングランド王国の首都・ロンドン。


 姿勢が悪い上に顔色もあまりよくない王弟リチャードは悪鬼のような形相で馬に乗り街を駆け巡っていた。


「うおーーーーーーー!!!! アン! どこ行ったーーッ!! 領地ごと君が欲しいーーーーーー!!!!!」


 百年の恋も醒めるような恋人の探し方である。


 ***

 

 中世、イングランドを混乱の渦に巻き込んだ薔薇戦争は、エドワード四世の即位とその施策により一旦は小康状態を得た。しかしエドワード四世の重臣であるウォリック伯リチャード・ネヴィルが裏切り、またもや戦が始まる。そしてウォリック伯は戦死し、エドワード四世は勝利した。

  

 ロンドンにあるベイナード城。


「⋯⋯戦も終わったし」


 姿勢が悪く顔色も土気色の青年が、本を読んでいた。王弟グロスター公リチャードだ。


「戦も終わったし? 何? リチャード」


 中年ではあるものの非常に美しくつややかな女性が時祷書じとうしょを読んでいる。王母セシリー・ネヴィルだ。


「兄上も勝利しましたし、僕も結婚しようかと思いまして。二十になりますし」

「まあ」


 セシリーは末息子のリチャードをまじまじと見た。


 よく見れば金髪碧眼でかなり端整な顔立ちをしているが、顔色は土気色、姿勢も悪い。まるで死神にとりつかれているかのような雰囲気の息子である。しかも性格は良く言えば謹厳で聡明怜悧、悪く言えば根暗で狡猾。


「⋯⋯えっ⋯⋯嘘⋯⋯、あなたを受け入れてくれた心の広いありがたい淑女レディがいたの?」

「母親が人格否定してくる。……ごほん。まだ何もしてないんですけどね。最近会ってもいないし」

「成婚望み薄!」


 セシリーは悲鳴を上げた。

 リチャードは本を閉じ、母をまっすぐ見た。


「母上にお伺いしたいことが。これから女性を口説くんですけど、どんなことをされたら嬉しいですか?」

「え? わたくし? 嬉しい? そうねえ⋯⋯あぁー」


 セシリーはパッと花咲くように微笑んだ。


「殿から年収の一割くらいのお値段のする超豪華ドレスを頂いたときは本当に嬉しかったかしら!?」


 殿、つまりリチャードの父親であるヨーク公はセシリーを溺愛していた。暇さえあれば子作りしており、十二人くらい子供を作った。ヨーク公一家(子供たち十二人に夫婦)でバレーボールもバスケットボールもミニサッカーもやれる。


「年収の一割の値段の超豪華ドレスか⋯⋯」


 リチャードは顎に手をあてて沈思し始めた。セシリーは首を傾げた。


「でもわたくしは超豪華ドレスで喜ぶけれど、どんな淑女なの?」

「寡婦なんですけど」

「寡婦!? やめてちょうだい!! あなたまで身分の低い寡婦にたぶらかされたんじゃないでしょうね!?」


 セシリーは金切り声を上げた。兄・エドワード四世は身分の低い寡婦であるエリザベス・ウッドヴィルという女性を妻に迎え、セシリーを見事に激怒させた。


「違います! 違う! 違います、母上もよくご存知の」

「ん?」


 リチャードは声を掠れさせた。


「……アン・ネヴィル」

「まあ、アンちゃん?」


 ころっと母は態度を変えた。アン・ネヴィルという女性は母の親戚であり、母はとても彼女を可愛がっていた。


 リチャードもいろいろな都合でアンとともに暮らすことがあった。おっとりした女の子で、あまり明るくないリチャードにとても優しくしてくれたのを記憶している。


 しかし、アンは別の男性に嫁いでしまった。──ランカスター朝ライバル王朝の王子に。


「えっ! やっぱり! お母様、応援しちゃう! リチャードはアンちゃんが大好きだものね」


 セシリーはご機嫌になってリチャードの手を握りしめた。ずきっ、と動悸がする。


 そんなことないんだけどな、とリチャードは引きつった笑顔で母を見下ろす。


 いつの頃からか、アンのことを見たり考えたりするととんでもない体調不良に襲われた。動悸・息切れ・ほてり・目眩・胸の痛みなどなどである。彼女の結婚のことなど考えると何故か泡を吹いて失神してしまった。


 医者に聞いても司祭に聞いても原因不明とのこと。

 「アンちゃん病」というではないかと言われた。

 あまり考えないことがいいらしい。


 だが今回、体調不良の原因である彼女をめとろうと思ったのは。


(アンの父親のウォリック伯がこのあいだ戦死しただろ⋯⋯、ウォリック伯には娘二人しかいない。アンと結婚すれば超絶マグナムサイズのウォリック伯の遺領の少なくとも半分が手に入る! アンとは形ばかりの夫婦でいい! 領地! 領地! はい! 領地!!)


 ひとえに領土欲のためである。


「でもねえ」


 セシリーは唇を尖らせた。


「アンちゃん、最近見かけないのよね」

「⋯⋯やはり」


 だが、そのアンの消息がつかめないのだ。

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