孤児転生スローライフ譚

@ARkn3Jnnb1TVm9

第1話 孤児転生──暗闇の板の間で

──痛い。


その一言が、意識の底から泡のように浮かんできた。


次に感じたのは、冷たい空気だった。

湿った木の匂いが鼻をつき、頬には硬い板の感触。

まるで古い木の床に直接寝かされているようだ。


「……ここ……どこだ?」


声が震え、自分の耳に戻ってきた響きはやけに幼い。

違和感に気付いて手を動かそうとするが、暗闇で状況を把握できない。


さっきまで、俺はタブレットで無料小説を読んでいた。

いつもと変わらぬ引きこもり生活の一コマ。

それなのに――気付けば、真っ暗な板の間で転がっている。


混乱と恐怖が胸にせり上がる。


そのときだ。


『魂の定着を確認致しました』


頭の中に、直接声が流れ込んできた。


「……は?」


誰の声でもない。

機械のようでも、神のようでもある。

唐突すぎて理解が追いつかない。


『これより“神々の加護”および

 “EX統合スキル”が適用されます』


「ちょっ……待て……!」


『考え・想像するだけでスキルが創造され、

 使えば使うほど成長します』


「いや、いやいやいや!?」


異世界テンプレの説明が、

なぜか“落ち着いた女性アナウンス”の声で続く。


『詳細はステータスボードをご確認ください』


「ステータスって……」


言いかけた瞬間、視界の奥に薄い光が浮かぶ。

暗闇の中で、青白いパネルだけが淡く光っている。


『転生に際して“強制イベント”はありません。

 ただし、この世界でも

 戦争・紛争・内乱・殺人・疫病などの死因は存在します。

 どうぞお気をつけくださいませ』


「軽い口調でとんでもないこと言うな……!」


説明が終わったと思ったのに、

最後の一言が妙に丁寧で逆に怖い。


だが、ひとつだけ確実なのは――

ここは、俺が知っている世界じゃない。


恐る恐る、ステータスボードに触れる。

手は小さく、痩せている。

今の俺の身長は……100センチもないだろうか?


そこには、見覚えのない名前と情報が浮かんでいた。


【名前】リク

【年齢】6歳

【種族】人間

【肩書】孤児

【スキル】EX統合スキル/加護:無記名


「……6歳?」


俺、六歳なの?

いや、確かに声は子どもっぽいけど……

中身は三十路越えの疲れ切ったおっさんのままだぞ?


「転生……ってことか」


俺はゆっくり体を起こす。

暗闇でさえ、板の間の冷たさははっきりと伝わる。

服も薄い。

ここが貧しい建物なんだと直感でわかった。


そのとき、遠くで扉の軋む音がした。


「……リク? 起きてるの?」


少女の声だ。

年齢は多分十歳くらい。

俺より少し年上だろう。


かすかな光とともに扉が開き、

やせた少女がこちらを覗き込む。

長い茶髪、痩せぎすの腕に古びたエプロン。


「ご……ごめん。驚かせちゃった?

 でも、朝だよ。みんな畑仕事に行かなきゃ」


畑仕事。

孤児。

この古い建物。


ここが、

村の孤児院であることは理解できた。


「えっと……俺……」


まだ混乱している俺を見て、少女は微笑む。


「大丈夫。ここでは、怖いことないよ。

 お腹がすいてるでしょ?

 パン、少しだけど食べよ」


少女は手を差し伸べた。

その手は、驚くほど温かかった。


――ああ。

異世界転生ってやつは、

こうして始まるのか。


なら俺は……

この世界で、今度こそ。


「……よろしく……お願いします」


少女は優しく俺の手を握った。


「うん、リク。今日から一緒にがんばろ」


その瞬間、

胸の奥で何かがふっと軽くなる。


スキルのことも、神々の加護も、

今はどうでもよかった。


まずは、生きること。

この世界で、やり直すこと。


暗闇に落とされた孤児の俺の

スローライフは、ここから始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る