第拾陸話『虎の娘は勝利の女神』─分離と再生、継承・舞い・痛み

interlude─朝

今日は、また外出。もう絶好。

「今日は知的に映るけど、感情を拒まない服って感じかな。」

ハンガーを指先でなぞりながら、選ぶ順序には迷いがない。

「まず、トップスはHYKEのシアーニット。グレー。透け感はあるけど主張はしない。

見られることより、透けていることに気づかれないくらいがちょうどいい。」

「インナーはCOSのブラトップ付きタンク。

これは絶対に服を着るというより、構造を補うって感覚。

脇の処理が正しい。胸のライン、出しすぎない。……だから私になるためのベース。」

スカートを手に取って、光にかざす。Mame Kurogouchi。サイドプリーツ。

この動きの保留感がいいのよ。歩くたびに空間を分けてくれる感じ。

あと、グレー×黒で止めない。波長差を仕込むこと、重要。

靴はOnitsuka Tiger、今日はDENTIGRE STRAPでいこう。

テック寄りだけど、足元で抜く。これでガジェット持っているのが似合う人間になれる。

たぶん今日、二回くらいカメラ出すから。」


ヘアアクセは手首で結んだ細ゴムを指で弾いてから─


「細い紐ゴムでポニーテール……一本ピンは整えてないように整える用。


考えすぎてないふうに見せるのって、思考の技巧なのよ。」

そして最後に、机に置いてあったバッグ。Piano Bag。Hender Scheme。

これ、ほんとはちょっとエモい。柔らかい形状で、エッジもないのに、中には硬いガジェットが詰まっている。矛盾を服で運ぶって、いいでしょ。」

鏡の前に立ち、姿を一瞥する。


「うん。これで、今日の私は正しい。あとは言葉の選び方さえ間違えなければ─崩れない。」


【喫茶店にて】

B「この靴、オニツカ。」

A「現アシックス。有名なスポーツ会社だね。それがどうしたの?」

B「いや、そこまさにそこの話を、今日。話そうと思ってね。なぜオニツカはメーカーとしては

現存するものの、アシックスになったのか、そしてその裏には何があったのか。面白い、と

言うのも変だけれども、知っておいて損はないよ。今、新興は盛り上がっているとはいえ、

この手のスポーツブランドの最大手がナイキであることには誰も疑う余地はないよね?」

A「そりゃ。有名なスポーツ選手はみんなあのロゴを纏っているからね。全員じゃないけど、

相対的に目立つ。あ、そうか、NIKEの始まりって確か元々そう言う商売ではなかった。」

B「ええ、性格にはそういう世界にはいたけれど、最初NIKEは元々オニツカの販売代理店

だったの。その名、フィル・ナイト─彼はオニツカをアメリカで売ることで始まった。いや、正確にはビル・バウワーマンと共に歩み始めた。一九六四年にBlue Ribbon Sports。通称BRSを設立してね。と、言うのも当然ながら、フィル・ナイトもスポーツ選手だった。そこで、オニツカタイガーの創業者である鬼塚喜八郎に会いに行く。ここら辺の行動は、その昔シド・ミードがロバートAハインラインに直に会いにいったというのと同じで、やはり行動力の化身だわ。」

「意外だな。でもその感じだと、どう決裂するか、パターンは一つしかないと思う。」


微笑して、視線を自分の足元に


「そうね、代理店で売っている、そしてバウワーマンがいる。そして関係性でいえばコーチと

教え子。こうなれば「自社」というのが出てくるのは明らか。そしてその気力は朝ごはんの「ワッフル」がアイデアとなっていくのよ。こういうところは、なんとなくわかるわ。

何気ない行動、物を見ているとそれがなんらかのきっかけになること、私も何度かある。」

A「村上春樹も野球場で試合をみていたら「書けるかもしれない」と天命を受けた。」

B「あれ、私は「真実」と言う前提を元に言えば出来過ぎともおもうけれど。

彼の人生基本的に文化体系の御曹司みたいなものじゃない。まぁそれは置いておく。

それで、登場するのがキャロライン・デビッドソン。ロゴをデザインした人ね。

後に見合う恩恵を受けた。

その意味では数あるアメリカの企業ヒストリーの中でも、恵まれた方よ。覚えているでしょ?この前話したマクドナルド兄弟の悲惨な末路。ビジネスに慣れてはいない相手に「口約束」で満足してしまった結果が今。デヴィッドソンは当時三十五ドルという報酬。

