1-3 Dancing into the night

 寒空の下、路地裏をひとり歩く。

 周囲には人影もなく、街灯の明かりと月光だけが道を照らしている。

 ひとりで夜に出歩くと、昼間とは違った解放感と心地よさを感じるのはなぜだろうか。


 ドォン――!!


 閑静な住宅街には似つかわしくない爆発音が響いた。

 今の音、近くだろうか……

 事故か、不良達が悪さでもしているのだろうか。


 買い物を済ませて帰るつもりだったが、気になる……。

 気づけば音のした方へ引き寄せられるように歩き出していた。

 進むにつれて、騒音は次第に大きくなっていく。


「小学校?」


 音は、昔通っていた小学校のグラウンドから鳴り響いているようだった。

 そこには照明は無く、月光だけが、薄く辺りを照らしている。


 その中に、二つの影が見えた。


 片方は人のようだったが、もう一方は人の数倍はあろうかという巨大な影だった。

 熊か何かだろうか……にしても大きいが、薄暗くよく見えない。

 その巨体からは想像できない速度で暴れ回っており、その動きは知性の無い獣のようだった。


「……よいしょっ!!」


 女性の声が聞こえる。

 人影が宙を舞い、怪物の攻撃を軽やかにかわした。


「Fire――!!」

 彼女が持つステッキから、星が煌めく。

 それは束となって、怪物めがけて降り注いだ。


「ガ……ォ……」


 怪物は怯んだように唸り、動きが鈍る。


 次の瞬間、彼女は天を舞い、空中からかかと落としを叩き込んだ。

 怪物は灰のように崩れ、跡形もなく消えていった。


 ……終わったのだろうか。いったい何だったんだろう。

 興味をそそられるが、わざわざ相手に話しかける勇気もなかったので帰ろうとした時――


「誰!?」


 見つかってしまった……。


 その場から走って逃げ出した。

 はぁ、はぁ、と自分の呼吸音だけが聞こえてくる。

 後ろを見ると、背後には信じられない速度で ”何か” が迫ってきていた。

 次の瞬間、その ”何か” は自分の頭上を飛び越え、行く手を塞ぐように立ちふさがった。


 来るなら来い!と身構えたが、相手の顔を見ると、見たことのある顔だった。


「胡桃沢?」

「ひなくん……? なんで……」


 街灯が照らす道端で、高校一年生のクラスメイト――かつての幼馴染、胡桃沢唯くるみざわゆいが魔法少女のような恰好をして立っていた。

 魔法少女と呼ぶにはどこか艶めかしく、すらりと伸びた手足、わずかに露出した肌からは、色気が感じさせられる。


「……何してんの?」

「……」


 返事は無い。

 知り合いに見つかるとは思っていなかったのだろう。突然の出来事に、彼女は戸惑っているようだった。

 確かに、高校生になってその格好で夜に出歩くのは、勇気がいるだろう。


 ……このまま逃げるか!! そう思い後ずさりした時――


「待ちなさい!!」


 鋭い声で呼び止められた。


「何?」

「何って……、見られたからには、生かして帰せない……」


 そういって、魔法少女風の意匠が施されたステッキをこちらに突きつける。

 周囲の光を集めるように、ステッキの先端へ徐々に光が点る。


「ちょっと、待って!! 誰にも言わないから」

「信用されるとでも……」

「昔は仲良かっただろ?」


 子どもの頃、彼女とは家が近くの幼馴染だった。

 昔は、それなりに仲が良かった――はずだ。


「……憶えてるの?」

「何が? 昔の事?」


 彼女は小学三年生のとき、親の仕事の都合で突然、海外へ転校していった。

 それ以来、会うことも連絡を取ることもなかった。

 高校生になって、同じ高校、同じクラスになったのは――彼女が日本に帰ってきていたことすら知らなかっただけに、驚いてはいたが……。


「学校で、私の事無視したじゃない。」


「いや、別に無視してないだろう……。同じクラスになっても、話しかけてこなかったから、もう忘れてるかなって……」

「じゃあ ”憶えていたのに” 八朔くんはなんで話しかけてこなかったの?」

「それはまぁ……ごめんなさい」


 胡桃沢からの圧に屈し、謝ってしまった。

 向こうも、話しかけてこなかったので同罪だとは思うが……。


 数年ぶりに話す彼女は、思い出と違って、刺々しさを感じさせる。

 大人しく優しい彼女はどこにいったのだろうか……。


「それで、何してたの? 何か、戦ってたような……」


 疑問を問いかける。

