第13話

開店! メニューは「唐揚げ」と「ハイボール」

 ラルディアの貴族街の裏手。

 かつて「幽霊屋敷」として恐れられていた廃墟に、今夜、新たな灯がともった。

 看板に掲げられた名は『Dining Bar AOTA』。

 重厚な扉の隙間からは、暖色の柔らかな光と、ジャズ(スマホから流している)の心地よい音色が漏れ出ている。

「へい、いらっしゃい! ここが噂の新店でっせ!」

 フロアマネージャーのニャングルが、愛想よく扉を開けた。

 招き入れられたのは、彼が事前の宣伝(という名のサクラ勧誘)で連れてきた、数人の小金持ち商人たちだ。

「おいおいニャングル、こんな廃墟に何があるってんだ?」

「それに、噂じゃここは化け物が出ると……ヒッ!?」

 先頭の男が悲鳴を上げて立ち止まった。

 無理もない。

 カウンターの中に立っているのは、漆黒のタキシードを着た鬼神・龍魔呂だからだ。

 その眼光は鋭く、まるで獲物の急所を見定めるように客を見据えている。

 手にはアイスピック。氷を割るためだが、凶器にしか見えない。

「……いらっしゃいませ(ドスの効いた低音)」

「こ、殺されるぅ!?」

「帰ろう! ここはヤバイ!」

 客たちが回れ右をしようとした瞬間、俺が厨房から顔を出した。

「お待ちしておりました。当店のバーテンダーは少々顔が怖いですが、腕は超一流です。まずは騙されたと思って、当店自慢の一杯を飲んでいきませんか?」

 俺はニッコリと笑い、龍魔呂に合図を送った。

 龍魔呂は無言で頷き、グラスに氷を投げ入れた。

 カラン……。

 その音の響きが、あまりにも澄んでいた。

 ネット通販の『業務用製氷機』で作った、不純物のない純透明な氷だ。

 そこに注がれるのは、琥珀色のウイスキー(角瓶)と、キンキンに冷えた強炭酸水。

「……ハイボールだ。飲め」

 龍魔呂がグラスをドンッ!とコースターに置く。

 シュワシュワと弾ける泡が、間接照明に照らされて宝石のように輝いている。

「こ、これは……酒か? 泡が出てるぞ?」

「毒じゃねぇだろうな……」

 恐る恐る、商人の一人が口をつけた。

 ――シュワァァァッ!!

「んぐっ!? な、なんじゃこりゃあぁぁ!!」

 男が目を見開いた。

「冷たい! 歯が痛くなるほど冷たい! それに、口の中で何かが弾けたぞ!? 痛い、けど……爽快だ!」

 この世界のエール(ビール)は常温が基本だ。氷は魔法使いが生み出す高級品で、飲み物に入れるなど王族の贅沢である。

 ましてや、炭酸の刺激など未知の体験だ。

「喉越しが……凄い! 脂っこい胃の中が洗い流されるようだ! なんだこの酒は!」

「これこそが『ハイボール』。そして、それに合わせる最高の相棒がこれです」

 俺はカウンターに、揚げたての料理を並べた。

 【若鶏の唐揚げ(特製ニンニク醤油味)】

 【アンチョビポテト】

 【海老とキノコのアヒージョ】

 ジュワジュワと音を立てる油。

 ニンニクとアンチョビの強烈な香りが、店内に充満する。

「肉だ! 揚げた肉だ!」

 客たちがハイエナのように飛びついた。

 熱々の唐揚げを頬張り、肉汁で口の中を火傷しそうになりながら、ハフハフと咀嚼する。

「うめぇぇぇ! 衣はカリカリ、中はジューシー! この塩気! たまらん!」

 そして、口の中が油で満たされたところに、冷たいハイボールを流し込む。

 ――プハァァァッ!!

「あ、合う! 合いすぎる! この酒は、脂っこい料理のためにあるのか!」

「無限に食えるぞ! おいバーテンダー! おかわりだ!」

 理性が吹き飛んだ客たちが、次々と杯を空ける。

 龍魔呂は「……チッ、飲むペースが速い」と舌打ちしながらも、目にも止まらぬ速さで次々とハイボールを作り出していく。

「お待たせしましたぁ! アヒージョですぅ!」

 ホールでは、ルナがバゲットを添えたアヒージョを運んでいる。

 彼女の完璧な美貌と、ドジっ子属性(たまにつまずいてよろける)が、酔っ払った客たちの心を鷲掴みにしていた。

「か、可愛い……! エルフの給仕なんて王宮でも見たことないぞ!」

「お嬢ちゃん、こっちにも来てくれ!」

「はいっ! 今行きますね! わぷっ!(何もないところで転ぶ)」

 店内はあっという間に熱気に包まれた。

 ニャングルがカウンターの端で、電卓を弾きながら震えている。

「す、凄い……! 客単価が昼間の屋台の10倍や! しかも、酒の原価率は……笑いが止まらん!」

「だろうな。だがニャングル、本当の勝負はこれからだ」

 俺は厨房からフロアを見渡した。

 今はまだ、商人が中心だ。

 だが、この噂はすぐに貴族街にも広まるだろう。

「金と暇を持て余した貴族たちが、この『刺激』を知ったらどうなるか」

 俺の視線の先では、龍魔呂が客に絡まれていた。

 酔っ払いが「もっと愛想よくしろよ!」と肩を叩こうとした瞬間、龍魔呂が殺気だけで客を腰砕けにさせている。

「……ひぃっ! す、すんません!」

「……酒が不味くなる。静かに飲め」

 その冷徹な姿を見て、なぜか頬を染めている女性客(商人の妻たち)がいることに、俺は気づいてしまった。

(……まさか、本当に『需要』があるのか?)

 俺の予感は的中することになる。

 翌日から、この店には「冷たい目で見下されたい」という特殊な性癖を持つ貴族令嬢たちが、列をなすことになるのだ。

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