しかしこれも当時を考えれば学生に払う額としては妥当であり、その意味では珍しく

内輪では喧嘩していない。少なくとも表面上では。─だからこそオニツカはが苦労した。」

A「ビル・ゲイツとマイクロソフト vs ゲイリー・キルドールとCP/Mの話に飛ばなくて

ホッとしたよ」

B「マイナーだからなぁ、あっちは林檎合戦の方が面白いし、と言うか、話の腰を折らないで。

一九七一年、BRSは、オニツカとの契約を一方的に打ち切り、自社ブランドとして、NIKEを立ち上げる。これにより、オニツカは北米市場の販路を突然失った。それまで育ててきたアメリカ市場での流通とブランド認知がゼロに戻ってしまったわけよ。NIKE側は既に、技術・

販売ノウハウ・市場データを吸収済み。いわば「虎の子」を奪われた形となったわけさ。

当初より、ナイト側は靴の再設計やロゴ変更でうまくオニツカの意匠から距離をとっていた。だから、オニツカ側は決定的な訴追に至れなかった。その結果、裁判だからやっぱり費用と

時間が無駄に浪費される。フィルは鬼塚喜八郎をビジネスにおいては鋭いが、アメリカ市場に関しては慎重すぎたと自伝で評しているわ。もちろんこれは私の意訳だけどね。

要するに文化の違いなのよね。鬼塚自身が裁判には立っていないし。その意味では、フィルも悪意はない。自己展開していく過程での中、虎と衝突しなければならなかったのよ。」

A「鬼塚喜八郎本人が裁判で戦ったわけじゃないんだ?」

B「ええ、表には出てこなかった。でも、会社の矜持として戦ったの。

たぶん、静かに怒っていたと思う。名前を奪われ、販路を奪われ、そして勝利の女神の物語にされていく。それが、どれほど苦かったか、いやはや私には口にできないわ。」

A「そして当初は「TG-24」や「Mexico」と呼ばれていた共同開発商品、「コルテッツ」問題はこれなんじゃない?私論だけど、ここさえおさえればまだダメージは少なかったと思う。」

B「名前がまず攻めているものね。名前の由来はエルナン・コルテス。これは、スペインの征服者から。そしてね、これがまた面白い。なぜスペイン征服を引用をしたのかといえば、それは、ドイツが生み出した最強のブランド「ADIDAS」の中の商品「アステカゴールド」という靴に対抗の意志としてなの。まぁ、ドイツのすごいところは、弟はPUMA作っているところなのだけど。工業国の風格はやはりどこにでも現れるわね。ともかく、「Nike」的な攻めのブランド感を先取りしているわ。英語で書いても「Cortez」そして名付けたのはBRS、設計はオニツカタイガーという関係性。だからこそ、その通り。これを失うのはオニツカからしたら痛手。

なぜなら、西洋的なネーミング思想と、日本の技術力の結晶体。そんなCortezの商標さえ

守り切れれば「うちはNIKEの前進と共同開発をしていました。そしてこれがその結晶」と

いうことができた。言い換えれば「NIKEの原点にオニツカタイガーあり」ということが物質的に証明できたわけよ。そのくらい、Nike神話以前における「完成された形」──まさに胎動期の女神像だったわけよ。つまりCortezは「NIKE以前のNIKE」であり、虎の中に宿っていた女神の雛形なの。」

A「その「コルテッツ」という名と外観がNIKEに渡ったことで、Nikeは誕生の記憶までも

物語として獲得した。企業に物語というのは最強の武器だからね。対してオニツカ側は、機能だけを手元に残し、「Corsair」という異物のような別名で売るしかなくなった。これじゃまるで偽物、という印象をひとは覚え、そして、NIKEの「コルテッツ」に走るよね。そりゃ。

技術者としての矜持は残ったが、象徴の中核=神話装置を失った。という意味では、やはり

「コルテッツ」という存在が大きすぎた。それは機能性だけでなく「美学」「物語」「西洋東洋の融合」あらゆる面で「マテリアル」として完璧すぎた。そんなコルテッツをNikeにもっていかれた瞬間こそ、オニツカの決定的な敗北だった。もしこの一点を死守していれば──どう転んだかは傍に置くとして、少なくとも、NIKEは「ワッフルの靴を作った新興ブランド」

に過ぎなかった。だが「虎の娘」としての物語まで持っていかれたことこそブランド資本主義における最大の敗北だった。というのは妥当だ。象徴を持つ者が物語を支配する。」

B「きついこというわね。でも実際そう。ワッフルソールは革新。そこには寸分の疑いもない。が、しかし一方で、Cortezのビジュアルと名前がNikeを最初に神話化させた。ここにかかる