 彼女がなんでこんな格好をしているのか、戦っていたあれは何だったのか。


「それは……」

 彼女は言い淀んでいた。

 無理やり聞き出すことでもないだろうし、そこまで問い詰める気もないが……


『私が答えよう』

「ランラン!?」

「ランラン?」


 声が聞こえた方へ視線を向けると、彼女の傍で、手のひら大のマスコットのような生き物が宙にふわふわと浮いている。


 見た目は太った鳥に犬や猫の哺乳類を混ぜたような、奇妙な生き物に見えたが、目には生気は感じられず、少し不気味に感じた。


『私は、彼女の契約者だ』

「契約者?」

「いいから!! 普段喋らないのに、なんで急に……」


 ランランの声はマスコットのような外見とは裏腹に、渋みのある落ち着いた男性のような声だった。

 普段は無口だそうだが、今日は機嫌がいいらしい。


『彼女の願いを叶える代わりに、私と契約して魔法少女になってもらったのだ。

 その対価として、ミレンナ―達と戦い、マナを集めてもらう必要がある』

 

 そうランランは言う。


「ミレンナ―って、さっき戦ってたやつ?」


 胡桃沢は観念したように話し出す。

「……そうよ。死んでもこの世に未練を断ち切れず、成仏できないままでいると怪物――ミレンナ―になるの。放置すれば、人を襲うのよ」


 マナは、その怪物の魂みたいなものよと、胡桃沢は言う。

 さっき、戦っていたミレンナ―は幽霊みたいな存在らしい。


『私は、彼女の願いを叶えた。だが、彼女の成果に満足してるとは言い難い』

「は!? やってるでしょ!?問題無く。」


 胡桃沢は、ランランに対し怒りを含んだ声で言う。

 ランラン的には、満足してないらしい。


『だから、君にも手伝ってくれないだろうか?』

「俺!? 何で?」

 急に話を振られた。


「いや、ミレンナ―と戦えると思えないし……」


 それにランランは、『彼女の願いを叶えた』 と言っていたが……


「もうランラン願い叶えた。って言ってたけど、願いって、何叶えてもらったの?」

「それは……」

 彼女が言い淀む。


『彼女は…「黙って!!」

 ランランの話を遮るように胡桃沢は叫ぶ。


「……その、カンニングが見つかって」

「…………?」

「私のお父さん、憶えてる?」

「少しは憶えてるけど……」


 胡桃沢の父親は有名企業の上役らしく、厳しそうな印象が強く、少し苦手だったという記憶しかない。


「お父さん、成績に厳しくて……一回だけ、魔が差しただけだったの......。それが見つかって......。終わりだと思ったら、目の前にランランが現れて 

 [私と契約して魔法少女にならないか。そうしたら願いを一つ叶えよう] 

 って言ってきたから......」


「それで、契約したの?」

 

 うん。と彼女は頷いた。

 カンニングがバレて、それを無かったことにする為に、ランランと契約して、魔法少女になったらしい。


 ランラン最初は、戦うとか言ってなかったのよ……と彼女はつぶやいている。

 無料タダで、願いが叶う方が珍しいだろう。

 只より怖いものはない。その諺を彼女にそっと心の中で授けた。


『彼女は君の事を少なからず好意を抱いているようだ』

「ちょっ」

『男なら、助けてやりたいと思わないのか?』


 ランランは娘の結婚相手に話しかけるようにそう言った。


「……断る!!」

 彼女のカンニングの手伝いの為に、命を懸ける筋合いは無かった。

 それに、そろそろ帰りたかった。


『……分かった。じゃあ、これだけでも持っていくがいい』


 何もない空中に、きらめく細い繊維状の光が集まり、やがて一つの平べったい丸状の物体を形作る。

 大きさは、手のひらよりも少し小さいくらいだろうか。

 見た目だけでは、どう使うものなのかは分からないが……。


「これ何?」

『魔法の手鏡だ。もし、君に心変わりがあった場合それは君を手助けするだろう』


 そう言って、それを渡された。


「もういいでしょ!! 他の人に言ったら殺すから」

「別に言わないよ」


 言い触らしたりする気は元からなかった。


「じゃあ、また学校で」

「……分かった」


 胡桃沢はまだ不満そうな表情を浮かべていたが、買い物へ行く途中だったことを思い出した。


 そろそろ帰らなければ、親が心配するだろう。

 連絡先だけ交換し、足早にコンビニへ向かった。

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