「演出」とも言える存在はもはや理屈では表現しきれないものがある。一歩、五十歩、百歩、踏み出して行ったに、重ね合った時間と技術が融けていった。そしてその液体はオニツカには注入されなかった。半分、青い血、未だに青い血がね。」

A「ま、後に、ジィティオー社、ジャレン社との合併によって生まれ変わるのが今のASICS。

もちろん王者ではないけど、スポーツブランドとしての一定以上の存在感はあるわけだ。

そもそも語源が、ASICSは、ラテン語の格言の「Anima Sana In Corpore Sano」。

これは「健全な身体に健全な精神が宿る」の頭字語で、こういう精神は鬼塚喜八郎の創業時からの理念が明確に刻まれている。、あくまで現実に根差した機能的誠実さを貫いている。

ASICSは空を舞うことは選ばなかった。だが、地上を誠実に走り続ける道を選んだ。理念を捨てず、名を変えた者たちの矜持が、そこにはある。それだけで十分だと思うけどね。

勝利の女神が王者たり得た存在理由に「オニツカタイガー」があったという事実は絶対に否定できないのだから。」

B「そうね、「たられば」ほど無意味な語りはないけれど、実際制御できていたかどうかは別問だし。GUCCIや、円谷プロのような創業一家だれもいない、けど運営はしっかりと統御されている。奇しくも前のクロックみたいな未来だってあり得たわ。文化文明歴史が異なる。その場合、純粋に合わないのは当然の帰結だわ。」

A「物語は誰の手にあるのか。ブランドは誰の言葉で語られるのか。その問いこそ、神話装置における最大の鍵であり絶対的勝利条件だよ。だからこそ、創業者神話も一概には肯定できない。理念が語り継がれることと、記号として消費されることの境界線は曖昧なんだ。だからこそ「曖昧にせず、徹底的に価値を問い直し、理念の衝突に決着をつける」これが大事になる。企業、とりわけ「物」をうるケースにおいて、その分岐点にはいつも、文化と資本の軋みが潜んでいる。」


B「談義はなくならないわね。なんかいつも延々喋ってるよね。わたしたち。

けれども、この語りによって、こうして誰かの心を平穏を少しでも取れ戻せるのなら、私たちの会話も意味があるのかもしれないわね笑。あ、そうだ、今日Aはどんな靴履いているの?

A「NIKEだけど」

B「……ああ、ダメだ、もう……私、今日、最初から思弁が空回りしていたのよ。

ごめんなさい。今日オートノミーが乗っ取られているみたい。こんな状態で、思弁に語る自分なんてのは皮肉でしかないわ。恥ずかしい、いま、わかりたくないことを、理解しようと、

限界なのよ。嘘よ。こんなの、私が赤面なんて、ディクスンカーのようにカーっとなったりするなんて」


A「それらは全部「奇跡」なんだ。オニツカにフィルが乗ったこと。いや、使ったその段階で。そしてブルーリボンを設立してまで代理店を直談判で行ったこと。ここから先はもう理屈というか流動的に動くしかない。この代理店だけの関係性が延々続くはずがない。これは小手先の結論というよりも、あらゆる物事がそう。厄災であろうとなんであろうと「その状況」が延々と二〇、三〇年、一〇〇年続くはずがない。だからその意味では未来なんてものはわからない。」

B「そんなぁ〜で、でもそれはすり替えよ!!」

A「うん。そうかもしれない。でも─、マシスンの『地球最後の男』、つまり吸血鬼の話、あるいはジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』の世界で正常であることを選択、思想し続けるのもまた無理はある。今日のBはちょっとそこが弱かったね」

B「AってそんなにSF詳しかったっけ、、私、結論を巻かされるよりその援用を言われたことの方が悔しいわ。」

A「この前家に上げてくれた時、二作借りたでしょ?それがこの二作だっただけさ。要はBの本棚から偶々得た知見さ。その意味ではこの援用はBが本来するべきだった。でも今日はどこか不安定だった。だから隙ありだったというわけさ。」


沈黙。そして─


B「あげる」

A「???」

B「その二冊あげる、いや持っていてくれないかしら?私がこんなになったのもきっとその

二冊のせいだから!!厄災は払っておくべきだわ。」

A「呪いにしては、少し、嬉しい贈り物だね」


そういいAはBとお互いの足を写真を撮った。もちろんフォーカスは靴に合わせて。

Music By amazarashi. 『奇跡』

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